
【リヴァイタライズド・キングダム】
「スゥーッ……ハァーッ……」仄暗く狭い個室の中、1人の男が深く呼吸をしながらザゼンしている。彼の周囲の壁では無数の電子機器が緑色の光を放ち、男の横顔を照らす。
『コーッ……シュコーッ……もう一段加速。衝撃に備えてくだち。3、2、1……』音声が響き、キーンと一段高い音が鳴ったかと思うと強い衝撃が個室を襲った。男は少しも動じずザゼンを続ける。
彼の正面、個室に空いた窓の外には広い空と海が広がっていた。
◆カブキスレイヤー 第10代目◆
◆「ピルストロフィ・オブ・カブキエイジ」◆
◆シーズン2 第1話◆
【リヴァイタライズド・キングダム】
◆
南米大陸の陸地を太平洋から隠すように横たわる遥かなる霊峰、アンデス山脈。世界有数の港湾都市であるリマからほど近いその霊峰にマチュ・ピチュ遺跡は建っている。その遺跡上空を、空を覆うように無数のツェッペリン群が飛ぶ。……異様な光景。
彼らは獲物を狙う殺人マグロのように用心深く遺跡の周囲を低速旋回し続け、「絶対に許さない」「我々を怒らせるな」「三日後には100倍」といった威圧的な文言を空にホログラフ投影する。のどかな高山地帯にそぐわぬ一触即発のアトモスフィアがあたり一帯を支配していた。
一体この地で何が起こり、そして彼らツェッペリン群は何を目的としているのか。それは込み入った政治的な駆け引きの存在しない、実に簡単な話である。突如謎めいたニンジャ遺跡がこのマチュ・ピチュ遺跡内に現れ、そして周囲に偏在する鉱山を含む山岳一帯を何者かが占領したのだ。
『ここは世界遺産であり不法な占拠は断固として認められない!ただちに投降せよ!』一際巨大な機体、カブキツェッペリンから威圧的な音声が山間に響き、カブキアクターを模して作られた白い顔の両目から威圧的に漢字サーチライトを投射する。
様々な機体の入り交じるこのツェッペリン群は複数メガコーポによって形成される連合航空艦隊である。普段冷戦めいた水面下の争いを行っているメガコーポたちが、違法占拠されたアンデス山脈地帯とその上空を取り戻すためにこの場においては嘘偽りなく手を結んでいるのだ。
地上から兵器で攻めるにはこの地は高く険しく不安定だ。かといっていきなり世界遺産へ航空機爆撃などすれば他社に責任追及の口実を与えかねぬ。故に……あくまで穏便に被害の少ない解決を目指している"という体"を取るために、各メガコーポが送り込んだのは皆一様に滞空能力・威圧能力に長けるツェッペリンであった。
『真っ先に攻撃を開始し世界遺産壊滅の発端となった』などという汚名と謗りを避けるため、ツェッペリン群は上空を回遊しながら監視と威圧を行うに留まっている。誰かが先走り、あるいは何らかのミスで口火を切るのを抜け目なく待ちわびながら。
『いつでも攻撃可能です』コーワ・ファーマスティカルの旗艦であるカブキツェッペリンに通達が入る。周囲を跳ぶ随伴艦ピルスツェッペリンたちの顔部が赤らんで光り、即時攻撃可能であることを告げている。応じるようにカブキツェッペリンの白い顔が威圧的な赤へと染まってゆく。……最終警告だ。
彼らコーワのツェッペリン群のみならず、遺跡を包囲するツェッペリンはもはや全機が引き金に指を掛けた状態であろう。開戦まで一刻の猶予も残されてはいまい。……そして、その瞬間は不意に訪れた。
KABOOOOOOM!激しい音を立ててマチュ・ピチュ遺跡の一つが爆散した。それが何処の機体によるものなのか、あるいはテロリスト側の攻撃だったのか、もはや分からぬ。既に動き出したツェッペリン群はもう止まらぬ!無数のミサイルが、機銃が、爆撃が、銃撃が、飽和的攻撃が遺跡へと向けられた!
