ショートコント│全治百年の恋
(現実、暴力反対なんだけどね)
流星はぼくに夏美をとられやしないかと疑っていた。
彼女はぼくに気がある。ぼくも、彼女に。
もしきっかけがあれば、我々は流星を裏切るだろう。
八月の雨が、街を強く打っていた。
その日の夕方、ぼくはクルマで夏美を迎えに行かなければならなかった。
流星が仕事中に事故ったせいだ。
「ごめんね、秋雄しか頼れなくて」
「緊急事態だ、気にするな」
助手席に夏美がいるのが何だか不思議だった。流星と夏美が付き合い始めてから、彼女とふたりきりになるのは初めてだ。
「病院、面会はできないって。でも荷物があるし」
「とにかく急ごう。」
「待って」
「何?」
「好き」
雨の膜がフロントガラスを覆っている。
深くため息をついた。
「それ‥今言うな」
「でも、途中でわたしたちも事故に遭うかもよ? 大怪我して再起不能になるかも」
「馬鹿な。とにかく急ごう」
「待って、秋雄」
「何?」
「好きなの」
エンジンが心臓に響く。そろそろこのクルマも買い替え時だ。
「わかった。とにかく」
「いや!私を見て」
「前を見なきゃ。洒落じゃなく事故だぜ」
「私が‥嫌い?」
カーステレオが『うっせぇわ』。
「別に」
「じゃ、いいでしょう。わたし、あの人と別れる。最初から秋雄にしとくべきだったと思うの」
「だめだ。流星は親友だし」
「流星は、ほしくずよ」
パンッ!
つい、手が出た。
「い、痛い」
「左の頬もぶってやろうか!」
「ごめんなさい」
「流星がくずなら、君は迷子のハエだ。変な冷やし中華なんか作ってる暇があったら、もっとまともなかき氷を食え。人に心配されないくらいにな!」
「言葉の意味は分からないけど、わたしが馬鹿だった」
パンッ!
「え? い、痛い」
「馬鹿! 自分を卑下するなっ! 君は馬鹿なんかじゃない!」
パンッ! パンッ!
「ちょ、待って。やりすぎ」
「やかましいっ、この可愛いハエめっ!」
パンッ! パンッ!
パンパンパンパン、パパパのパンッ!
「く、狂ってるー。だ、だれかー」
「ええい、こいつめっ、こいつめっ!」
ひとしきり暴れたあと、ぼくは夏美に謝った。暴力はよくないね。でも、何度も殴らなきゃ、きっと夏美はぼくを諦めないよね。
痛めつけるのがいちばん手っ取り早いと思ったんだ。わかるよね? ね? ね?
「わかりゃいいんだ。わかりゃ。じゃあ、行こう。発車オーライ。病院へ。気をしっかり持てよ」
「う、うう‥、ふ、ふぁい」
鼻血まみれ、歯の抜けた夏美も、綺麗だ。でも言えない。そんなこと、言えない。
彼女はだいじなだいじな親友の、だいじなだいじな人なのだから。
ぼくは流星も夏美も、そう簡単に傷つけてはいけないのだ。
・・・
病院につく直前の赤信号。
雨は止んでいた。
夏美が呟いた。
「ぶたれるのイイかも」
パンッ!!
全治百年の恋。
また雨が降りだし、話も振りだしに戻る。
ちゃんちゃん
うーん。暴力反対なんだけど、やっぱり狂った男を書くの楽しい。変なやつが好き。
もし好みが合えば、こちらも。過去作です。
‥‥とは言いつつも。
わかるかなあ、わかんねえだろなあ。
山根あきらさんの影響は、ぼくにとってかなり大きいです。
連休、最終日でした。
ラブあんどピース🤤