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【ディジェネレイティッド・ドリームランド】
【ディジェネレイティド・ドリームランド】
ノバラ・ストリート、かつての繁華カブキ街は数年前のカブキザへの施設統合に伴い見る影もなくなった。夜ということもあり、その路にはヨタモノの影すら見られない。
そのような半ばゴーストタウンと化したノバラ・ストリートを、もはや場違いであるカブキ装束を纏いながら歩く男あり。彼の名はマツモト・コウシロ…またの名をカブキニスト。コウライヤの頂点に立つカブキアクターニンジャだ。
果たして彼ほどの者がこのような退廃カブキ街に何の用だというのだろうか。廃屋の看板を確かめ、カブキニストは地下へと続く薄汚れた階段を下る。
そこは地下カブキ場ナツノサン。かつてはニュービーカブキアクターが切磋琢磨しあい己が躍進を狙う夢と希望に満ちた場所であった。…だが、カブキザの無くなった今、その輝きは失せ、廃墟はカブキパンクスの集会の場と化してしまった。
「イヨーッ!」カブキニストがナツノサン入口の扉を蹴破り、店内に侵入する。…そこには異様な空気が漂っていた。店内受付ロビーに当たる部屋には数人の若い男女が思い思いに座り、突如訪れたカブキの暴威に目すら向けぬ。彼らは皆一様に、ぼんやりとした眼で何もない宙を見つめいていた。
「アー、おじさん、ダレ?カブキワナビー?まァいいや。おじさんも貰いに来たんでしょ?バンテリン」ドア横に座り込むオンナガタ・パンクスがカブキニストへと話しかける。そのバストは豊満であった。彼女は目の前のカブキ殺戮兵器とも呼べる存在に身じろぎ一つしない。…自我が希薄なのだ。
バンテリン。それはコウライヤが製造、販売、流通させている薬品であるが、彼女の言うそれはコウライヤの正規バンテリンではない。秘密裏に売買される非合法危険薬物、エアロバンテリンだ。
エアロバンテリンは服用者のニューロンにスーッと効いて恐怖や不安を消し、多幸感や酩酊感を与える。だが、多用をすれば自我を摩耗させ廃人となってしまう。ここにいる若者たちの夢遊病めいた状態はエアロバンテリンの影響だ。
「イヨーッ!俺はカブキアクターだぞ!」クルマビンヘアヤンクが叫ぶ。「アハハ」オンナガタ・パンクスが笑う。カブキニストは悲痛そうに彼らを見つめ、やがて彼らの間をすり抜けてカブキ舞台へと繋がる連絡通路へと足を進めた。
◆
開け放たれた扉からカブキニストはカブキ舞台の中を探る。カブキ舞台にも多くの中毒パンクス達がたむろし、その舞台中央には1人の男が立つ。その男から発せられる特有の存在感…ニンジャぴるすだ!
「イヨーッ!」カブキニストは強く踏み込み、瞬時に舞台上ニンジャぴるすへと接近、トビゲリを仕掛けた!「ケオーッ!?」意表を突かれたニンジャぴるすは回避出来ぬ!ニンジャぴるすが吹き飛ばされる!…だが浅い。衝撃がニンジャぴるすの身体を通り抜け、散った。
カブキニストは蹴りの反動でクルクルと回転し、着地と同時にアイサツをした。「ドーモ、カブキニストです。コウライ社の名を騙り違法バンテリンを売り捌いていたのは君かね」
ニンジャぴるすはネコめいた姿勢制御で着地し、困惑しながらアイサツを返す。「カブキアクター…!?…ド…ドーモ、カブキニスト=サン。ポイズンアイヴィーです。」
カブキ舞台に出口は一カ所、カブキニストが侵入した扉のみ。その扉は今カブキニストを挟んだ向かい側…カブキニストを躱さねばポイズンアイヴィーは逃げられぬ!
「イヨーッ!」カブキニストは瞬時に跳び寄り、鞭めいてしなやかなカブキックをポイズンアイヴィーの頭部へと打ち込む!「ケオーッ!?」ポイズンアイヴィーは吹き飛ぶ!だが、入りが浅い!衝撃がポイズンアイヴィーの身体を浸透し体外へと流出しているのだ。なんたる超常的ニンジャ柔軟性!
(…だが、カラテはからきしと見える。攻めるべし!)「イヨーッ!」カブキニストの断頭カブキチョップ!「ケオーッ!?」だがそれすらも衝撃を受け流される!首切断ならず!「イヨーッ!」ヤリめいたサイドキック!「ケオーッ!?」致命傷にはならぬ!…厄介な柔軟性!
カブキニストは瞬時に思考する。ナギナタを使えば切断可能か?だが周囲のカブキパンクスが巻き添えになる。カブキの炎もミエもカブキパンクスが邪魔だ。
…ならば。「イヨーッ!」カブキニストがポイズンアイヴィーの首を締め上げる。(打撃が効かぬのならば縊り殺せば良いのだ!)「ケオーッ!?」ポイズンアイヴィーの首が締まり、呼吸や血流が停止する!赤ら顔がうっ血を始める!
