マイノリティが投げる小石
テレビも宣伝も、配慮が必要な世の中だ。その渦中にいる、作る側の人が「昔は良かった」「いい時代だった」と言うことがある。そうなんだろうな、と思う。自分が面白いと思ったことを何も考えずに作れた方が、楽に決まっている。
私は何か活動したり発言したりして、世の中を変えた側ではない。誰かが汗水流して動いた結果、いつの間にかこういう時代になっていた。あ、そうか、それを嫌だって言っていいんだね、と気付いたら、あれもこれも気になってくる。自分に関連していないことだって、「あれ、今の発言NGじゃないの」とパチンとスイッチが入るときがある。
確かに堅苦しいと思う人はいるだろう。でも、やっぱり私は「昔は良かった」とは思わない。今まで居なかったことにされていた人について、想像できる人が増えたのだ。それはいい方向か悪い方向かで言えば、「いい方向」だと思う。まだマイノリティへの配慮について成熟していないから、間違ったりやり過ぎたりすることはあるだろうけれど、私達は学ぶ方向へ進んでいるのだと思っている。
揚げ足をとったり、無意味な言葉狩りをしたいわけじゃない。それぞれが、自分以外の立場の人について考えてほしいだけ。考えた上で間違えたなら、勉強し直して改善すればいい。
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うちの子ニンタは、グルコーストランスポーター1欠損症という遺伝子異常がある。この病気はまだ見つかって30年ほどの歴史しかなく、日本の患者数は100人くらい。治療薬はなく、唯一できるのが食事療法で、ケトン食というかなりキツイ糖質制限を一生続けることしかない。それでもニンタの場合はかなり症状が緩和したので、毎日続けて3年になる。
ザ・マイノリティだ。病名自体、お医者さんでも知らない人がいる。そういう希少難病は数多くあるらしいが、私ももちろん他の病気について知らない。だから、ニンタの病気について、メディアなどの表現で配慮してください、とは思わない。ああ、知らないんだろうな、と思うだけだ。
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糖質制限については、糖質制限ダイエットが流行ったので、それについての知識は広まった。そして1つのダイエット方法が流行ると「そのダイエットは危険!」という意見が必ず現れる。糖質制限についても同じで「安易な糖質制限は短命になる!」とあおる人物を何人も見た。
知っている。低血糖は命の危険があるから、最低限の糖質がとれるように気をつけている。このキツイ糖質制限を幼少から続けて、老人になった人がいないのだから、成人病についての影響もまだよくわからない。でも、今はこれしか選択肢がないから続けている。
でも、「短命になる」かどうかだって、怪しいものだ。糖質制限の話題は気になるから、ついつい見聞きしてしまうが、統計がハッキリしなかったり、「体の仕組みはこうだから、おそらくこうなる」みたいな推測でしかなかったりして、この根拠でよくここまで言い切ってくれたものよ、と毎回思う。
そして、これを番組にしたり記事にする時に、ケトン食を治療として選択している患者の情報はあったのかな?とも思う。知っていたけれど、希少難病で特異な例だからあえて触れなかったのか、それとも知らなかったのか。知らなかったとすると、糖質制限を語るにしては、少し不勉強だな、とは思う。
流行り廃りのあるダイエット方法の発信について、いちいち目くじらをたてても仕方ない。数年前までもてはやされたダイエット方法が今は見る影もない、というのはよくあることだ。いろんな分野の人が入り乱れて、ああだこうだと言っているのだから、玉石混交なのは多くの人が知っている。その上で「えー、本当にそれで痩せるの?すごくない?」とか「アレってやってみたけど全然効果ないよね!」とか言って楽しむべきものなのだ。
それでも、だ。そこまで分かっていて、それでも尚、「糖質制限は危険!」というタイトルに、毎回心臓がギュッとなる。こどもにこんなキツイ食生活をさせていて本当に大丈夫か、いつも心配しているところに、その不安を突くようなタイトル。あわてて飛びついて見て、なんだ、また根拠が曖昧な特集だった、と安堵する。でもいつか本当に、危険性がハッキリする論文が出てくるのではないかと怯えている。
私とニンタは、生き証人になるしかない。この治療を続けて、どうなったのか。一生をかけてサンプル1になるしかない。そして後に続く人達の資料として残されて、そして徐々に有効性と危険性が今よりもっとわかってくるだろう。
少なくとも、ニンタは食事療法で生活が送りやすくなった。笑ったり怒ったりしながら元気に暮らしている。糖質制限しても、こうやって元気に過ごすことが出来ているんだと、脅かすような言葉に触れるたびに心の中で反論している。
この病気の糖質制限は厳しすぎて、ダイエットとは同列に語れないことはわかっている。目的も違う。でも、似通った点が多く、ケトン食を理解したら、ダイエットなんて簡単だな、とすら思う。糖質制限ダイエットと共に、この病気にもスポットが当たればいいのに。
配慮してくれなくていい。糖質制限の危険性をあおる人がいるのも仕方ない。でも、私はこの病気が有名になってほしい。有名になって注目されて、研究費が集まって、食事療法以外の安全な治療法が見つかったら、どんなにいいだろう。
今でも、遺伝子医療の研究が進んでいることは聞いている。研究費を獲得してくれた研究者には本当に感謝している。しかし、安全性が確認されて、実用化されるのはいつになるかわからない。もっと有名になって、もっと未診断の患者も発見されて、もっと生きやすい世の中になってほしい。
私のマイノリティとしての願いは、上辺の配慮ではない。もっと実用的なこと。注目されたいのは、知ってほしいのは、今が生きづらいからだ。
ニンタの病名がわかってから、遠出はぐんとハードルが上がったし、外食もごくごく少なくなった。家から一歩出ると、ニンタの食べるものを確保するのが難しく、綿密に計画を立ててからでないと外に出られない。
おやつはナッツやチーズ、毎食良質な油を摂る、ダイエット向けの低糖質食材はびっくりするほど高価だ。ハリウッドセレブみたいな食事を、親が亡きあとにニンタが自力で続けることは難しいかもしれない。食事療法は医療なのに、もちろん保険対象外。
給食も旅行も外食も「ケトン食でお願いします」の一言で済ませられるようになったら、どんなにいいだろう。毎食必要な油や低糖質食材が、医療費扱いになったら、どれだけ家計が助かるだろう。
こんなに少ない患者数で、それを望むのは無謀なんだろうとは思う。でも、私がここでニンタの病名を何度も書くのは、一縷の望みを捨てきれないからだ。
誰か、私達親子を見つけてくれる人がいないか。いつか、メジャーな治療法として広まらないだろうか。私はインターネットという大海に、小さい石を投げている。さざ波にもならない小さな水面の揺れを、キャッチしてくれる救世主がいるかもしれない。
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ニンタはグルコーストランスポーター1欠損症。略称はグルットワン。6歳で1日1200kcal糖質1日20g以下を目安にケトン食(修正アトキンス食)をしている。勉強すれば、資格がなくても、誰でもできる食事療法。
もっと協力者を、理解者を、増やしたい。そのために私が協力できることなら喜んでする。飲食店、教育、福祉、メディア、行政、誰に何を頼んだらいいのだろう。わからないけど、まずは、今これを読んでくれているあなたに、知ってほしい。
誰かから誰かに伝わり、認知度があがっていくと、その中にはアイデアや技術を持った人がいるかもしれない。誰かが聞きかじった話としてどこかで話題にすることで、また1人理解者を増やすかもしれない。
まず、知ってほしい。マイノリティのスタートは、そこから始まるのだと思う。
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