石造りの遺跡は過剰火力を前に容易く崩れ去り、中に潜む遺跡占領テロリストはその姿を見せることすらできずに消し飛ぶであろう。ツェッペリンに搭乗する、そして本社でモニタリングする者達は勝利を確信し、他メガコーポを出し抜きマチュ・ピチュの土地及び領空管理権を手にするための裏工作へと業務の移行を始めようとしていた。
『くだらぬ』
超常的な声をオペレーター達は聞いた。激しい銃声や爆音の中で、聞こえるはずのないような呟く声を、確かに。……彼らはその声を報告しなかった。己の精神を守るため幻聴と断ずるか、さもなくば既に正気を失い報告などできる状態にはなかった。
KABOOOM!KABOOOOOM!KRATOOOOOM!DOOOM!DOOOOOM!各機から放たれた無数の飽和攻撃は、しかし遺跡へと向かう路半ばで突如推進力を失ったかのように地上へ落ち始めた。爆発が地面にクレーターを刻む。機銃の弾が地面へと刺さる、あるいは石畳に弾かれ転がる。
ツェッペリン群にも異常が現れ始めた。始まりは特に遺跡の側にまで接近していたツェッペリンたちであった。彼らは突如飛行高度を下げ始め、コントロールを失ったように周囲のツェッペリンや峰へと衝突しながら墜落を始めた。
次いでそれら墜落機体に隣接していた機体が同様に降下、墜落を始める。その次はそれらに隣接する機体……と、まるで感染でもするかのように同様の異変が伝播を続け、遺跡を中心とした同心円状にツェッペリン群の墜落が進んでゆく。
『ケオオーン……!』電子的悲鳴を上げ、互いに衝突し合ったピルスツェッペリン群が黒煙を上げながら墜落してゆく。「これは一体何事だ!?」墜ちゆくカブキツェッペリンの中、コーワソルジャー指揮官が悲鳴のように叫ぶ。「わ……分かりません!出力は安定しているはずが、異常な負荷が機体を……」
そして、ツェッペリン群は抵抗も虚しく地に落ち……あるいは奇跡的に遺跡周辺から撤退し……マチュ・ピチュの空には雲一つない開けた青が戻った。
『実に他愛のない……かつてはあれほどに脅威だったというのに』マチュ・ピチュ遺跡中央、謎のニンジャ遺跡の中で男はため息を吐く。その周囲では数多の男達が跪き、ドゲザめいて頭を垂れていた。
◆
太平洋上空を弾丸めいた速度で飛翔する存在あり。三日月めいた細く鋭い流線形の飛翔体。常人には到底耐えられぬ速度で飛ぶその機体は、コウライヤが秘密所持する超高速ステルス航空機……スカイロッポー。
パイロットの名はパープルライトニング。度重なる改造でその体を航空機操縦のみに特化させ、複数LAN端子接続によって機体のあらゆる機器を己の肉体のように自在に操るコウライヤ随一のパイロットニンジャぴるすである。そして、後部座席にはカブキ装束を纏う1人の男。
「……コーワの先行部隊が全滅、か」誰に語るでもなく一人呟くと、彼は電子端末を傍らに置いて再び目を閉じた。セイシンテキを高める。瞑想の中へと自我を沈めてゆく。
『まもなくポイント周辺に到達な。降下準備をしてくだち』アナウンスが流れ、数秒後に機体のドアが開いた。鋭く冷たく澄み渡った空気が切り裂くように吹き付ける中、男は縁に立ち遥か下の地表を見つめた。『ポイント通過10秒前……5……4……3……2……1……』
『カラダニキヲツケテネ』「イヨーッ!」男は躊躇うことなく機体から飛び下りた。自由落下の風圧がその身に降り注ぐ。落下速度は瞬く間に等比級数的に高まってゆく。
「イヨーッ!」体を空中で捻り、男はきりもみ状に回転を始める。砂粒程度にしか見えなかった地上の建造物が、石積みの遺跡が次第に大きく鮮明に見え始めた。
◆
金装飾が施された椅子に腰掛け、色彩豊かな布で全身をミイラめいて覆った男が呟くように語る。「スペインの軍に確かに我は……我らはあの時負けた。否……真に負けたのはスペイン軍そのものにではない」男の周りに無数の人々が跪き、静かに彼の言葉に聞き入る。
「内戦、流行り病……そういった時の運、そして……モータル達の生み出した文明。あの銃火器に我らは敗れたのだ」跪く者達、その俯いた顔は皆クローンめいて一様に似通っている。彼らは皆ぴるすなのだ。
「あんな物はカラテ無き卑怯者の玩具。……だが、負けた我に文句を言う権利などは無かった」男は嘆くように額に手を当て、頭を横に振る。「……しかし!」そして、急に興奮したかのように目を見開いた。
