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この子はこんな風に笑う子だった(不登校日記5)

山村留学に来た理由はいろいろあるけれど、一番上のいっちゃんの希望というのは大きい。

学校が合わず不登校になっていたいっちゃんが、ここなら来たいと言ったのが今の学校で、それなら来てみようとあれこれ骨を折った。

とは言え、「通えるかと思ったけど、やっぱりしんどい」となる事もあるだろうし、それなりに覚悟はしていた。家でゲームばかりしているなら、山深い地でやっていても同じなのだから、通えなくたって別にいい。

そして現在。いっちゃんは元気に学校に通っている。

最初から全部通えたわけではなく、問題もあった。こちらの学校は朝が早く、部活に入っている子もそうでない子も朝に運動をするという習慣があり、一年間家でゴロゴロしていた子にそんな体力があるはずもなかった。

最初は勉強もわからない。遅れを取り戻さなければという焦りもある。

いっちゃんは「学校に行きたいのに、朝が眠くて起きられない」と言ってさめざめと泣いた。現役引退したアスリートが復帰して、体力の衰えに愕然とするのに似ているかもしれない。

学校に「…というわけでお休みします」と電話すると、担任の先生がトコトコと山道を登って来てくれた。借りている家は学校にとても近い。先生は家でコーヒーを飲んで「少しずつやろうか!」と言い、次の日も休み時間に迎えに来てくれて、一緒に登校をした。

次の日は午後から一人で行った。その次の日は3時間目から一人で行った。その後も「今日は行きたくない」と休んだり、行くには行くがギリギリまで起きれなかったり、一ヶ月くらいは危なっかしかった。

しかしある日を境に、いっちゃんはすんなりと自分で起きてくるようになった。最初は「あれ、今日はめずらしいね」と思って素通りしただけで、そこから毎日自分で起きてくるようになるとは思いもしなかった。

こちらでも運動会があった。いっちゃんは点数をカウントする係で本部席に居て、遠くからでもニコニコと笑っているのがわかった。

幼少の頃から、クラスの集合写真などで私はいっちゃんをすぐ見つける事が出来た。「いっちゃんの周りに明るいオーラがあって光り輝いているから、すぐにわかる」と冗談で言っていたけれど、いっちゃんは嬉しい時に目も頬も口も大きく使って笑うので、遠目からでもわかりやすいのだと思う。

いっちゃんは運動会の間ずっとニコニコしていて、自分の出る種目になると、更にニコニコ手を振って入隊場し、私はそれを写真におさめた。

いっちゃんはこんな風に笑う子だった。私はすっかり忘れていた。

前の学校での体育祭は、かろうじて当日は出席したものの、練習も満足でないせいか、眉毛は下がり、不安そうな顔で観客席を見ていた。

当時の私は、「ちゃんと体育祭に出て、それなりにこなしていて、えらいえらい」くらいの気持ちで見ていたけれど、それは不登校の不安の最中であったからそう思っただけで、今の輝く笑顔のいっちゃんを見ていたら、あれは異常事態だったのだと改めて思った。

山村留学に来て、別に学校に行けなくても楽しく過ごせれば御の字、くらいに思っていたけれど。

こんなにニコニコとしているいっちゃんの写真が撮れて、人間の、元の自分を取り戻す力に驚いている。一度しおれてしまっても、良い土と水を得たら、また瑞々しい葉を繁らせる植物みたい。

想像を上回る収穫だ。


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