NECRO4:市役所へ行こう!(1)
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生き腐れの不死者共を無節操に詰め込んだこの街は、どこもかしこも混んでいる。棺桶の中で黙って朽ちていればいいものを、死に損ねた間抜けは何かと理由をつけて外をふらつきたがる。特に混雑がひどいのが、一部の市バス路線と市営の労働センター、そして俺が今いる市庁舎のロビーだった。共通するのは全て市役所が仕切っているという点だ。街中の不死者に番号をつけて役所ごっこに興じているアホ共は、市民の肉体も、自分たちがいじくりまわす書類と同じ薄っぺらいものだと思いこんでいるらしい。
臓腐市、臓腐区、市役所市庁舎。バカげたデカさのその建物の1階には、バカげた広さのロビーがあり、100を超える受付が横一列に並んでいる。デカくて広い癖に、そこに並んだ市民の列がさばききれることはない。互いに絡み合いながら空間いっぱいに圧縮された肉の蛇の群れは、鳴り響くアナウンスを合図に一斉に蠕動し、悲鳴と怒号をあげる。絞り出された体液と脂肪が、磨き上げられた石の床に網目を描く。
「おい、さっき呼ばれた番号、何番だ」
全受付が同時にアナウンスを流しやがるから、音が重なって全く聞き取れない。俺は連れの2人に尋ねた。プラクタとヒパティ。ガタイだけは無駄にいい屁こき野郎と、人間20体分の筋肉を移植したデカブツで、どちらもこの混雑の中だと邪魔で仕方がなかった。
『28,345番と956,181番は聞き取れた』
「耳がいい。さすがはヒパティの仲間。さすがはプラクタだ。ヒパティは、それに加えて56,543番を聞き取った」
『前半はわからないが、末尾は53じゃなかったか?』
「さすがはプラクタ、〈鼬のプラクタ〉だ。失敗したヒパティを助けてくれた。ありがとう、プラクタ。きっと末尾は53だ」
バカ共の漫才を無視して手元の整理券に目を落とす。74番。俺が市庁舎に着いたのはついさっきだ。待っている間にウン万人分飛ばされたはずはない。俺は手近にいた市民を列から引きずり出すと、八つ裂きにし整理券をとりあげた。-12,111番。もう1人、サンプルをとる。22i4A8Ub番。
「プラクタ」
『どうした、ネクロ』
「吹き飛ばせ」
『ははは』
プラクタが両腕を構えたのを見て、ヒパティが慌てて身をかわした。燐光が炸裂し、ロビーを照らす。プラクタの両掌の銃肛から放たれた高圧腐敗ガスは、高熱と異臭と風圧で市民の吹き溜まりをかき散らした。プラクタ本人もその衝撃で後方に吹き飛び、「いきいき臓腐市案内マップ」にこびり付く染みになった。奴は『起き上がり』の不死者なので、潰れた肉体もどうせすぐに元に戻って起き上がる。
飛び散って平らになった列の後方を踏みつぶしながら前進する。プラクタのジェット・ガス装備は女米木製であり、強力だ。それでもこの長蛇を全部片付けるには足りなかったらしい。「ネクロ」「ネクロだ」「戻ってきたのか」。気さくに声をかけてくる市民共を蹴散らし、切り刻み、殴りつけ、すり潰し、俺はようやく目当ての受付に辿り着いた。
「番号に従い、列に順番にお並びください」
巨大な脳みそを頭から床に広げた受付職員が、カウンター越しに言った。死後硬直のような笑顔。にこやかに微笑む眼は、額を中心に7つ生えており、全て過労によるどす黒い隈に縁どられている。
「市内被害……あー。災害か? 部署名はなんだったかな……」
「市内災害拡大振興部でしょうか?」
「それだ。そこの部長にとりついでくれ」
「承りました。お手元の整理番号札で順番にご案内させて頂きますので、アナウンスに従い、列にお並び頂けますでしょうか」
