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小説★アンバーアクセプタンス│五話

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第五話

地下室のベルの手記・自虐の脱皮

 日曜日モビルスーツの丸洗い
 君におはようビームサーベル

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 地球の覇権は新しいテクノロジーの開発を本業とする企業のリーダーと莫大な資本を擁する天才が掌握し続けると信じられていた。
 純にそうではないんじゃないかしら、なんて言ったらば、たとえピカピカの一年生であっても余計なヒンシュクを買ってしまう。
 まるで何も言いまちがえられない雰囲気に惑星が丸々飲み込まれてたみたい(私の中の惑星がって意味です)。

 あの頃は、将棋の研究そこそこに頭の体操をしながらお小遣いを増やすつもりで株の取り引きまで手を広げていた。つもり、つもり、自分の考えで飄々とやってたつもりだ。
 でも今思えばそうしたくなる気持ちまでスパルタのパパにすり込まれていたようだ。

 人工知能を駆使してイノベーションを演出する企業はどこもかしこも実態に関わらず人気が高く、「株式市場にアルゴが幅をきかせすぎています」とか主張するアナリストの意見はごもっともで、AIの自動売買プログラムが一旦猛威を振るうとその銘柄はチャートも板も不気味なほど読みやすくなるか、または無茶苦茶に乱高下した。だいたいこの二パターンで日々修羅場だ。いずれにしろ波に乗れるメリットも乗れないデメリットも二〇三〇年代後期は半端なかった。

 いわゆる富裕層の気配を察した一部の個人投資家が資本主義という大板を土台から破壊する未来はありえる。そう考えた自分と同位の視点から株価の値動きを予想する生成AIなぞは面白半分、試作していた。
 それ用のコードを抽象的な直観で組み上げると一部の素数が弾性過剰な球形にまとまり、全体的には外側からの黄色光を自在に擬態しやすくなった。印象の指標を局部抽出すると私の目には思春期にいっぱい傷つき薄っぺらく冷めたブルーチップスだらけみたいな数字の羅列が見え隠れしていて、それがどうやらAIの生成する文章や数値の表し方にも微妙に反映されていたみたいだ。脆弱な特徴を内側へ織り込もうとすると、単純な音律や原色の波形の解析結果に気持ちすぐ上振れするへっぽこ棋士じみたモデルが頼りなくできあがった。
 この時、私が雑にプログラムするとお利口ではあるが比較的平均的な人工知能とは少しずれた茶目っ気のあるクセモノが発生しやすいのだと理解できた。びっくりした。

 より不細工なたとえ方をするとしたら、気骨のあり余ったジャーナリストが自国と同盟国にはびこる嫌な空気をキーボードで指弾する時、その文章がじわじわ読まれて景気のバブルが弾けそうな緊迫感を生むことの顛末以外に「味のある書き方ですね」なんて感想がひょいひょい飛び込んできたりする。

 そういうことと本質は同じ。

 どんなコード作りをしても私という人間が表向き何かリターンを求めたらやっぱりそれなりに他人を巻き込むリスクがついて回り、リスクやリターンとは比較しがたい予想外の何かも発見する。発見したいと望むから。

 事実の例だと資本主義が限界を突破したとか極端な評判が人々の間で飛び交う。やがて地に足をつけた暮らしは先々大損しそうだって恐れだす人が増加し、必然無鉄砲な信用取引用の口座の開設申請が激増する。そして投資ブームが機関投資家たちの暴挙を誘うのは必然だと警告するライターたちも増加する。どうしたって世の中は均一に回転しないもんで、夢まぼろしでない現実の人々の有り様が自己や自己周辺の写鏡になる。

 そんな世界の深遠まで知りたくないのに自然と知らしめられる法則が怖ろしく、投資の界隈では半ば尻込みしながら好機をうかがう構えになり、またブルーマウスらしく私はパソコンのモニタの前でぷるぷる震えてた。

 いや、言ってしまえばパワフルな銘柄の短期的動向はおおむね三手筋の詰み将棋の解答と同じくらい明瞭に見通せるから、あとからはっとして我に返るとぼちぼち稼げていた。ただそこからどう逃げ切るか、勝ち負けって思うか思わないか、その点こそが実は平安を保つために厄介な問題なのだ。

 暴騰と暴落の俯瞰に慣れた頃ようやくトライする目的が金儲けなんかじゃないって悟れた。株がなんやねん。本陣をかまえるべきはあくまでも将棋の世界。真っ向からあの親に大勝ちしなきゃね。

 あらためてこう思うようになった原点に様々な取り引きを経験した経緯があるとは認めている。里中七段に勝利する見返りでえらい目にあわされる確率は百パー、それはそうだがこっちが死んだふりをして納得するような相手でもない。なにせ私の父だ、その言葉をまともに解釈してはいけない。
 父が対局以前に狡猾な話術、心理トラップを仕掛けるのは日常茶飯事で一重ひとえにあなどっちゃいけなかった。あれこそ誰よりも邪道を極めた本物の魔物なのだあああ、頭が痛くなるから親の話はやっぱりやめとこう冷静に。

 何しろだ。
 浮世離れした投機的な話題の沸騰は将棋でいうところ中盤、そんな世界の大不況が長引く兆しを観測できる当時の私は今後地球生まれの人なんて控えめに見積っても半減するって思ったし、じっさい今も日を追うごとに激減している。手付かずの資源の豊富な他の星へ飛び立てるスペースシャトルが遮二無二製造されまくる、飛車八号に似たモデルの何百何千というでっかい船がどんどん大気圏を抜けてゆく、それが目に見えていた。

 厳しい世の中、多種多様な労働に耐えうる人材が常態的に不足する。先人たちの読み通りインターネットが世に出た以来の発明とされる人工知能や人工知能搭載のロボットたちがまるで二十世紀のSF映画を具象化するみたいに量産され活躍し出すだろうと。

 そんな社会の新常識(非常識だな!)が拡張加速されていたから私のような頭でっかちの人間が最後方へ、というか地下奥深くの穴蔵へ、ご丁寧に貯蔵されてしまうわけだ。どれもこれもそうなるはずだと予測した通りになるようで、今では一切恐怖せずだんだん地下にいるのが案外正解な気がしてしまう。

 地下といえばそうだこれも書いておこう。我々にあてがわれたこの住居兼用の研究所は何とたったの六畳二間だった。一緒に住まう許可が下りた仲間は、自分に輪がかかったように世間知らずな一名の助手と犬一匹だけ。

 これまた大きく予想を外れる処遇に見舞われた。いくらなんでもここまで冷遇した上に脅迫的な学習指導や課題攻めを大量に受けさせるなんてショックだったし非常に焦らされた、人として。
 色々な変動に戸惑いながら、やおら故郷の奈良にいる母親を一日も早く安心させたくなった。早く、早く、早く。
 そこから自習すべき課題や計画の質量は倍増した。

 こんな手記、誰のストレス発散になっているのかわからなくなりつつある。だが今のところ書くべきことがまだあると思うので引き続きノートには色々記す。自虐も愉悦しうるうちが華だろう。
 そろそろ日が昇る。犬の方のアンバーにご飯をあげてから新しく作り直したウォーキングマシンに乗せてあげる。忙しい助手君に任せっきりじゃ恨まれるし今日はここまで。

 飛車八号にいるアンバー・ハルカドットオムがアカウントネームとしてアンバードッグの名を採用した理由は、リスペクトかな。

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第六話
「地下室のベルの手記・現実的課題」につづく


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