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天人五衰編 総振り返り2024
※この記事は文豪ストレイドッグスの考察です。
※本誌最新話120.5話までのネタバレがあります。単行本派の方は閲覧ご注意ください。
今年もやってきました振り返りの季節!
昨年はアニメ61話までの内容で天人五衰編を振り返りましたが、1年経って景色は様変わりました。
福地が討たれた後、バトンはドスくんに引き継がれ計画があれよあれよという間に上書きされることに。重要な情報が次々と開示され、描かれているテーマはより壮大になり、物語の核心へとドラマティックに迫っていきました。
話の全体像と骨格、そこから問われているテーマをしっかり把握しておくことが文豪ストレイドッグスを骨の髄まで堪能するためには極めて重要です。
表層の物語の裏に隠れている「もうひとつの物語」を拾い出すことを今年の振り返りの重点項目にしたいと思います。
1.「罪と罰」と「大審問官」
福地は超国家人類連邦を樹立し、総帥による独裁をもって戦争を終結させたいと考えていました。そして裏頁を使用し、国家を消滅させて人類をひとつの「われら」にしようと考えた。
そのような極限の選択とも言えるテロへと福地を駆り立てたのは「36年後の世界大戦」という予言でしたが、その予言はドストエフスキーの仕込んだ嘘であることが判明。
しかし蓋を開けてみれば、ドストエフスキーは決して福地の夢そのものを愚弄していたわけではなく、人類を「われら」として一致団結させることで争いを終結させたいと同じ目標を持っていました。ところが、そこに到達するために思い描く手段がふたりの間では異なります。
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福地が考えたものは、大きな理想を掲げて人々を意識の面から変容させようとする計画でした。人類連邦によって軍事力を統一し、白紙の本の改変機能を用いて国家を消滅させて人々に「われら」の意識を植え付けようとした。属性や区分けなどの概念や言葉によって人々を統一しようとした福地は理想主義的であり、人間の性善説に基づく計画を立てていました。
一方、ドストエフスキーの計画は、感情や恐怖心という人間の本能を刺激するものでした。仮想敵を作って少し煽ててやれば、人類は勝手に一致団結して「われら」となり、敵である「かれら」を殲滅するだろうとドストエフスキーは予測します。
「かれら」に対する恐怖や憎しみを利用して人類の中に感情的な結びつきを作る、その結びつきは属性や区分けによる結びつきよりもずっと強固なものであり、人類は「かれら」を駆逐するために自然と統一されるだろうと見込んでいます。現実主義的であり、人間の性悪説に基づく計画であるとも言えます。
ドストエフスキーは口では素のままありのままでいる自由を標榜していますが、彼の計画は実質的にはファシズムとなんら変わりありません。ひとつの集団を悪としてスケープゴートにしたり、人々の感情を煽動して虐殺を正義にするやり口は、さながらヒトラーのようだといえるでしょう。しかしスケープゴートを欲するのはいつも大衆の側であり、先導者はその感情を煽る力を持つに過ぎないのだということを、ドストエフスキーの主張からしっかり感じ取っておくことが重要です。
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天人五衰編にはもともと「より良き世界のために少数の人間の命を犠牲にしてもいいのか」という大きなテーマがあります。
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史実のドストエフスキーの『罪と罰』の主題でもあるこのテーマは、福地の口から語られ、福沢や敦、そして我々読者に問いとしてこれまで突きつけられてきました。
今回、ドストエフスキーの演説で新たなテーマが浮かび上がります。『カラマーゾフの兄弟』に登場する「大審問官」の問いです。
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カラマーゾフ家の次男であるイワンが披露した大審問官という名の劇中劇は、新約聖書に描かれている大変有名な「荒れ野の誘惑」というエピソードを題材にして語られます。