「しかしだ!今、我はこの地をこうして奪還し、そして奴らの銃火器にも勝った!」男は立ち上がり腕を振り上げる。「故にこそ我は皆を代表し声高に言おうではないか!」
「銃火器など醜き卑劣な道具!弱者が溺れる下劣なる麻薬!我々は総意を持ってこれを排斥せねばならぬ!力を以て我々がイクサのルールを再び造り直すのだ!……このパチャクテクの名のもとに!」
「お……おお……!」「素晴らしきお言葉なんですけお……!」男たちは一斉に顔を上げ、拍手を始めた。「パチャクテク=サン、バンザイ!」「パチャクテク=サン、バンザイ!」「パチャクテク=サン、バンザイ!」
……その時であった。激しい衝突音と衝撃が遺跡を襲い、何かが天井を貫き飛来したのは。ドリルめいて高速きりもみ回転するその物体は凄まじい勢いのまま石畳へと衝突する。「「ケオアバーッ!?」」不運にも着地点にいたニンジャぴるす、プレインカとパンパは床の染みへと変わった。
パチャクテクは瞬時にカラテを構え、血飛沫の中心部を凝視した。飛来した物体……それは一人のニンジャであった。プカプカラとプンチャウ、ピューマが反応するよりも早く、彼らの首が切断されて宙を舞う。「「「ケオアバーッ!?」」」爆発四散を見届けながら、パチャクテクは胸元で印を切った。
カラテを構えながらパチャクテクは周囲を一瞥する。無骨なニンジャ遺跡は今や血と肉により彩られ、生きているのは己と襲撃者のみ。わずか一瞬のうちに配下のニンジャぴるすたちが殺され、モータルぴるす共はその余波で悲鳴を上げる事すら叶わずに死んだ。集めた部下が、精鋭たちすらもが瞬き程度の間に失われた。
「ドーモ、パチャクテク=サン」飛来した男は悠然と手を合わせる。アイサツする彼のカブキ装束が威圧的に揺れた。「いや、こう呼ぶべきかね?ピルー・ニンジャ=サン」「……」パチャクテク……ピルー・ニンジャは見定めるように男を睨む。男はオジギし、名乗った。「私はホワイトパロットです」
「ドーモ、ホワイトパロット=サン、パチャクテクです」パチャクテクは速やかにアイサツを返し、鋭い眼光でホワイトパロットを睨む。「……して、我に何用か」一切動じることなく、ホワイトパロットは真っ直ぐに目を見返した。「世を乱すな。コウライヤに害を齎すな。この地を返したまえ」
「返す……だと?これはまた異なことを」パチャクテクは顔を傾け笑った。その真なる表情は布に包み隠され窺えぬ。「我がこの地を誰かに譲った覚えはないが」笑いながら、同時に怒気の孕んだ声が遺跡に響く。ホワイトパロットは一歩も引かぬ。「死んでいた君は知らぬだろうが、君の亡き後に切り分けられ配分されたのだよ」
「フム……成る程。敗者の物は勝者が奪い、そして分ける。確かに道理よ、認めよう」パチャクテクは仰々しく己の顎を撫でた。「ならば、我が蘇った今、再び我の手に戻るのもまた道理であろうよ」「……大人しく返す気はないようだな」
「……」「……」二者の間に重い沈黙がのしかかり、互いにカラテを構え睨み合う。張りつめたアトモスフィアの中、ホワイトパロットが突き破った天井から石片が一つ落ち、瞬く間に地面で砕けた。……それがイクサの開始を告げる鐘となった。
「イヤーッ!」パチャクテクが繰り出したミドルキックを受け流し、ホワイトパロットは拳を腹へと叩き込む!「イヨーッ!」「グワーッ!」打撃を受けながらもパチャクテクはチョップを振り下ろした。「イヤーッ!」ホワイトパロットは紙一重で回避し、逆の拳を叩き込む!「イヨーッ!」「グワーッ!」
「ヌウーッ……!」「イヨーッ!」飛び退き間合いを取ろうとするパチャクテクを追って跳んだホワイトパロットは、しかし次の瞬間には地へと落ちていた。「何だと……!?」異常な重圧に着地した足元で床が砕け、己の想定外の挙動にホワイトパロットは前のめりに体勢を崩した。
「イヤーッ!」バランスを崩すホワイトパロットの顎を目掛け、踵を返したパチャクテクは掬い上げるような蹴りを繰り出した!「……!」ホワイトパロットは全身をカブキ駆動させ、つんのめる体を力任せに動かそうとする!蹴り足の爪先が顎を捉える寸前、「イヨーッ!」ホワイトパロットは体を僅かに引き戻した!
