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『水都百景録』を中国史目線で暴走気味レビュー!
あんまりこういうことを言いたくはないとはいえ、言いますけど。このゲームは中国史をモチーフとしているため、ちょっと説明が難しいのです。
そんなわけで説明してゆきます。
ストーリー「女媧が落とした絵巻には……」
オープニングを見ればわかるので、説明でも。女媧(じょか)が落とした絵巻物を文徴明(ぶんちょうめい)が拾い、持ち主を転々としていました。そしてついに万暦年間の大火で焼けてしまいました。しかし、その不思議な絵巻物には描かれた魂が宿っています。
まずは文徴明の魂が蘇ります。彼は筆を手に執り、まずは最愛の妻・呉黎(ごれい)を蘇らせます.日本語版アイコンは彼女です。こうして蘇った文徴明は、最愛の妻とともに、絵巻を描きこんで明代の江南を再現してゆくことにしたのでした。
どんなゲーム?「大明版シムシティだよ」
文徴明はなぜ絵巻の中に人の魂を呼び出すの? それはおいおい彼が作中で語ってくれます。ツッコミどころがありますが、それはだいたい「文徴明だからさ……」でなんとかなる。文徴明は生前から天然が入ったいいひととして有名でした。
文徴明が筆で街並みを描きこむ設定ですので、配置変更は割と簡単にできます。タッチも色合いも時代考証も、ちゃんと彼の画風に似せてあります。なぜ文徴明が主役かというと、有名で、絵のタッチが向いていて、性格に問題がないからなのでしょう。
フィクションで人気なのは、文徴明の大親友である唐寅(字の伯虎が有名)なのですが、彼は結構チャラい遊び人気質でもありまして。画風も風景ならば文徴明の方が得意ですし。
キャラクターは?「中国史で有名な人。でもセレクトセンスは謎だよ!」
このゲームはガチャ要素の重要度は低い。まず、引いたところで街に家を作り入居させないとならない。キャラクター数に街の発展が追いつきにくい。
能力値も一長一短なので、極端に強いキャラはいません。徐霞客が探検に向いているといった特徴はあるとはいえ、そこまで決定的でもない。
史実人物への愛着や、ゲーム内での人間関係基準で進めて問題がないと思います。なかよしだったら近所同士にしたりとか。そういうまったりとした楽しみ方がオススメです。
人物は大原則として、明代までの人物のみ。文徴明死後の人物も明代ならば登場します。明代が最も層が厚い。
これはなかなか賢明な判断。確かに康熙帝や魯迅がいてもよさそうだけれども、清以降を含めると揉めます。避けることは賢明です。
人選センスは賢明であるけれども、文徴明が何を考えて選んだのか、謎だと思える人物もいる。日本からやってきた娘さんのはなも謎ではありますよね。倭寇はぶちのめすけど、はなは慈しもう! ちなみに倭寇襲撃イベントもあるらしい。
明太祖・朱元璋が宿屋で「冬服に入れる綿ない?」と言ってくるゲームなんてあっていいのだろうか……しかも紹介文ではあの例の肖像画ネタに怖いかんじでイチャモンつけてるし。
王直(倭寇の親玉)や魏忠賢(極悪宦官)まで出したあたり、そいつらが本当に江南の絵に必要なのか理解に苦しみます。なお、あまりに不謹慎な人物は炎上しましたので、出てこないかと思います。
いっそこのまま明の皇帝全員コンプしたら面白いとは思う。武宗は是非とも欲しい! 北京遷都後は出ないのかと思ったら、イケメン朱棣(つまりは永楽帝)が実装されているからいいでしょう。
文徴明(つまりは運営)の謎セレクトは絶好調で気が利いていて、フィクションの人物も出てきます。初期の時点で聶隠娘(じょういんじょう、唐代の小説に出てくる有名な女性暗殺者。映画『黒衣の刺客』の主人公にもなった)白娘子と許仙コンビが出てきたりします。初期の段階で『牡丹亭』の作者・湯顕祖(とうけんそ)と主役のモデルとなった設定の麗娘が出てきます。彼もなかなか大変な人生ではありましたが、文徴明センスで「恋する湯くんがみたい!」ということになっているのでご安心ください。
基本的に文徴明は善良なので、このゲームは優しいのです。倭寇を捕まえてしばいてお宝の場所を牢獄で吐かせたり、住民が強盗に殺害されることもあるというけれど、それもまた明代の江南なので。それでも『ソード&ブレイド』(謀略と自宮に塗れた『笑傲江湖』原作MMO、明代が舞台)よりははるかに優しい世界です。
考証やシナリオは?「とても勉強になるよ! まったり日常を楽しむんだよ!」
シナリオはあってないようなもので、箱庭もとい絵の中の人間関係を楽しむようなもので……ただ、元ネタを知らないと厳しいかもしれない。オススメは井波律子先生あたりの、文人列伝ですかね。文化に貢献した人物が多いので。とりあえず文徴明だけでも把握しておきましょう。
このゲームはかなり凝っています。住民同士の会話イベントや、住民紹介文はもととなった明代の文献があると思えます。いちいち出典を調べているわけでもありませんが、昔読んだ『笑府』といった古典にあったような、そんな雰囲気が漂っています。賭け事に使うコオロギを勝手に捨てられた話。科挙にまつわる話などなど。