「ダメだ。すぐにとりつげ」
受付職員は微笑んだまま首を横にふり、カウンターに置かれたPOPを指さした。画用紙で作られたゾンビのキャラクターが、蛍光ペンでふちどりされた吹き出しで喋っている。『列への割り込みはおやめください』。『整理番号はお間違えないですか』。『臓腐市の皆さまのより一層の安心と健康のために』。『ボールペンはこちらにお返しください』。
「なるほど、悪かった」
俺は受付職員のだらしなくはみ出た脳みそをむしりとり、カウンターごと奥に蹴り飛ばした。仕事中の職員共が、デスクの並びが乱れたことに慌てて立ち上がる。頭が2つあるもの。両脚が異常に肥大したもの。肉が透けて血管だけに見えるもの。市役所職員の大半は『黄泉帰り』だ。改造肉体に取り憑いた死ぬことのないゴーストたち。奴らは悪い冗談めいて、全員が喪服のように真っ黒なスーツを着ている。
「列にお戻り頂けますか」
飛び散った文具を整理しながら、隣の受付職員が言った。肉体のデザインは今蹴とばした奴と同じ。今度は文具といっしょに内臓も散らかしてやろう。俺が手を伸ばしかけた時、床に転がった内線電話の子機が鳴った。職員は1コールでそれをとり、ハキハキとそれに応じ、そして俺を見た。
「〈死なずのネクロ〉さまでいらっしゃいますか?」
「ああ」
「部長のタマムシより、すぐに部屋までご案内するようにと。記録の必要がございますので、お連れの方々も含めお名前と来庁理由をこちらにご記入願えますでしょうか」
面倒だったが素直に従う。タマムシ。タマムシ、だ。愛する女の名前を耳にする喜びだけで、俺は多少のことには寛容になれる。来庁理由だと? そんなものは決まっている。タマムシは俺を裏切ったからだ。俺はタマムシを愛しているからだ。魂にそのレコードが刻まれているからだ。俺は、俺を裏切った恋人たちを殺すために、永遠に生きている。この星が滅びるまで生き抜いたとしても、愛と裏切りに勝る理由などどこにも見つかるはずがない。
【NECRO4:市役所へ行こう!】
不死の仕組みを紐解くには、死の仕組みをまず知る必要がある。すなわち、肉体から魂が離れることだ。魂とは、生きていることの記録そのもの。ヒトの実在と行動の形而上の打刻。肉体がある程度損傷することで、記録とのひもづきは切れ、イコール、肉体から魂が離れ、つまり死ぬ。逆に言えば、そのひもづきが決して切れない場合や、切れてもすぐに結び直される場合、ヒトは死ぬことはない。この街では、前者の場合を起き上がり、後者の場合を黄泉帰り、そしてどちらにも属さないレアケースを化け戻りと呼ぶ。
じゃあ、起き上がりが致死の損傷を肉体に受けた時どうなるか。ひもづきが切れてしかるべき物理的現実が起きたにも関わらず、魂が肉体にひもづいたままという矛盾が生じる。その不合理を解消すべく、肉体の因果が逆転し、致死の損傷がなかったことになる。死者が回復し、蘇生し、起き上がるってわけだ。これはこの街で最もベーシックな蘇生原理であり、ゆえに応用の余地がある。
たとえば、原理を逆巻きに実行し、因果を正転させること。肉体に任意の「果」をもたらすこと。その「果」から逆算される無数の「因」に巻き戻ること。肉体を拡張することで、他者も含めて「巻き戻し」「早送る」こと。もちろんそこまでのデタラメが可能な不死者は限られる。たった1人に限られる。水を氷に、氷を蒸気にするように、時間軸上を好き放題往復し、その様相を変えてゆく。〈様変わりのタマムシ〉は、名前の通りの不死者であり、今、俺たちに注いでいる茶が、ポットから尽きることもない。