荒れ野の誘惑では、悪魔がイエスに「石をパンに変えたらどうだ」と誘惑しました。そのときイエスは40日間荒れ野を放浪して空腹で飢えていたのです。しかしイエスは「人はパンのみで生きるのではない」と誘惑を退けます。
イワンの考える大審問官は、そのことについて「お前は間違っていた」とイエスに抗議します。「人々は言葉を求めているのではなく、パンを求めているのだ」と。
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人間が本当にほしいのは、言葉でも信仰の自由でもない。言葉や自由という不確実なものは人々を不安にさせる。安心して生きていくために人々はパンをくれる存在、盲目的に従うことのできる相手を求めている、と大審問官は言います。不安や恐れを解消するためなら人は喜んでその身を差し出し、共通の仲むつまじい蟻塚に合一したがるのだと。
パンへの欲望を肯定する大審問官の考え方は、人間のありのままの醜い本性を肯定して恐怖心を利用しようとするドストエフスキーの価値観と共通しています。
天人五衰編では「戦争に対してどう向き合うのか」「どうしたら戦争をなくせるのか」という問いに対して、それぞれの組織のリーダーたちが各々異なる自説を唱えました。どの考え方も正しい面を持っていて、みんなにとっての「ただひとつの正義」を導き出すことがどれほど難しいかを実感せずにはいられません。
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2.戦争終結のための最終戦争「ハルマゲドン」
ドストエフスキーは「エリエリレマサバクタニ」という言葉を選んだことからわかるように、自分自身をキリストに重ね合わせることを好みます。
それだけでなく、彼の計画は聖書に描かれている終末のしるしに沿って立案されているようです。「世界大戦」も聖書に描かれている終末のしるしを模しています。
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戦争を終わらせるための最終戦争ハルマゲドンでは、キリスト率いる「神の軍勢」と、神に反する「獣の軍勢」が戦いを繰り広げ、「獣の軍勢」がうち滅ぼされます。
獣たちがうち滅ぼされた後、キリストが主権を握って「千年王国」が地上に立てられ、千年の間、地球は平和に統治される。
ドストエフスキーが120.5話で語った二者間の対立による「世界大戦」と異能力者の全滅、その後の「千年の平和」は、キリスト教の終末をイメージした計画であり、ドストエフスキー自身はキリストの役割を担うつもりで計画を立案しているのかもしれません。
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3.天界へと通ずる「愛」という名の狭き門
天人五衰編の中には「終末」の概念が頻出します。
終末の到来を感じさせる台詞や、設立秘話の演劇の内容から考えれば、文ストは「天国へと向かう」ことを象徴する物語という一面を持っていそうです。
ドストエフスキーの目的もこのあたりに関係しているかもしれません。
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しかし、五衰編にはひとりだけ、物語全体の「天国へと向かう」という機運とはまったく別のルートを辿って天国へと到達した人物がいました。ブラムです。
ブラムはもともと「悪魔」と呼ばれていました。自分自身でも己のことを「悪魔」だと認めていた。血に、存在そのものに、罪は色濃く染み込んでいました。悪魔であるからには当然、死後の行先は地獄になるはずです。
しかし実際には、ブラムは娘たちの待つ天国へと昇ります。なぜなら、彼は何百年もの間「愛する気持ち」を損なうことがなかったから。愛によって、ブラムの血は雪がれ、清められました。
キリスト教圏の文学作品では、愛によって罪が清められるという描写がよく見られます。映画ドラキュラも、愛によって罪から救われることが主題となっています。隣人愛は天国への近道である、というひとつの大きなテーマが、五衰編でブラムを通じて描かれてきました。
そんなブラムの「愛」の力を引き継いだ芥川には一体どのような変化が訪れるのか、生まれ持っての悪とも言える芥川は極楽へと続く蜘蛛の糸を最後まで登りきれるのか、今後の行く末が注目ポイントです。
4.「諸行無常」と「色即是空」
