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小説★アンバーアクセプタンス│四話

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第四話

あおぞら自習室の接続予防

 我以外皆我師。夢の礎は現。現の礎は夢。

 ★

 グローバルスタンダードの旗の元、たしかに持続しそうな目標意識が普及していた。

 十分な教育の機会を与えられなかった人々が学ぶ権利を見直され、自力で成長し始める土壌を形成し、成長過程である自分たちにこそ世界への発言力があると識った。

 だがその運動の熱量に反比例して、超少子化問題を抱えた先進的国家では労働力と生産地の独占が困難となる。需要と供給のバランスが崩れ、市場を回すマネーが自然減少し、絶対的な栄華を誇った巨大企業の株価まで下降し出した。やがて社会経済の不安を逆手にとある富豪が漫画の悪役さながら声高に暴論を吐き出した。

「宇宙移住したら現実逃避できるよね」

 また盲目的で迂闊な成金インフルエンサーが混乱と不信の火種をSNSへばら巻いた。

「急げ! パスポートの争奪戦になるぞ!」

 注目される彼らの言葉は伝わりやすい。世界各地で過激なデモやクーデターが頻発し出すように仕向けてしまう。

 優良企業各社が培ってきた理念の存続はいずれもが怪しまれた。倒れかけた看板の下で組織体制の透明性を曖昧にせざるを得なくなり、情報技術者やその資質者の奪い合いに躍起になり、先の見通しから現在の人間心理へ向かって逆巻くドミノ倒しがはじまったみたいに社会不安は浸透する。そして一般労働者たちの向上意識も廃れ出す。

 皮肉なことだが世界規模の価値観の革新や理解が進むと副作用を反発させることもあるのだ。わけのわからない圧迫感に襲われ人々はおかしくなる。歴史が変に歪な論理を証明している。
 次々と高度化反対の看板は掲げられたが何もかも凄まじい速度で移り変わっていた。その最も大きな転換点は、二〇三八年の春。たった八年前のことだ。

 同年、日本では稀代の女流棋士ベル・エム・サトナカが実の父親の王駒を盤上で打ち砕き、NHK杯を制覇していた。ぼくが学習センターの書庫で発見した週刊誌によると、ベル・エムはGUの黒いスエットスーツで記者会見に対応したらしい。
 対局後のインタビュー記録を読んでみよう。

『ありがとうございます。何とか勝ちました。でも基本的に私は今日もみなさんと同じ、好きなことを楽しんでいました。ええ、どうせ短い一生、生前のささやかな思い出として好きなことをだらだらしている私は、興味本位で将棋打ちの道を選んだ女に過ぎません。先程の決勝戦の最中は我が父である里中七段が恥も外聞もなく泣き出したあげく「待って」と言ってしまうほどきついミラクル全歩取り戦法をその場の思いつきで発明実践ご披露してみせましたが、そんなぷっと笑える瞬間においても、引き続きまるで体たらくの棋士人生を送ってゆけたらありがてえなあ、なんて思ってました。でも、もう、これから四週間後くらいかな。近頃深刻な現実問題、各国の冷戦状態には全国お茶の間のみなさんも戦々恐々であると思います。私たち日本国民もいよいよ未曾有の危機に直面します。たとえば、全ての金銀桂香を落とした上で藤井聡太さんと戦わねばならないような、圧倒的不利な壊滅的状況に追い込まれます。具体的に言いますと、我が国のあらゆる機関が大規模な同時多発サイバー攻撃を受けてネットワーク上の連絡機能を失い、順調だった宇宙事業にも重大な損害を与えられるでしょう。そしたら私は日米両国の軍事に関する専門家からこの妙に鋭い脳に目をつけられて、超法規的な協力のオファーと併せて受諾すべき条件を提示されるかと思われます。だから私は今この時をもちまして、自ら棋士を引退し、学者になると表明します。少し先を読むとそれが最善の一手なので。仕方ありません。なるべく後手には回りたくありませんし、大敵と思える相手方に対して居玉では戦えません。みなさんもそのような日が来たら、まあ来ると思うけど、とにかく前向きにがんばってみてください』

 ・・・

「以上、ベル・エムはしれっと予告したそうな」

 学習センターの全員が息を飲んでいる。ぼくはいかにも残念そうに目を細め、ゆっくり首を横に振った。十二名の聴衆のうちかろうじて委員長のミラ以下一名が簡潔な感想を漏らした。

「う、嘘くさいわ」

「ああ、嘘くせえ」

 自習室の天井には今朝も合成された空のビジョンが拡張していた。まるで天井が無いように視える青い空。微かな風と鳥たちの声。ぬるく合成された無害な人工陽光のアクセントが自主学習の能率を上げるそうだ。
 偽りの光の下、ぼくたちはお互いの動揺を分かち合った。どの同志も意識高めであることは認め合えている。

「うむ。君らの疑いはもっともだ。しかしここで重要なことは、将来有望な若者である彼女でさえ自虐的な軽口を叩けなくなる暗黒時代が実際、今よりわずか数年前におとずれていたってことなのだ。その危機的状況は今もなお続いていて、遠く地球を逃れたこの船にも余波が響いておる。だからぼくらはこうして団結しとる。だろう?」

 誰もが世界の激動に巻き込まれた時代があり、今となっては職業選択の自由さえ保障されないことが当然みたいな世界に置かれている。

「それが変だと意識しがたい空気。何とかして変えなきゃいけないと思う」

 過去を振り返ると、二〇三六年の政府の要人の考え方はかなりおかしい。ずっと先の大局を読みながら一人でも多くの人民が地球外で保護される宇宙船を作りたかったのは分かる。同仕組みをベル・エムという天才少女棋士に発明させようというアイデアも。
 だけど、本当に彼女以外ありえないなんてなぜ思い込んでいたのか。

 当時のベル・エムの講釈については仮説でも症説でもなく事実として記事に残っているので、これは信じる。その筆者は旧式のロボットなんかじゃなく、信頼できる元ジャーナリストだ。正式に飛車八号の搭乗員に選ばれ、船内で配信ラジオ「夜空ストロー」を開設したミスターポールだ。

 ベル・エムは棋士を引退後、工学の分野で目覚しい成果に到達しただけでなく、自ら開発製造した宇宙船に自らの意志の乗りやすそうな民間人を導いた可能性が高い。ぼくはそう推理している。
 おそらくベル・エムがポールという人間を搭乗員に選ばせた。その理由は彼の発言力が有力になると考えたからではないか。
 ベル・エムが彼に一目置いていて、でも自らが彼に直接手助けはしないと決めているって筋もまず通るだろう。

「預言死守党派の指導で船内の多子化はたしかに進んだ。しかしもうピークを迎える。みんな不安だから。変化の速度はケタ違いだけど、地球で起きた過去の混乱に似た前兆があるね。と言っても、その解決策を構想するのがぼくたち世代の役目でなきゃいけない? 優先すべきは目先の問題の解決? ミスターポールはそんなことを伝えたくて『夜空ストロー』のない所へ行った?」

 学習センターでは、どんな議論でもできた。船内コロニーの子供たちの動向は、子供が望む限り子供の秘密は守るというルールの下に、管理されないことになっている。

「ぼくは一度、この天井の偽りの青空を打ち砕いてみたい。どうもうまく守られすぎていると思うから」

「賛成」

「賛成」

「賛成多数。具体的にどうするかは、宿題としよう」

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第五話
「地下室のベルの手記・自虐の脱皮」につづく

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