「ネクロくんは部長室に来るのは初めてだったよね。どう? こんな職場であなたのカノジョは働いちゃってるんだよ」
「市役所は気に食わねぇが、立派なもんだ」
俺は自分が腰を下ろしているソファを撫でた。人皮に特有のいやらしい吸いつきがない。デスク横の観葉植物もイミテーションではないようで、水やりのための霧吹きが置かれている。プラクタとヒパティも、俺の横で居心地悪そうに身を縮めながら、辺りを嗅ぎまわっている。
「オーガニックな革製品なんざ、久しぶりに見たぜ」
「いいでしょ。バレエにはまた動植物を産んでおいてもらわないと。彼女のことも、また殺すんだよね?」
「あいつも俺の恋人だからな」
「12股とは、我がカレシながら豪気なもんだよ。嫉妬しちゃうな。キイロも幸せそうにしているみたいでよかった」
余所余所しく乾いた、よく通る声。タマムシに名前を呼ばれたことで、腹のキイロがほのかに体温を上げた。ボタン。キイロ。ユビキ。ミィとハヤシ。既に殺し終えた恋人は5人……いや、数の上では4人か。それは、彼女たちが俺と同一になったことを意味する。俺は殺した女を必ず俺の肉体と魂に迎え入れるからだ。分類上は化け戻りとしての能力らしいがどうでもいい。全ては愛による。愛が、俺に女たちを理解させ、俺の目方を増やすのだ。
「で、今日は?」
「もちろん殺しに来た。タマムシ、俺と1つになれ」
タマムシは苦笑すると、眼鏡をとり、ハンカチで曇りを拭いた。俺はテーブルを蹴り上げ、その視界を塞ぐ。人懐っこく抱きつくユビキの脊椎をブレードに変えて、横に裂く。肉と骨を断つ手ごたえが確かにある。2つに割れた宙のテーブルが、茶をまき散らしながら床に落ちる。その向こう側で、タマムシは当然のように無傷で立っている。間髪入れず顔面を殴り抜こうとするが、動作が中途で巻き戻り、「殴る」という行為が完結しない。永遠に進み続ける拳の向こうで、タマムシは眼鏡をかけ、ハンカチを胸ポケットにしまった。
突如、俺の拳は方向を変えて床に衝突した。時間軸経由で空間を歪曲させたのだろう。結果的にスッ転んだことになった俺が慌てて身を起こすと、既にテーブルとティーカップも元に戻っており、こぼれた茶も盆に返っていた。この靄を殴ったような手ごたえのなさが懐かしい。タマムシはこういう女なのだ。平然と茶をすすり、冷めた様子でこちらを見下ろしている。世界一スーツの似合う女だ、と俺は改めて思う。
「無理だ。勝てるわけがない。やはりまだ早かったんだ。ヒパティは、だから忠告したんだ。〈ぶっとい右腕のヒパティ〉が」
ヒパティが悲し気に呟いた。いいことを言うね、とタマムシに褒められ、怯えたようにその巨体を震わせる。タマムシはカップを握りつぶして風化させると、席を立った。俺に背を向け、自分のデスクを漁り始めた。姿勢よく伸びた背筋がスーツの稜線を際立たせており、俺はその背中姿にも見とれてしまう。
「実際、ヒパティさんの言う通り、順番が違うよね。私はこの街で2番目に強い。恋人4人分のネクロくんじゃあ、到底殺せない」
仮にタマムシ以外の全員を迎え入れたところで無理だろう、と俺は踏んでいた。そしてそれは、今、確認できた。無理だ。タマムシの極まった不死性は、彼女を暴力のゲームの外側に置いている。
「……話し合う余地があるかと思ってな」
「いいよ、言ってみて」
「条件は何だって飲む。頼むから俺に殺されてくれ 」
机に額をこすりつけた俺を見て、タマムシは噴き出し、わざとらしくヒーヒー声をあげて笑った。背中越しで表情は見えない。余所余所しく、通りのよい声。低体温に乾ききった爆笑。タマムシは、いつだってビジネスライクに物事をおもしろがっている。俺に向ける愛情もその延長線上にあることは知っているし、俺はその冷やっこさが愛おしくてたまらない。