ホワイトパロットの顎先をパチャクテクの蹴りが掠める。空を切った足はそのまま天高く振り上げられ、そして即座に地面へと向かい振り戻された。恐るべき踵落としが、隙を生じぬ二段構えのカラテがホワイトパロットの頭頂部に迫る!
ホワイトパロットは力任せに体を引いた勢いのまま後方へと跳ぼうとし、直前で判断を改め咄嗟にブリッジ回避した。寸前まで頭のあった位置を踵落としが通り抜け、床を砕きめり込む!「イヨーッ!」ホワイトパロットは連続バック転をしながらスリケンを投擲!
ホワイトパロットが放った……放とうとしたスリケンは、彼の手元から離れると宙を舞うことなくそのまま落ちた。タタミ4枚ほど離れたホワイトパロットはカブキを構えながら地に落ちたスリケンを睨み、そして先程己の体に起きた異変と報告で聞いたツェッペリン群に起きた異変を重ね合わせる。
(磁力……あるいは重力の類いのジツか……?)勧進帳に浮かび上がる仮説。(しかし、それだけでは不十分……)地に立つホワイトパロットは今、なんら不可解な力を受けてはいない。跳躍したあのタイミングでのみ、彼の体は異常な引力を受け地へと墜とされた。
瞬間的に発動させたにしてはあまりにも正確精密が過ぎる。スリケンが墜ちる際、すぐ側にあったホワイトパロットの肉体は何の負荷も感じてはいない。あの一瞬で何らかのジツをピンポイントでスリケンだけに作用させたというのか?(……さすがに無理がある)
ミサイル群や銃撃が落とされ、ツェッペリン群が落とされ、跳躍した自身が落とされ、スリケンが落とされた。一方でマチュ・ピチュ遺跡群やニンジャ遺跡、そして今現在のホワイトパロットはジツの影響を受けていない。
その違いはどこにある?何が共通している?何が……。深い思考に沈もうとしたその時、視界の端で遺跡の破片が天井から落下したかと思うと次の瞬間には床に衝突し砕け散った。遺跡自体は異常な重圧を受けてはいない。……だが、剥がれ落ちた石片は即座に地へと落とされたのだ。
己のニューロンに浮かんだ単純明快な仮説にホワイトパロットは小さく目を見開いた。(共通点……まさか滞空中の、接地していない存在にのみ作用し地に落とすジツ、ということか?)「イヨーッ!」考えるよりも早くホワイトパロットは動き出す!
サスマタを構えながら高速で、それでいて両足が地から同時に離れることのないよう競歩めいてホワイトパロットが駆け、そしてサスマタ刺突を繰り出す!「イヨーッ!」「イヤーッ!」突き出されたサスマタをパチャクテクは蹴り上げ、その切先を上へと逸らした!
「……イヨーッ!」瞬間、ホワイトパロットはサスマタから手を離し、パチャクテクは目を見開いた。「!」次の瞬間にはサスマタは超常的な負荷を受け凄まじい勢いで落下、激しい音と土埃を立てて床が砕ける!
「……なるほど、どうやら私の仮説は的外れでもないようだ」土埃が瞬時に去り、憤怒と困惑の入り雑じる瞳がホワイトパロットを睨む。「そして……その様子を見るに付け焼き刃のジツといった所かね?」パチャクテクの顔を覆う布の表面を冷や汗が伝い、滴る水滴が床に落ちる前に落下速度によって霧散した。
そう、これこそが艦隊による総攻撃を防ぎツェッペリン達を地へと引きずり墜としたパチャクテクの秘術、ジュアツ・ジツ!無差別に空飛ぶ者の足を引き、あらゆる飛翔、飛行、滞空を認めぬ怨嗟の鎖!その空間が今、彼を中心にニンジャ遺跡を覆い隠すほどの広範囲に展開されているのだ!
「……分かったから、だからなんだと言うんですけお!ケオーッ!」「イヨーッ!」ピルー・ニンジャの鋭いキックをチョップで受け止め、ホワイトパロットはその足首を掴み止めた。ピルー・ニンジャは片足を掴まれたまま、残された足で掬い上げるようなキックを繰り出し、拘束を逃れる。
ピルー・ニンジャは逆立ち姿勢で着地し、腕の力で跳んだ。その体は異常重圧を受けることなく、塵一つ飛ばぬ空中を軽やかに舞う。あらゆる物体を区別なく落とすジュアツ領域の内で、彼のみが例外である。
「ケオーッ!」「イヨーッ!」着地と同時にピルー・ニンジャが放った跳び蹴りをホワイトパロットはクロス腕で受け止める。その腕を踏み、ピルー・ニンジャは反作用で空中へと跳び上がった!万物が見えぬ鎖で地に繋がれる中、ピルー・ニンジャは己の特例を最大限利用している!