中国のユーザーなら「あ! 古典の時間にあった!」とニヤリとできるようなネタがてんこもりです。華流ドラマ好きなんかにはたまらないものがあることでしょう。
このゲームはモブ住民といいますか、そのへんの老若男女も重要でして。労働力としても重要ですが、住民同士の人間関係が変わる様も楽しめます。
ジェンダーに配慮していてるって?「そうだよ! すごいことになっているよ!」
このアプリはジェンダー面に配慮しています。
どうしても歴史上の有名人ばかりとなると、男女比が偏ってしまう。そうならないよう、男性キャラクターの妻もセットになることが多いようです。
文徴明の場合、しっかりものの妻のおかげでゴタゴタした日常に配慮せずにすみ、創作に専念できたことは確か。それを踏まえてキャラクターが設定されていると思えます。
芸術家としては一流でも人間としては下劣。そんな董其昌(とうきしょう)は、妻へのツンデレ愛でなんとかゲスさを回避しているように思えます。よかったね。
キャラクターデザインは、露出はほとんどありません。『水滸伝』でおなじみの李師師の胸元がチラッとしているくらい。時代考証をすれば男女双方そんなに露出しているもんでもないし。モブ住民肉体労働者男性はそれなりに露出しているけど。
女性キャラクターでも、武則天や秦良玉はちゃんと中年女性だとわかります。若くて美人だけしか需要がねえ!……そんなメッセージ性は感じられないのです。こういうのを中国共産党が厳しいからだ、ヤダヤダ! となるのはとても低劣な考え方じゃないかと思っていまして。だってきっちり時代考証しても魅力的なんだからさ。
ジェンダー配慮はシナリオ面でもあります。貞節碑坊(ていせつはいぼう、貞節を貫いた女性を顕彰するもの)の解説文がすごい。夫に先立たれてずっと一人暮らしした女性を褒めるなんて悪習があったんだよ、そんなのゆるさん! そういういきすぎた儒教規範に対し、アイテム解説で激怒しているんですね〜。
キャラクター設定や解説をみるに、このゲームには伝えたい価値観があるとわかってきます。
男は女の支えなしには活躍できなかったと理解しようね。
内助の功に満足していた女性だけじゃないよ!(沈万千)
そう運営=文徴明は言いたいんでしょう。ちなみに本国実装済みの馮夢竜(ふうむりゅう)は文人としても名高いけれども、中国史のジェンダーを考える上でも重要です。彼は溺女(生まれた赤ん坊が女ならば溺死させること。要するにフェミサイド)を禁止令を出したこともあるし、女性は男性と同じく尊いと書き残しています。
主人公の文徴明も、さんざん唐伯虎あたりから「キャバクラいこうぜえ」と誘われたものの、浮気することを考えただけでも嫌になるという性格ですし。
昔は一夫多妻が当然という前提に反論できる人物像です。
ブロマンスが盛んだって?「うん、本国はすごいことになっているよ!」
そんなまったりゲームなのですが、なんでも本国ではブロマンス展開がすごいことになっているらしい。なんでも人気は……
沈周(文徴明にとって絵の師匠)
唐伯虎(文徴明にとって同い年の大親友)
あたりなんだけど。初期実装だから納得というのはわかるけど、なかなかこれがスゴイ。なぜ文徴明はこの二人を若くイケメンに描くんでしょうねえ。きみはブロマンスの神様なの? ちなみに文徴明は愛妻家ゆえにあんまり盛んじゃないみたい。
沈周は日本でもねんどろいどが発売されているし、コスプレでもファンアートでも大人気ですね。まさか沈周がイケメンになって大人気なんでびっくりだよ!
このゲームは画期的な偉業も達成しました。
史実でもカップルだった。それでもイメージが竹林でウダウダしているおっさんであったため、ブロマンスされてこなかった。そんな阮籍と嵆康がイケメン実装され、時を超えてやっと史実に追いつきブロマンスとしてファンアートが描かれているようです。人類はやっと阮籍と嵆康の史実カップリングに追いつきました! 嵆康ってそもそもが没年早いし当時みんな「イケメン! 尊い!」と言い残しているし。史実にやっと追いついたんだな。
そうそう、同じ家に住んでいると同性同士でも旅行したり、相手を春の日差しのようだと思いながら見つめたりし始めます。明代はセクシュアリティを考える上でも大事な時代です。男性同性愛が性愛のバリエーションとして認知されるのみならず、
「同性同士が愛を高めあうこともありだよ!」
と、男女双方の同性愛描写が文学において光り始める時代だそうで。
いやあ、時代考証をしっかりしているゲームだなぁ! 素晴らしい!
結論「これはオススメできるよ!」
全力で妄想していてシステムやらなにやらすっとばしましたが、それは攻略ブログでも読めばいいと思います。
無課金や微課金でも楽しめるし、隙間時間にボツボツやる良心的な設定ですし、勉強にもなるし。まるで私の妄想が具現化したようで夢を見ているようです。ありがとう。多謝!
この世界観を味わうことで、中国史にまつわる誤解や先入観、偏見がなくなればよいと思います。中国時代物好きであれば遊ぶしかない。そんな良作ですよ! リリースを楽しみに待っています!
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