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この子は、緊急事態しか知らない
ミコ4歳。緊急事態宣言が繰り返されるようになって、一年半経つが、小さな子の記憶というのは、次から次へと消えてしまうものなので、ミコの緊急事態宣言以前の世界は、もう記憶にほとんどない。
そういう当たり前の事に気付いたのは、先日、緊急事態宣言があけて、ミコと二人で初めての遠出をしたからだった。
遠出と言っても電車で30分。でも県境をまたぐし、住んでいる住宅街よりもずっと都会。最近のお出かけと言えば、車で近場の公園に行ったり、親戚の家に顔を出すくらいで、人の多い所は避けていた。そのお出かけだって時期や人を選んでいて、基本的に休日は近所の公園で遊ぶのがいつもの過ごし方。自転車で移動できる範囲が、ミコの世界のほとんどと言ってもいい。
そして、こどもが3人居る我が家では、親と二人きりで出かけられるだけで特別な事。しかもいつもの生活圏外へ。電車に乗ると、プラレールでしか知らなかった電車がいくつも走っていて、「あのでんしゃ、いえにあるのとおなじだね!」と楽しそうに車窓を見る。
ターミナル駅で降りると、カラッとした晴天という事もあり、駅前はいつもの賑わいだった。
子の足では、駆け足でないと渡りきれない大きな横断歩道。一人で食べるモノなのかどうか、大きなパフェがショーケースに並ぶカフェ。噴水のあるショッピングモール。
ミコにとっては、街そのものがテーマパークのようで、いちいち新鮮な驚きがあるようだった。
◇
今回の目的は、学生時代の友達と会うことで、お互い子連れでの集合だった。先に目的地に着いた私達は、日陰のベンチに座って、さっき買ったばかりの冷たいジュースを飲んだ。
実は友達とは、お互いの子が1歳の時に会っていて、久しぶりの再会となる。もちろん本人同士は記憶になく、スマホの過去写真を見せるしかないのだけれど、ミコは「わあ、ミコちっちゃーい!」と、自分しか見ていない。確かに、「その隣にいる乳児も4歳になって今からここに来ます」と言っても、ちょっとSFっぽくて実感がないだろう。
でも、今から来るらしい。そのお友達親子が。見慣れない街と今からの予定が楽しみで、ミコは嬉しさと興奮が止まらない。
「じんせいって、こんななんだ!それで、まだいっぱいあるね!」
ミコが「じんせい」なんて言葉を使うは初めてで、びっくりした。ああ、この子は今日初めての事がたくさんあって、それで「これがじんせいか!」と喜びを持って受け止めているんだと思うと、狭い世界に閉じ込めていたこの一年半を、ごめんごめんと謝りたい気分だった。
◇
ミコが産まれる前だけど、5人乗りのセダンから、それより大きいミニバンに買い替えた時、お父さんとお母さんはテンションがあがって、「これで寝泊まりできちゃうよね!?」と、まだ小さかった上の二人を連れて、無謀にも車中泊の旅に出ちゃったくらいなんだよ。
覚えてないだろうけど、ミコが小さい時には、飛行機で旅行に行った事もあるんだよ。
他にも、ミコと抱っこ紐やベビーカーで、電車を乗り継いであちこち出かけたし、高速道路を何時間も走って、遠くの友達に会いに行ったりもした。
お母さんはインドア派なので、緊急事態宣言下でもそんなに困らないなと思っていたけれど、それでも以前はまあまあ出かけていて、でも、ミコはそれをほとんど覚えていないんだね。
ミコの「じんせい」は、これから始まって、それでまだ楽しいことがたくさんある。ミコが自分でそんな事を言ったのが、不憫だったし、そして嬉しくもあった。
それにしても、どうして「まだたくさんある」ってわかったのかな。ただいつもと違う駅に来ただけなのに。その「たくさんのじんせい」は、いったいどんなものなんだろう。
◇
待ち合わせ時間よりも早く、友達親子も到着した。わあっ!と再会を喜ぶ親、ほぼ初対面で探りをいれる子。
こうやって新しい出会いがあって、「じんせい」が広がっていく。こども達はしばらくすると打ち解けて、親から離れてごっこ遊びに興じ始めた。
◇
早く、いつでもどこにでも行ける世の中が戻ってきますように。こども達がじんせいを楽しめますように。
それから、私も。こんな楽しい日を、じんせいを、これからもっとたくさん過ごしたい。
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