「ケオーッ!」空中で風車めいて高速回転するピルー・ニンジャが急降下し、恐るべき回転踵落としがホワイトパロットを狙う!「イヨーッ!」跳躍が許されぬホワイトパロットは連続バック転で回避を図るが、その速度は明らかに遅い。一瞬でも勢いあまり手足が大地から離れれば転倒は必至。故に全速力を出せぬ。
KRAAAAAAAASH!巨大削岩ホイールめいた破滅的回転が逃げ遅れるホワイトパロットへと振り下ろされ、轟音と共に激しくニンジャ遺跡が揺れた。土煙が巻き上がり一帯を覆い隠したが、0コンマ1秒にも満たぬ間に地に落とされた。晴れた視界に立つ人影は……一人。
男は恐るべき衝撃によって穿たれた、クレーターめいた大穴の中央に立っていた。包帯めいて巻かれた極彩色の布が揺れる。……ピルー・ニンジャである。嗚呼、ならばホワイトパロットは何処に?ぴるすの管理者たる彼も古より生きる大いなるリアルニンジャぴるすには敵わず、ついに爆発四散してしまったというのか!
……否!見よ!クレーターから遠く離れた床に立つもう一人の男、モノクロのカブキ装束を纏った無傷の男を!土煙の中から現れた人影は確かに一人。だがホワイトパロットは踵落としから無事に逃げ切り、そもそも土煙の中には存在しなかったのである!
「バカな……何をしたんですけお……!?」ピルー・ニンジャは呻くように呟いた。その疑問も当然である。ジュアツ・ジツによって満足な速度を出せなかったはずのホワイトパロットが逃げおおせるなど普通であれば不可能。彼はいかにして回避したというのだろうか。
「イヨーッ!」ピルー・ニンジャを目掛け駆けるホワイトパロットのその速度は、競歩めいたこれまでの歩法とは比べ物にならぬ!これが回避の答えである!「イヨーッ!」腰を沈め重心を下げた姿勢のまま、床を摺るように足を動かす!ピンと張った上半身には僅なブレも無し!
これこそは古のカブキアクターが用いた伝統的歩法「スベリ・アシ」!現代のカブキアクターに伝わる摺り足、その本来の姿!ホワイトパロットは致命的踵落としが迫る中、己の経験と勧進帳に残る痕跡、そして推測によってこの失われし歩法を見出だしていたのだ!おお……コウライヤ!
「……!」ピルー・ニンジャは眼を見開く。スベリ・アシ、地から足を離さずに高速移動を可能とするその歩法はまさしくジュアツ・ジツ破りと呼んで相違ない。まさか斯様な技術が己の知らぬ間に産み出されていたとは。「……だが!」
「ケオーッ!」「イヨーッ!」ホワイトパロットのカブキチョップを空中回し蹴りで迎撃し、追従する二撃目による追撃を放つ!アルマーダ・マテーロ!「イヨーッ!」ホワイトパロットはスベリ・アシにより距離を取り回避!「……所詮逃げ足が増しただけなんですけお!」
そう、スベリ・アシにより移動速度こそ取り戻したが、それでもホワイトパロットは未だに多くを封じられたままである。投擲武器は勿論、彼の十八番たるカブキネシス、トビ・ロッポーはジュアツ・ジツ支配下では放てぬ。おそらくはミエすらも十全の威力は出まい。
「イヨーッ!」「ケオーッ!」近接カラテ応酬の中、ホワイトパロットは既に無数の拳を打ち込んでいる。「イヨーッ!」「ケオーッ!」だが、ピルー・ニンジャは一切堪えず、鳩尾に拳を受けながら蹴りを返す。「イヨーッ!」「ケオーッ!」避けられないのではない。効かないという自信が、強大なるリアルニンジャぴるすとしての自負があるのだ。
この異様なニンジャ耐久力を突破するには大技を出すしかない。だが、ジュアツの檻がそれを許さぬ。「イヨーッ!」「ケオーッ!」ピルー・ニンジャのキックを紙一重で避けながら、致命的なカラテの重みを皮膚で感じる。「イヨーッ!」「ケオーッ!」僅かにでも肌を掠めれば肉が爆ぜ飛ぶだろう。
ピルー・ニンジャの致命的なカラテに対し己の一撃のなんと軽く弱いことか。「イヨーッ!」「ケオーッ!」何百発、何千発と当てたとて、今の不自由なカブキではその異様な耐久力を突破することなど出来まい。ホワイトパロットは既に理解している。……己の力ではピルー・ニンジャを殺せぬ。
「ケオーッ!」……故に。「イヨーッ!」僅かな隙を突き、ピルー・ニンジャの蹴りを掴み、蛇めいてその足に絡み付いた。「何を……」「イヨーッ!」そして、ホワイトパロットは海老反りになって両腕で強く地面を押し、ピルー・ニンジャの足に絡み付いたままピルー・ニンジャごと腕の力だけで力任せに跳び上がった。
ピルー・ニンジャはジュアツ・ジツの影響を受けぬ。……だが、その足に絡み付いたホワイトパロットは違う!宙に浮いたホワイトパロットをジュアツの鎖が地へと引き、彼に課せられた過重が、間接的にピルー・ニンジャすらをも大地に叩きつける!