「ハー……やっぱ、ネクロくんは最高だよ。大好き」
タマムシは咳ばらいを1つして、切り出した。
「そうだね……今は仕事で忙しい。誰かさんがユビキを殺す時に街を壊滅させたもんだから、その復興計画でドタバタなんだ。臓腐市壊滅なんて過去に何百回もあったけど、今回は屍活部も絡んで都市計画をまるままやり直そうって話になってる。今週の会議の数を教えてあげようか?」
「所詮は暇つぶしの労働だ、とは言わねぇよ。俺はワーカーホリックのお前を愛しているし、お前もだからこそ俺を愛している」
「理解のあるカレシで助かるよ」
タマムシはそう言って、デスクの引き出しから分厚い書類の束を取り出し、俺の前に置いた。目の前で散弾をぶっ放された胴体のように、真っ赤なハンコがびっしりと押されていた。後ろから覗き込んできたプラクタが『へえ』と、興味深そうに声を上げる。俺は興味がない。一番上の「起案書」という文字だけを読む。
「附箋のページを見てくれる?」
開くと、モノクロのハンコが9つ押された書面が出てきた。写しのようだ。「第27次」「委員会」「最終版_ver.3_最終」。横には、市役所にある10の部署と10の部長、そして市長であるゲレンデの名が書いてある。押印は、2つ漏れていた。部長が1人。そして、市長だ。
「都市計画のやり直しにあたって、リソースもエネルギーも足りてなくてね。試算もしてみたけれど、市民全員を炉にくべたとしても全然届かなかった。〈燃料〉が要る」
『〈無限のユキミ〉か』
プラクタが、しゃがれ声で言った。
『我々市民のために怪物の尾を踏もうとは……はは。あなたたちの献身ぶりには頭が下がる思いだ。ところで、1つ尋ねたいのだが、もしかして市役所は臓腐市を滅ぼすつもりなのか?』
恋人以外に興味がない俺とはいえ、さすがにユキミのことは知っている。ユキミは臓腐市を治める市長ゲレンデの愛息子であり、母親譲りの強靭な魂を持っている。資源としても燃料としても最適なその「肉体」を得た勢力は市の覇権を握ると言われており……実際、彼を手にした市役所はこの街の最大派閥ではあるのだが……ただ、市役所がユキミの「肉体」を利用することは1度もなかった。息子を傷つけることを市長のゲレンデが禁じているからだ。
そもそも話が逆なのだ。市役所とはユキミを傷つけさせないために組織された集団で、それは、ゲレンデを怒らせないことを目的とする。臓腐市の皆様の安全と健康のためにどうだこうだという奴らのふざけたスローガンは、極論、ゲレンデのご機嫌取りをする太鼓持ちでございますという情けない宣言にすぎない。ゲレンデは、本来、死も恐怖もないこの街で、それほどに恐れられている。意味がわからない。あんなに情熱的で、愛らしいやつ、他にいないってのに。ああ、ゲレンデ。俺の愛する12人の女の1人……。
「もちろん、滅ぼすつもりだよ」
タマムシは挑発的に微笑み、眼鏡越しにプラクタを見た。
「知らないの? 私は市内災害拡大振興部の部長だよ。この街をめちゃくちゃにかき乱し、愛する市民たちが永遠の生に退屈しないよう勉めるのが本懐だ。もっとひどい災害を、下の下の下の下の最悪を。私たちは地獄の窯の底を掘り起こし、振興する。そのためなら市長にだって喧嘩を売っちゃうね」
『我々のような貧しい市民の人生のためにエリートの皆さまの心を割いて頂き、大変ありがたいことだ。今夜からは、床につく前に市庁舎の方向に一礼をするよう心がけるよ』
