台灣人が嫌がる用語を使う日本人記者
日本のメディアに日本語で記事を書く日本人の中に自分の記事内で台湾の中国語を「普通話」と書いたり、台湾語を「福建語」や「閩南語」と書く人、また台湾語を指して、ホーロー語という場合があるが、その名称の漢字表記を「河洛語」や「福佬語」と書く人が多い。また外国生まれ育ちの台湾人を「華僑」と呼んでいる。そして、中国のことを「中国本土」とか「中国大陸」とか、知ったかぶりして「メインランド」と英語や外来語で呼ぶ人達も多い。これには全く呆れてしまうし、怒りさえ覚える。中華人民共和国(中国)や現在台湾の野党である中国国民党に気を使いながら記事を書かなければいけない立場の人だったら、仕方がないのかもしれないけれど、そうじゃなければ、これらの用語を知っているという知ったかぶりなんかしないで、これらの用語をどう表記すれば相応しいのか、公平なのかをちゃんと考えてほしい。台湾住民に寄り添っているとか、台湾の独自性を認めると言っているのにこれらの用語を平気で使う人も多い。中には台灣独立建国運動に加担しているような人でも、台灣人意識の強い人が嫌がるような用語を平気で使う場合がある。
先ず、台灣で使われている中国語は中国国民党により「國語」とされ、長い間住民に教育されてきているので、台灣では日常、住民は「國語」と呼ぶことが多い。決して「普通話」とは呼ばない。「普通話」は中華人民共和国(中国)で使われる公用語であり、呼称である。ただし、台灣は台灣という国名の独立国家ではない。日本の植民地時代が終わった後から、現在までずっと国名は「中華民国」である。つまり中華人民共和国ではない、もう一つの中国国家である。だから台灣地域の中国語を「國語」と呼ぶことは中国の「國語(国語)」という意味になる。だから台灣がもう一つの中国国家であることに反対で、台灣は台灣国であるべきだと考える住民は中国語を「國語」と呼ぶことを非常に嫌い、台灣の国語は台湾語や客家語、原住民諸語であるべきだと考えているのだ。また、2019年から「国家語言発展法」が施行され、台灣華語(中国語)、台灣台語(台湾語)、台灣客語(客家語)、閩東語(馬祖語)、原住民諸語(16族42個方言)、台灣手語(手話)はすべて台灣における国家言語だとされている。この法の中では中国語は「台灣華語」という名称になっている。
そして、ホーロー語やホーロー人(いわゆる閩南系台湾語や閩南系台灣人のこと)と言う時のホーロー(ho̍h-ló)の漢字表記でよく見るのは、河洛、福佬、鶴佬だ。でもこれらの漢字を使うと発音が変わるので、使うべきでないと主張する人も多い。それぞれの発音は河洛(hô-lo̍k)、福佬(ho̍k-láu)、鶴佬(ho̍h-láu )となる。また、漢字表記を「河洛」とするのは客家人の華南移住伝説のように、ホーロー人も中原、河洛(中華文化の中心地)から華南へ移住した正統な漢民族だという伝説に基づいている。しかし、その土地(中国福建省や広東省)に住んでいた住民の皆んなが皆んな移住者であるはずはないと思う。先住民族が後から来た移住者の文化を受け入れ、それに同化したケースも多いのではないだろうか。中原から華南ヘ流れついた正統漢人という伝説は客家人、ホーロー人だけでなく、広東人など華南の他のエスニック(少数民族も含め)にもあるそうだ。実際に北から移動してきた人々もいるし、そういう人々が来たから、他の地域に逃げた人々もいるし、外からやってきた人々に同化した人々もいるだろう。さらに清朝時代やそれ以前に中国華南地域から台湾ヘ渡った人々は男性(中国華南地域先住民の血を引く人が多かっただろう)ばかりであり、台湾の平地原住民と結婚し、子孫を残し、その子孫はそういう子孫同士でまた結婚を繰り返した。そして、清朝政府の政策や原住民に対する差別の影響で、多くの人が漢民族意識を持つようになった。こういう人達が現代の台湾のホーロー系台湾人と客家系台湾人になっている。
また「河洛」という漢字表記を積極的に使ってきたのは中国国民党側の人達で台湾人に中華意識や中国人意識を植え付けるためだったらしい。「福佬」という表現のほうはもともと広東人や客家人が福建南部の言語を話す人達のことを馬鹿にして呼んでいた表現という説も聞いたことがある。しかし、最近では自分にも平地原住民の血が多く流れているはずだと言う人が増えているし、今まで先祖代々原住民であることを周りに隠して来た人々も堂々と名乗り出ることが増えている。