愛や情念という温もりに敵対するかのように、主人公たちの前に立ちはだかるのは「空虚の権化」たる神人です。神人は外見こそ神道一色ですが、語られる言葉には仏教の宗教観が色濃く反映されています。
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すべてのことは移ろいゆくことを表す「諸行無常」と、物事の本質は空であることを表す「色即是空」、このふたつの観念が神人の言葉の中心に据え置かれています。
さまざまな独自の思想や観念を持つ人々が、己の信条を胸に抱いて戦いを繰り広げる文豪ストレイドッグスにおいて、神人の語る言葉というのもそれひとつで独自の世界観を完成させています。人間には理解しにくい超越的な価値観ではあるものの「誤っている」とは否定できない、ひとつの確固たる立場に神人は立っています。
神人は時空間を司る力を持つことから、劇場という時空間そのものとしての象徴的な意味合いを持つことができます。
劇場というのは、そこに役者が登壇しない限り、あるいは物語が展開されない限り、空っぽの空虚な時空間としてしか存在することができません。空虚な時空間に命を吹き込むのは役者であり、脚本家です。
しかしどんな物語も必ず終わりを迎えます。どんな役者も舞台から降壇し、劇場は必ずしまいには空虚な時空間へと戻っていきます。
神人の唱える「諸行無常」と「色即是空」は、劇場という装置そのものを言い表している言葉であるとも捉えられます。
5.上位次元と「栞」
探偵社設立秘話では「舞台上」と「観客席」の二つの空間の区分けは重要な要素でした。舞台上にいる人物にとって、観客席にいる存在は「天使」であると乱歩は言います。天使とは観客のことだと。
劇場という箱は舞台と観客席で構成されているため、劇場という時空間を象徴する神人が、上位次元の観客席と劇中次元の舞台上を自在に往来できるのは不思議なことではないでしょう。
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では、ドストエフスキーが言った「栞」というのはどういう意味なのか。
栞は物語の外部に存在しています。栞を動かすのは、作者ではなく読者です。だとすれば、栞は観客席と結びついているのかもしれません。物語の読者あるいは舞台の観客によって動かされている存在であり、当方では「ゲームプレイヤー」という言葉を使って考察をしてきました。
栞には道しるべという意味があるそうです。
敦はかつてタイガービートル(虎甲虫/ハンミョウ)と呼ばれ、道標としてギルドにも利用されそうになっていました。
本に対する栞であるとドストエフスキーは言っていたことから、敦は本の在処を指し示す者だと解釈できます。あるいは栞という言葉の語源から読み解くなら、異能者たちが迷うことなく無事家に帰るためのしるしとなる者という見方もできるでしょうか。
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しかし、栞なのは虎であり、ドストエフスキーは敦というキャラクターそのものに価値を見出しているわけではなさそうでした。
DEAD APPLEでは虎を奪おうとした澁澤に敦が抗い、虎を僕自身だといって奪い返します。
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敦というキャラクターではなく、敦に宿る「虎」にこそなにか特別な秘密があるのかもしれません。中央大学の講演会でカフカ先生は「虎の秘密はもう決まっている」と言っていました。果たしてどんな秘密が隠されているのか、楽しみですね。
さて、1年間の振り返りをしてきましたがいかがでしょうか。
1年前にはまったく予想できなかったことが次々と起こり、急激に話が展開して方向性がみるみる変わっていった楽しい1年だったなと思います。物語は連続しているけど、1年前と今とでは景色がまるっきり違うように見える、文ストのそういうダイナミックなところがすごく際立っていたなあと感じました。
ムルソー側の今後の先行き、ギルドの参戦などなど、楽しみな伏線はまだたくさん残されていますね!
2025年の年末には、また新しい視点で振り返りができるのだろうと思うととてもワクワクします。
今年も稚拙な考察にお付き合い頂いたみなさま、ありがとうございました。来年も文豪ストレイドッグスを存分に楽しんでいきましょう!
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