…一つフォローをするのならば、ポイズンアイヴィーは確かに弱くカブキニストは絶対的な力量差を正確に把握していた。しかし、それゆえカブキニストには一抹の油断があった。
「イヨーッ!」カブキニストの腕にさらなる力が掛かり、窒息よりも早く頸椎が砕けるその寸前。「ケ、ケオーッ!」ポイズンアイヴィーが決死のカラテシャウトを放つと、その指がツタへとヘンゲした。
「ヌウッ…!?」カブキニストの肉を抉り、ツタが左腕へと根を張る!「イヨーッ!」カブキニストは己の腕に張るツタを咄嗟に引き剥がす!ツタが残した傷は軽傷…しかし。「ヌウーッ…!」カブキニストの視界が歪む。足元が覚束ない。「…毒物か…!」
「ケオ…濃縮エアロバンテリンなんですけお…暫く酔っててくだち!」ポイズンアイヴィーは一目散に出口へと駆け出す!「逃がさ…ヌゥーッ…」カブキニストは足元がおぼつかず転倒する!もはや追跡は困難か!…その時!「…ケオーッ!?」ポイズンアイヴィーが苦悶する。一体何事であろうか!
読者の皆様の中に抜け目ないニンジャ動体視力をお持ちの方がおられれば気付いただろう。…転んだ瞬間カブキニストの胸元から放り出された物に。
それはベンケ・ウェポンズが1つ、ウォーハンマー!転倒時に高速で放り出されたハンマーがポイズンアイヴィーへと命中したのだ!
「ヌゥー…待てポイゾニック君…ヌウ…イヨーッ…!」カブキニストは必死に駆け寄り、カブキパンチを繰り出す。だがその拳は距離感が合わずに空を切った。
「オットット…」カブキニストはバランスを崩し、ボディチェックめいて肩からポイズンアイヴィーに激突!「ケオーッ!?」ポイズンアイヴィーを巻き添えに転倒!「ケオーッ!?」肘が顔面に当たる!
「ヌウーッ…」カブキニストは立ち上がれぬ!「い…今なんですけお…!ケオーッ!」ポイズンアイヴィーはなんとか立ち上がり、命からがら逃走!「待ちたまえパキスタキス君…!」カブキニストの声が遠ざかる。
「ケオーッ…!」ポイズンアイヴィーは必死で考える。逃走までに余計な時間を食ってしまった。…先ほどカブキニストに打ち込んだ毒も、もはや逃走し切るまで持つまい。
「…毒を再度注入してダウンさせ、その隙に逃げ出すしかないんですけお…!」ポイズンアイヴィーは覚悟を決め、1つの部屋へと飛び込んだ。
◆
「おのれ…」カブキニストは確固たる足取りで廊下を歩む。直接濃縮エアロバンテリンを打ち込まれた左腕の感覚は未だに希薄である。だが、酩酊は去った。足元がふらつくことも無い。
カブキニストの胸中で激しい怒りが燃える。取るに足らぬ相手に好き勝手にされた怒りが。「おのれポンテデリア君…!」その顔が赤に染まる。
「姿を現せ、ポテンティラ君。君がどれほど小細工を続けようと私の怒りの炎に油を注ぐだけだ!」カブキニストの声が、廊下にこだました。ぴるすの高笑いだけが帰ってきた。彼はなおも進んだ。廊下は突き当たりへ。カブキニストは右手で、目の前のフスマを開く。
「バカな……行き止まりとは……!」カブキニストが足を踏み入れたのは、タタミ敷きの四角い小部屋であった。それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。
四方は壁であり、それぞれにはベンケ、キホーテ、サリエリ、ルソンの見事な墨絵が描かれていた。もはや先へ進むためのフスマは見当たらない。ではポイズンアイヴィーはどこへ消えたのか。
「姿を現すがいい、ペラルゴニューム君……!」この謎を解くべく、カブキニストは右手にチョップを構え、物音ひとつ立てぬ精緻な足運びで、部屋の中心部へと進んでいった。額の汗を右手の甲で拭った。
カブキニストはついに部屋の中央へと達する。…まさにその時であった。
ポイズンアイヴィーが後方のキホーテ壁中央を音もなく回転させ、姿を現したのは!「ケオーッ!」「グワーッ!」ポイズンアイヴィーがカブキニストの背後へと忍び寄り、斜めに斬りつけるようなカラテチョップを浴びせた!