実はホーローの本当の語源は未だによくわかっていないようだ。自称だったのか他称だったのか、他称だった場合、侮蔑語だった可能性も高いだろう。そして、そもそも中国で生まれた表現で、今でも中国の福建南部や広東東部などで自称として使っている人達もいることから、台湾人にこの呼称を使うのは相応しくないと主張する人達もいる。ようするに出自がはっきりしない表現だし、台湾の中だけで使われる表現ではないので、台湾意識の強い人は台湾人の呼称としては相応しくないと思っているようだ。また、本当は台湾語、台湾人という呼称でいいと思っていても、客家人や原住民の前では気をつかって、ホーロー人、ホーロー語、あるいは閩南語、閩南人という呼称を使う人も多いと思う。
次に台湾語を「福建語」や「閩南語」と呼ぶ件だが、台湾語は閩南語に一部オランダ語や英語、台湾原住民語、日本語が混じったような言語だが、福建語閩南方言の一種とか、台湾方言という言い方も理論的には成り立つ。しかし、そういう言い方をすると台湾は中国の一部であるという見方に賛同することになるとして、この分け方に強く反発する人達がいる。インドネシアとマレーシアの国語はお互いほぼ同じ言語だが、インドネシアではインドネシア語、マレーシアではマレー語と呼んでいるように、つまり台湾語と閩南語の関係も民族意識や国家意識、政治意識の違いで分けたがる人が多い。
ただし、台湾の閩南語系(ホーロー系)の言語だけを指して台湾語と称すると、これに関しても噛みついてくる人達がいる。こういう人達は他の台湾本土言語、つまり客家語や原住民諸語も含めて台湾語だという考え方を持つ。つまり、台湾語をどういう名称で呼べば誰もが文句を言わずに納得してくれるのかという難しい問題もある。台灣で2019年から「国家語言発展法」が施行されてからは、法的にはホーロー系台湾語は「台灣台語」という呼称が使われている。しかし、民間では昔からの習慣で「台語」と呼ばれることが多い。
海外出身の台灣人を「華僑」と呼ぶことに対する違和感や反感についてだが、そもそも「華僑」と「華人」の分け方に明確な定義があるわけではない。「華僑」は中国移民一世、現地語ができず、中国籍を維持し、年老いたら中国の故郷へ戻るつもりの人だと定義する人もいるが、必ずしも一世がこの定義に当てはまるとは限らない。 また、「華人」の定義を中國移民の二世以降の人達で、外国で生まれ、現地で教育を受け、現地語が流暢だが、親や祖先が話す中国の地方言語は話せない人達と定義づける人もいるが、これも誰もが当てはまることじゃない。それで、僕は自分なりの定義で一世かそうでないかだけに目を向けて、一世なら華僑、二世以降は華人としている。台灣の多くの住民は先祖が中国から来たと信じているから、「華人」とも言えるのだが、やはり、台灣人意識の強い人、中国(中華人民共和国や中華民国)という枠組みに対して反感を持っている人は「華人」とされるのを嫌がる。ましてや台湾ではなく、海外で生まれ育って、海外の国籍もあり、中国語が話せない、しかも台灣がルーツだという強い意識を持つ人々の中には「華僑」や「華人」と呼ばれることを極端に嫌う。自分たちは「華僑」ではなく、「台僑」だと主張する。そして、アメリカ生まれ育ちの台湾人をABC(アメリカンボーンチャイニーズ)と呼ぶ人が多いが、この表現に対して非常に怒りを感じる人達も多いことを知っておいてほしい。僕の知り合いも自分や自分の子供はABT(アメリカンボーンタイワニーズ)だと強く主張していた。
「華僑」という呼称に対する反感とも関連するが、中国のことを「中国本土」とか「中国大陸」とか、知ったかぶりして「メインランドチャイナ」とか「メインランド」と英語を基にした外来語で呼ぶのも大いに問題がある。こう言ってしまうと、台湾は中国の一部、つまり台湾は中国本土の大陸側ではなく、離島にある中国の地方都市という意味になる。この理屈で、「外省人」「本省人」という用語も中国も台湾も同じ一つの国であり、大陸側の地方出身者なのか離島(台湾)側の出身者なのかの区別ということになってしまう。
ある特定の思想や主義を持つ集団に属す者だと思われたくなかったら、また、中国共産党や中国国民党のお抱え記者や気をつかって文章を書かなければいけないという立場ではないんだけど、台湾独立建国運動に肩入れしたり、寄り添った立場もとりたくないというのなら、どちら側からも嫌がられない、無難な用語の使い方や説明もできるはずだ。それができないのなら、その記者の文章力や台湾知識、台湾体験が乏しいんだと思う。もし、色眼鏡で見られたり、何かのレッテルを貼られたくなかったら、例えば両方の言い分を書けばいいと思う。自分はこういう用語や意見を書いているけれど、これに対して反感を持つ人達もいる。その人達の意見はこういうことだ…みたいに。台湾人と長く交流すれば、どういう背景の人達が、どういう用語や表現、意見を見たり聞いたりすると嫌がるのかということは、自然とわかってくるはずだが…。でも、実際はある程度台湾人との交流や台湾生活体験があってもこのあたりのことに鈍感な人が多いのかもしれない。