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小説★アンバーアクセプタンス│序章
あらすじ
2046年、宇宙船・飛車八号は銀河を漂流しています。搭乗者たちは預言の導きや超高速で進化したテクノロジーの恩恵を受けて生き延びています。
少年アンバーは船内コロニーのカプセルホームで目覚めました。その正体は船を統制する人工人格ベル・エムが創り出したアンドロイド。次世代の舵取りを期待されます。
しかしアンバーは人の思い通りになれません。大人の都合を理解せず子どもらしい夢を見がち。相当な反抗期でグレかけたピノキオみたいに嘘もつきます。
そんな少年が人類の救世主になれるでしょうか?
船内では怪しい幻聴。
それは夏目漱石も芥川龍之介も森鴎外も太宰治も書いたことのある、たった二音のなれの果て。
序章
少年アンバーと夜空ストロー
地球の西暦は二〇四六年。
宇宙暦? そんなSF映画みたいな年号は使わない時代のお話。
★
戦前も戦後も地球の人たちの対立構造はそう変わらないようだ。だけど宇宙船・飛車八号の船内コロニーでは、基本的にみんな仲良くなれる環境が保たれていた。特にぼくの通う学習センターと付近の地区は治安が良い。本船が鹿児島から打ち上げられた二〇四二年以降、一度も違反者は摘発されていなかった。人間もアンドロイドも、預言死守党派の指図する教育プログラムのおかげで高度な協調意識が育まれている。
ラジオ配信チャンネル『夜空ストロー』のDJでさえ、平穏な日々を喜んでたびたび感謝していた。システムの最大効率化に懐疑的なあのミスターポールでさえ、だ。搭乗員の保護体制は完璧だよ、飛車八号が銀河を漂流している限り向こう三十年は俺たち絶対無敵だろうなって。
彼のアナーキー性を危惧する大人たちは多少いたものの、そんな主張は容認されないわけがなかった。
しかし今回ばかりは事情がちがう。お得意のリスナー煽りの下りで、ポールはかつてなく過激な発言をしてしまった。結果的に昨夜の生配信の直後、番組がアカウントごと強制削除されたらしい。翌朝の子どもたちもセンターで大騒ぎになった。
ぼくは『夜空ストロー』を生配信で聴けていない。親が預言死守党派と対立する帰還協会を支持者で、協会は十七歳未満のクルーの就寝時間を厳正に定めているから。
ミスターポール、なぜ今なんだ。考えが追いつかない。まさか投げやりになったのか。
抹消された問題の一人語りは、翌朝のホームルームの前にセンター生仲間から口コミで知らされた。
★
「──スレイブにゃなれない。親の派閥が違うことなんか関係なく。俺たち新しい世代は新しい世代なりの価値観を寄せ集めている。新しい世代だけで同期同盟を結成できている。学習センターの誰に飛車八号の舵を取らせるかってところが搭乗員一人一人の将来に関わることだろう。今のところ投稿ボードで大人気のアンバーが有力候補だ。そう俺の友達さ。もちろん君の友達でもある。合ってるよね? それでだ、よく聞いてくれみんな。今ごろおねんねしてるアンバーにもあした会ったらぜひ伝えてくれよ。大人たちは事実をぼやかしたがっているようだが、こりゃただの噂じゃないって俺はすぐわかった。みんなもきっとピンとくる。言うよ。何やら。繰り返される言葉が。死守党派のやつらの頭にも響いているって。……っイエエエーイ! 驚け、成功したんだ! この宇宙船飛車八号の船内で原因不明の病が流行しはじめた。ははは、まあ、そんな災難は俺たちが仕組んだ小細工の産物なんだが。とにかく喜べ。サノバース! 未来は明日だ! そう、なれ!」
配信アプリのユーザーがそこまではっきり危険な認知を広めようとしたのだから、情報基地局の管理長官も相当な打撃を受けただろう。その後、市営テレビのスタジオに情報パーソナリティが呼ばれて緊急特別報道番組がはじまったらしい。
「ミスターポールは虚偽の症説を配信したとして、先ほど隔離棟へ送られました。繰り返します、先ほどのミスターポールの配信は虚偽の症説です!」
特番には中立母星振興市の市長もリモートゲストとして参加し中立らしからぬコメントを述べた。大人たちにとって『夜空ストロー』の存在はいわばグレーゾーンだから、打ち切りにする絶好の機会だ。市長のこれみよがしっぽくため息してる様子は映像アーカイブに残されている。
「彼も一種の共感病かと思われます。かなしいですがね」
社会不適合のレッテルを貼られるほどポールの声に威力はあった。彼の言葉はただの虚言、あるいは虚言だったということにされてしまった。そういう風にコロニー全体へ広がった事実も、インパクトを残した結果とは言えるだろう。
こうも言われたらしい。
「銀河では暴発しやすい感性が増す、それだけのことかもしれません」
こうも言われたらしい。
「発症した人たちは同じ言葉が聞こえるというんです。ぼくも同じ、わたしも同じ、奇妙な幻聴がする。不気味なことです」
「はい。『なれ』と」
「ええ。『なれ』です。何になれというのかは、皆目わかりません。ナレ、ナレ、ナレ、それだけ。実害は特にありません。今のところはありません。動揺してはいけません」
どうとでも言え。
★
「アンバー、ねえアンバー。おねしょはしなかったかい? ポールはいつ戻ってこれるかな? 何とか言えよ」
陽気な仲間たちがにやにや顔で群がってくる。徹底的に防護された学習センターへ立ち入れる大人なんていやしない。
ぼくは何もしらない、そういうことになってる。だから、ビビる理由なんてあるもんか。なるようになれって、すました風に笑ってやった。
★
つづく
★
四万字〜五万字ほどの作品になります。
はじめから読んでも途中から読んでも楽しめる構成にしたいと思っています😆🙌
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