己の力で殺せぬのならば、フーリンカザンを使うまで。……たとえそれが敵の作り上げた敵の為のフーリンカザンであろうとも!「グワーッ!」「ケオォーッ!?」轟音が遺跡に響き、土煙が舞い上がった。衝撃に備えていたホワイトパロットはわずかに早く苦悶から脱し、土煙を裂いて距離を取った。
……土煙を裂く?土煙が、地に落ちることなく未だに舞っている。……ジュアツ・ジツが解けている!我に返ったピルー・ニンジャは胸元で素早く印を切り、力を込め始める。「イィィィ……ヨォォォーッ!」それと同時に、石畳が歪むほどの力で踏み込み、ホワイトパロットが跳んだ!
瞬くよりも早く、範囲を狭めたジュアツ・ジツが展開される……はずであった。だが、それよりもさらに早く、ピルー・ニンジャの目の前にホワイトパロットが飛来していた。「イヨォォォォーッ!」籠を脱したバイオオウムの如く、枷なき翼でホワイトパロットが翔ぶ!暗黒カブキ奥義、トビ・ロッポー!
「ケオォォォォーッ!?」衝撃が全身を駆け抜け、ピルー・ニンジャはよろめいて数歩後ずさった。……だがそれだけだ。「この……程度……ッ!」恐るべきカブキを全身に受けながら、その異常なニンジャ耐久力によってピルー・ニンジャは爆発四散を堪え、耐え切った。勝利を確信し俯いた顔を上げると、彼の眼前でホワイトパロットが再び強く踏み込んでいた。
「イヨォォォォォーッ!」「ケオォォォォォーッ!?」2度目の衝撃がピルー・ニンジャを襲い、視界が明滅する。全身が弾け飛びそうになる。それでも、ピルー・ニンジャは異常なニンジャ耐久力をもって爆発四散を堪えた。「ま……まだだ……ッ!」飛びかけた意識を引き戻しピルー・ニンジャが目を開くと、ホワイトパロットは再び踏み込んでいた。
「イヨォォォォォォーッ!」「ケオアバァァァァァァーッ!?」三度目の衝撃にピルー・ニンジャは大きく後ずさり、血走った目でホワイトパロットを見た。彼の全身を覆う布は三度のカブキ衝撃により千切れ、解け、今やその肉体は露わになっている。……枯れ木のように茶色く細い乾いた体が。
「我が……輝けるピルカバンバが……終わるんですけお……?こんな……うらぶれたまま……?」ピルー・ニンジャは天を仰ぎ見た。「オヒガン……舞い戻ったと……いうのに……口惜しや……憎らしや……ピサロ……ニンジャ……」呟きながら、ピルー・ニンジャはうつ伏せに倒れた。
「サヨナラ……!」ピルー・ニンジャは爆発四散し、乾いた体が塵となって舞った。ホワイトパロットはその死を見届け、大きく息を吐いた。「フーッ……」ピルー・ニンジャは死に、残党に抵抗する力もあるまい。マチュ・ピチュ周辺一帯地域の奪還作戦はこれを以てほぼ完遂されたのである。
ホワイトパロットは深呼吸を繰り返し息を整える。ピルー・ニンジャ、恐るべき強敵であった。死に際に見えた肉体から察するに全盛期はとうに過ぎ去っていたであろう。だのに、奥義であるトビ・ロッポーを三度も、それも連続で浴びせなければ倒せなかった。あの異常な耐久力、恐らくはなんらかのジツによる強化を受けていたのだろう。だがそれもニンジャの実力、フーリンカザンの一環である。それを上から叩き潰せねば話にならぬ。
彼やかつてのヨセフ・ニンジャのように、精神的にはぴるす性を残しながら、能力的にはもはやぴるすの域を遥かに越えた存在。それがリアルニンジャぴるすのスタンダードであると想定して問題はあるまい。そんな奴らが果たして今、この世に何体解き放たれてしまったのか。
奴らが悪意を持って暴れるのであれば今までのニンジャぴるすなどとは比にもならぬ被害が広がりかねぬ。ぴるすによる大災害……ピルストロフィ、アポカリピルスが。(これまで以上の激戦となれば……やはり一刻も早く取り戻さねばなるまい)ホワイトパロットはベッカクを見つめ、強く握りしめた。