カブキニストは体勢を立て直すと、背後の敵めがけて鋭いカブキチョップを放った!「イヨーッ!」だがポイズンアイヴィーの動きは俊敏であり、キホーテの描かれたシークレットドアを回転させ、再び消えてしまったのだ。
「ヌウーッ…!」カブキニストは四方の壁を睨みつけた。それぞれに回転シークレットドア。おそらく内部で繋がっており、どこから攻撃を仕掛けてくるか予想できぬ。
「ケオーッ!」ポイズンアイヴィーが後方のルソン壁から現れ、カラテチョップを浴びせる!「グワーッ!」そしてカブキニストが反撃するより速く、ポイズンアイヴィーは秘密ドアへと再び消える。
(…酩酊が未だ抜けていなかったか。)カブキニストは己の怒りを捨て去った。(冷静になれ。集中せよ)カブキ意識を研ぎ澄ます。カブキの揺らぎを感じ取る。
「ケオーッ!」ベンケ扉が回転し、ポイズンアイヴィーがチョップを繰り出す!だが!「イヨーッ!」カブキニストは瞬時に振り返り、カブキチョップで相殺した!
「バカな!マグレなんですけお!」焦りを浮かべながらポイズンアイヴィーが回転扉の向こうへと再度消える。「マグレか試してみたまえポイズンアイヴィー君」
冷静になれ。集中せよ。カブキニストの顔は白く冷め、対照的に彼の右腕には凝縮されたカブキが可視化され赤く燃える。カブキエンハンスメント!
ベンケ壁が回転した瞬間!「イヨォーッ!」カラテを構える暇も与えず、カブキニストのカブキチョップ突きがポイズンアイヴィーの胸を貫通した!「ケオアバーッ!?」壮絶な悲鳴!壊れたジュースサーバーめいて、鮮血が吹き出した!
「イヨーッ!」カブキニストは右腕を引き抜き、部屋の中心でザンシンを決めた。胸に大穴の空いたポイズンアイヴィーは痙攣し、仰向けに倒れた。「サヨナラ!」
◆
カブキニストは去り際、未だ酩酊するカブキパンクス達を一瞥した。エアロバンテリンをばら撒く邪悪な売人は死んだ。しかし、薬物を断たれた彼らはどうするのだろうか。
(…それを考えるべきは私ではあるまい。カブキニストは一人歩く。街灯もないノバラ・ストリートに、寒々しい月明かりが降り注ぐ。
【ディジェネレイティッド・ドリームランド】終わり
カブキ名鑑
◆歌◆
カブキ名鑑#19
【ポイズンアイヴィー】
邪悪な違法薬物密売ニンジャぴるす。体内で薬物を生成する能力を持ち、産み出した危険なドラッグを無許可で売りさばいて金儲けをする。戦闘時には己の指をツタに変え、相手の体内へ薬物を注入する。
◆舞◆
K-FILES
!!! WARNING !!!
K-FILESは原作者コメンタリーや設定資料等を含んでいます。
!!! WARNING !!
退廃カブキ街、ノバラ・ストリート。もはや治安など無いその地で違法薬物を売りさばき蔓延させる黒幕を探し出して滅するため、カブキニストは地下カブキ施設ナツノサン廃墟へと足を踏み入れる。
主な登場ニンジャ
ポイズンアイヴィー / Poison Ivy:無所属の野良ニンジャぴるす。ツタ・ニンジャクランのグレーターニンジャソウル憑依者。体内で様々な植物毒を生成可能であり、己へ麻酔や興奮剤として用いるのみならずドラッグとして売りさばいていた。指をツタに変えるジツを持ち、壁を登る際や敵に体内生成薬物を注入する為に使用する。またその全身はツタ植物のように柔軟で打撃のカラテ衝撃を受け流しほぼ無効にしてしまうため切れ味の良い斬撃か炎や氷などの力、鋭い刺突撃などを使わなければ殺せない。彼の様にコウライヤ管理外で発生し、そのまま無所属で自由に生きるニンジャぴるすも少なくないが、生きる為に犯罪行為に手を染め討伐対象となる者も多く存在する。ツタ・ニンジャクランは己の体をツタ植物に変化させ、ツタ植物のようなニンジャ柔軟性を誇るニンジャクランであり、ツル・ニンジャクランとはその名を巡り対立した過去を持つ。
メモ
「ディジェネレイティッド・ドリームランド」は一読してもらえれば分かる通りシュギ・ジキを巡るトラップ部屋シークエンス・ブレイクビーツ技法エピソード群のパロディエピソードだ。僕は基本的に文章そのものを丸々と忍殺原作から引用したようなパロディエピソードスクリプトは作らない。パロディのみで作られたエピソードはツイッターなんかで見かける「キャラの名前と口調を改変しただけのコピペbot」とほぼ同じだと思うからだ。けれど、その点今作はかなり恥も外聞もないモノとなっている。でも書きたくなっちゃったんだから仕方ない。シュギ・ジキの文章にはどこか書きたくなる魔力が宿っていると思う。
完全なるパロディにするのは流石に気が引けたので今回のエピソードでは普段触れないカブキ世界の退廃的部分と、退廃世界からは切っても放せないドラッグ、そして一抹のカブキを混ぜてフレーバーとして『野バラ咲く路』の歌詞を振りまいてみたんだけど案外しっくりときた。カブキパンクスって何だよ…といった気持ちを抱いた人はぜひ【シャード・オブ・カブキエイジ(3):カブキパンクス】も読んでみて欲しい。