「……プラクタさん、あなたのことは痛遮局から聞いてる。阿田華行きの市バスの件で、うちに対して思うところがあるようだけれど、ここは矛をおさめてくれないかな?」
プラクタは、はは、といつもの自嘲的な笑いを漏らし、肩をすくめてひっこんだ。心配そうに眺めるヒパティの肩を叩き、室内の壁に背をあずけた。話に絡む気をなくしたようだ。どうでもいい。
「ネクロくん、話を戻そうか。その附箋のページは〈燃料〉の解禁に当たって、委員会の決を集めたものなんだ。見ての通り、ゲレンデ市長に決裁をまわすにあたって、部の押印が1つ足りてない」
暗黒管理社会実現部部長。
「そう。部長本人には内約が既にとれているんだけど、その前段の部内の幹事会で意見がまとまりきらなかったらしいんだよ。課長が1人欠席したんだってさ。うちの規定上、委員会は、幹事会の終了日から14日後以内に開催しないといけないから、その課には遡りで決裁をもらうつもりだった。……それが断られちゃってね。とんだクソ真面目だよ、まったくもう」
「お前の力で巻き戻せばどうにでもなるだろう」
「仕事の上で、そんなズルはできないよ」
「遡りはいいのにか」
「そこはまあ、社会人としての機微って奴だよね」
無茶苦茶を言っている。1枚目に戻ると、整然と並ぶハンコの列の中に確かに押されていない一角があった。犯罪鏖殺第1課課長。第2課課長。第3課課長。第4課課長。計4つ。この中の誰かは知らないが、仕事をサボっておきながら正論を振り回すとは労働奴隷の分際で随分思い上がった性根だ。
「欠席者は、第3課課長だ。サボったわけじゃないよ。一種の事故。それに,
彼は会議を欠席した代わりにとても大きな成果を上げている」
「成果だと?」
「知り合いでしょ? ハイヴと痔獄の1件は報告があがっているよ。彼からしたら、ネクロくんに文句を言われる筋合いはないだろうね」
ああ、とヒパティが声をあげた。
「ネクロ、彼だ。いっしょにキイロと戦った。犯罪鏖殺第3課課長。ネアバス。名刺を見せてもらったのを、ヒパティは覚えてる。さすがは〈ぶっとい右腕のヒパティ〉だ」
なるほど、メガネ野郎のことか。名前も役職もどうでもいいが、キイロの話で顔は思い出した。それならば確かに会議に出席はできなかっただろう。奴はここ最近まで、俺に巻き込まれて肉体を消滅させ、地獄に落ちていたからだ。粗探しだけが得意なひねくれたガリ勉野郎だが、確かにまあ、多少は役に立ったと言えなくもない。
「……で、タマムシ、俺に何をしてほしい」
「ネアバス課長を含め、その4人の課長にハンコをつかせてほしい。理屈はむこうが正論だ。規定上、私たち職員では力づくの手段が使えない。外部の不死者であるネクロくんにしかできない仕事だよ」
「具体的には?」
「ハンコを奪い取って、この部長室まで持ってきて。この書類が完成して、暗管部の部長と市長に印をもらったら、私はあなたに殺されてあげる。簡単な仕事だよ。ハンコはここだ」
タマムシはそう言うと、自らの胸に両腕を突きさし、スーツを引きちぎりながら肉を強引に押し広げた。噴きこぼれた血がどぼどぼとテーブルに水溜まりを作り、端から落ちて絨毯を濡らす。両指で掻いた肉の下からは、可愛らしく健康的な内臓と、綺麗な胸骨が見えている。胸骨の中心、剣状突起の部分だけが妙に細長く、黒い。タマムシはそれを折り取って、俺に見せた。血と髄の朱肉にまみれた骨の断面には、確かに「タマムシ」の名があった。
「やり方はわかったよね? 」
少し恥ずかしそうに肉と服を閉じながら、タマムシが笑った。よくわかった。死に損ねの間抜け共を生きたまま挽肉にする、いつもの仕事だ。まったく、役所勤めは気楽で羨ましい。上司を殺せば、決裁なんざすぐとれる。