ホワイトパロットの思考を遮るように瓦礫が降り始める。ピルー・ニンジャの力によって保たれていたニンジャ遺跡が崩壊を始めたのだ。(……のんびりとする猶予は無いか)ホワイトパロットは遺跡を飛び出し、麓で待つスカイロッポーを目指し駆け出した。
コウライヤとリアルニンジャぴるすとの戦いは、未だ序章にすぎぬ。
【リヴァイタライズド・キングダム】終
カブキ名鑑
◆歌◆カブキ名鑑#126【コモンコールド】◆舞◆
コーワ・ファーマスティカル所属のニンジャ。非ぴるす。カブキツェッペリンにおける総指揮を担当する。無数のピルスツェッペリンを失ったものの、彼の搭乗していた機体は間一髪の所で撤退を遂げた。
◆歌◆カブキ名鑑#127【パープルライトニング】◆舞◆
コウライヤのパイロットニンジャぴるす。優れたニンジャ空間把握能力を活かすために無数のLAN端子をインプラントしており、特殊機体スカイロッポーと多重直結することで曲芸じみた精密飛行や複数兵装の同時稼働を可能としている。
◆歌◆カブキ名鑑#128【パチャクテク】◆舞◆
突如蘇ったニンジャ遺跡、マチュ・ピルの主。高山地帯のフーリンカザンを活かし、飛行物体を地に落とすジュアツ・ジツで外敵を寄せ付けない。「アマ・スア、アマ・ユヤ、アマ・ケヤ」
◆歌◆カブキ名鑑#129【プレインカ】◆舞◆
ピルー・ニンジャの配下ニンジャぴるす。ピルー・ニンジャは遺跡周辺の現地のニンジャぴるすのみを配下として雇用する。己の支配地域への拘りだ。
◆歌◆カブキ名鑑#130【パンパ】◆舞◆
ピルー・ニンジャの配下ニンジャぴるす。特殊なジツにより足元に超常の草原を作り出す。油断ならぬ精鋭であったが、ホワイトパロットのアンブッシュに対応できず成す術なく爆発四散した。
◆歌◆カブキ名鑑#131【プカプカラ】◆舞◆
ピルー・ニンジャの配下ニンジャぴるす。纏う重厚な赤鎧は鉄壁の守りを誇る。油断ならぬ精鋭であったが、ホワイトパロットのアンブッシュに対応できず成す術なく爆発四散した。
◆歌◆カブキ名鑑#132【プンチャウ】◆舞◆
ピルー・ニンジャの配下ニンジャぴるす。太陽を模した仮面を常に被り、その表情は伺い知れぬ。油断ならぬ精鋭であったが、ホワイトパロットのアンブッシュに対応できず成す術なく爆発四散した。
◆歌◆カブキ名鑑#133【ピューマ】◆舞◆
ピルー・ニンジャの配下ニンジャぴるす。ジャガー・ニンジャクランのソウルを宿し素早い身のこなしと鋭い爪により敵を狩る。油断ならぬ精鋭であったが、ホワイトパロットのアンブッシュに対応できず成す術なく爆発四散した。
K-FILES
マチュ・ピチュ遺跡群に謎めいたニンジャ遺跡が蘇った。支配者を名乗るパチャクテクが周囲一帯を自治範囲と宣言しメガコーポ達の送り込んだ航空戦力を撃墜する中、その遥か上空を一機の高速戦闘機が駆け抜ける。
連作である【リミテッド・エクスプレス・トゥ・マチュ・ピチュ】【コラープス・ザ・ヘリテイジ】の二タイトルを統合、再編集したエピソードである。
主な登場ニンジャ
パチャクテク / Pachakutiq:古のマチュ・ピチュ周辺地域に君臨したとされるぴるすであり、ピルー・ニンジャ / Piruw Ninjaのカイデン・ネームを持つ強大なリアルニンジャぴるすである。己の絶対支配領域『ピルカバンバ』を作り出す力を持ち、領域内部では彼とその眷属達はニンジャ耐久力とカラテが大幅に底上げされる。
かつては強大な勢力を誇るぴるす王国の長であったが、ピサロ・ニンジャ / Pizarro Ninjaと彼の率いる軍隊の進攻に敗れ王国は滅亡。ピルー・ニンジャはオヒガンに作り出したピルカバンバへと落ち延び命を繋いだが、その代償として物理肉体は枯れ木じみた姿と化している。
エテルの流れに干渉し空中に存在する(=大地に接していない)万物を地に落とすジュアツ・ジツはオヒガンで編み出した新たなジツである。
コモンコールド / Common cold:コーワ・ファーマスティカル所属のニンジャ。非ぴるす。コーワ軍事部門の幹部兼代表指揮官であり、重大な事案に関しては彼自身もカブキ・ツェッペリンに乗り込み前線へと赴く。コリ・ジツの使い手。
パープルライトニング / Purple lightning:コウライヤのニンジャぴるす。マスター級ニンジャぴるすの一人であり、航空機による高位カブキアクターの国際規模での送迎や物品の輸送を任される。全身にインプラントした無数のLAN端子で機体と多重直結することにより繊細かつ自在な操縦を実現させており、高速ステルス航空機スカイロッポーはその操縦難度から実質的にほぼ彼の専用機となっている。
ピルー・ニンジャ配下のニンジャぴるす
プレインカ / Pre-Inca:ピルー・ニンジャクランのソウル憑依ぴるす。ピルー・ニンジャの呼び声に誘われマチュ・ピチュへ至った。特筆すべき点は無いものの、基礎的なカラテ能力の高さやソウルに由来する忠誠心から暫定的に副官を任されていた。
パンパ / Pampa:グラス・ニンジャクランのソウルを宿すニンジャぴるす。材質を問わず周囲の地面・床から超常の草本類を生やすジツを持ち、跳躍を妨げるジュアツ・ジツと足を絡め取る草本のシナジーは多大である。
プカプカラ / Puka Pucara:重厚な赤い鎧を身に纏う威圧的な外観のニンジャぴるす。動きを制限されるジュアツ・ジツ影響下においてその鈍重さはデメリットとならず、強固な守りと大口径砲撃じみた一撃によって敵を葬り去る。
プンチャウ / Punchau:太陽を模した怪しげな仮面で顔を隠す不気味なニンジャぴるす。太陽仮面から放たれる奇怪熱光線はジュアツ・ジツによって妨げられぬ数少ない飛び道具の1つである。
ピューマ / Puma:ジャガー・ニンジャクランのソウル憑依ぴるす。4足走行の形を取ることでジュアツ・ジツの範囲内でも2足歩行に比べ圧倒的速度を可能としている。
メモ
新シーズンの1話目として、これから戦うことになる新たな敵・最大級の脅威であるリアルニンジャぴるすの強大さを、そしてそれに抗うホワイトパロットの姿を端的に描こうとしたのがこのエピソードである。一筋縄ではいかないぴるすが現れたぞ!というインパクトを重視した。
パチャクテク、ピルー・ニンジャは非常に強力なニンジャぴるすであり、そしてそれがリアルニンジャぴるすの比較的スタンダードな強さとして想定されている。「惰弱であるぴるすがリアルニンジャとなり、更にカイデンまで至るなんて普通ならばあり得ない。故に、逆説的にカイデン・ネームを得られたようなリアルニンジャぴるすは強大でなければならい。」それが僕の持っている思想にして、前にも書いた通りもはやそれはぴるすなのか?というジレンマを生み出す悩みの種なんだ。
ぴるすはインターネットの発達した現代における愚か者であり古の時代には存在しない、というのが大前提となっていることは以前にも語ったが、ならばこのピルー・ニンジャは何者なのか。ヨセフ・ニンジャは何者だったのか。そんな疑問もあるだろうが、これはいつか更新再開を始めた時に本編内で取り上げるかもしれないので、あまり期待せずにいて欲しい。