シャード・オブ・カブキエイジ(3):カブキパンクス
ノバラ・ストリート、かつての繁華カブキ街は数年前に行われたカブキザへのカブキ施設完全移設に伴い、もはや見る影もなくなった。夜であるとはいえ、その大通りにはヨタモノの影すら見られない。
カブキニストは階段を下る。地下カブキ場ナツノサン。ニュービー・カブキアクターが躍進を狙う夢の場所。今やその輝きは失せ、廃墟はカブキパンクスの集会場と化している。
「イヨーッ!」扉を蹴破る。異様な空気。部屋には数人の男女がいるが、突然訪れたカブキの暴威に目を向けすらしない。
「アー、おじさん、ダレ?カブキワナビー?まァいいや。おじさんも貰いに来たんでしょ?バンテリン」ドア横に座り込んだオンナガタ・パンクスがカブキニストに話しかける。そのバストは豊満であった。
- 【ディジェネレイティド・ドリームランド】より
カブキの路と挫折
カブキザのカブキザ・タワーで日夜行われるカブキショウ。中流から超上流階級の者達が楽しむ娯楽の1つである。幼少より親に連れられてカブキショウを見ていた若者の中にはそのカブキ舞台の華やかさ、そしてカブキアクターという由緒正しい伝統職に憧れを持つ者も少なくない。そのようなカブキアクターを夢見る若者達はまずカブキ・ハイスクールの情報を調べ、多くが学力や学費等の敷居の高さを知り夢を捨てる。そして一部の頭脳、家庭共に恵まれた者だけが次のステップへと進むのだ。
無事カブキ・ハイスクールへ進学した若者たちを次に待ち受けているのは難しい授業と厳しいカブキ練習である。カブキ・ハイスクールの3年間の内に、生徒の半数以上が心折れて退学してゆく。無事に卒業できた者であっても、カブキ大学への進学でまた半数以上が、大学生活で更に、そしてカブキアクターへの弟子入りで残った者達の半数以上が蹴落とされて消えてゆく。カブキアクターになれる者はほんの一握りの選ばれし者だけである。
夢破れた者の大半は普通に会社へ就職し、ありふれたサラリマンになるが一部の者達は夢を捨てきれず、カブキ装束に白塗りの姿で街を徘徊しカブキチャントを唱えるカブキパンクスとなるのだ。
「え、僕の主張?別に世界に向けて言いたいことは特にないよ。ただ自分のスタンスとして、血筋や家柄を蹴っ飛ばして世間にかぶいてるのさ」
- 青いクマドリのカブキパンクス、18歳
「アタシさ、元々はけっこう由緒ある家のお嬢サマ?だったんだよね。それで親に連れられてカブキザによく行ってたワケ。だから周りの子なんかがアイドルになりたいだなんて言ってる頃にはアタシはカブキアクターになりたいって思ってたんだ。…ま、女性カブキアクターの路は特に険しくてアタシは途中でドロップアウト、夢も捨てられずこうやって燻ってるんだけどね」
- オンナガタ・パンクス、22歳
「あれはウシミツ・アワー、私がカイシャから帰宅している時でした。その日は少しサケを飲みすぎて酩酊していたんでしょうね…私は誤って路地裏に入ってしまいカツアゲマンに襲われそうになっていたんです。けれど、結局私は無事に済みました。…何故かって?それは私も全く記憶にないんです。…ただ、『イヨーッ!』というカブキシャウトだけは記憶に残っています。きっとあれはカブキ神の救済だったんだと私は思います。だから、こうして毎週末にはカブキパンクスとしてカブキ神への祈りを捧げているんです。…ストレス発散にもなりますしね」
- クルマビン・ヘアの男性、32歳
「初めてカブキを見たあの時……私とオイワは混ざりあって一心同体となったの……オイワは私で、私はオイワ……ウフフ……だから、私はオイワと一緒に彷徨い続けているのよ……」
- 包帯で目を隠したユーレイ・カブキゴス、年齢不詳
カブキパンクスの文化、そして主張
カブキパンクスの中にも多岐に渡る様々なスタイルが存在する。代表的なものとしては古典的なタチヤク、胸元をはだけて艶かしく動くオンナガタ、大仰な動きでおどけるコヤク、黒装束のクロゴが挙げられるが、それは厳密な分類ではなく複数のスタイルが混じり合ったものやより厳格に分化したもの、中にはユーレイゴスなどの他の文化と混じり合ったものも存在する。
彼らの発足に明確な原点は存在しない。カブキアクターの夢破れたどこかの誰かがカブキ衣装を着て街を徘徊し始め、それを見たカブキワナビーやパンクスが後を追い、人数を増やしながらやがて文化が融合しカブキパンクスという1つのムーブメントが産まれたのだ。
カブキパンクス達の大きな特徴として、ある決まった主張を持ち合わせてはいない点が挙げられる。一般的にパンクスなどのムーブメントは、例えばアンタイブディズム精神であったり社会への反抗心といった何らかの主張を持つことが多いが、カブキパンクスはその成り立ちから、あるいは他の文化との融合した経緯からか個人レベルでの多種多様な主義主張を持っている。
ある者はカブキアクターになれなかった世界・文化・血筋・家柄などへの不満を、ある者は純粋なカブキアクターへのあこがれを、ある者は世間への反逆の手段として、ある者は逆に伝統文化を皮肉るように、ある者は純粋にクールだから…と様々な主張、主義、スタイルが入り交じる姿こそ、ある意味ではカブキパンクスの根底であると言える。
代表的なカブキパンクス・スポット
ラ・マンチャ:繁華カブキ街・カブキザの外れに古くから存在する、有名な地下カブキクラブのひとつ。各地からカブキパンクスが集まり日夜踊り明かしているほか、月に数回カブキ・ミュージシャンによる舞台ライブが開催されカブキパンクスを熱狂させる。なお、このカブキクラブはコウライ社から
正式に許可を得ている公式クラブであり、時に本物のカブキアクターが訪れることもあるという。
ジュウホ・キョカショ:カブキザの路地裏を通り抜けた先にひっそりと存在する、アングラ・カブキクラブのひとつ。ラ・マンチャなどに比べると落ち着いた雰囲気が特徴的。週末の夜にはオンナガタ・ナイトやユーレイ・カブキナイトといったイベントが開催され、カブキパンクスの中でも特に自身のスタイルへこだわりを持つ層が同好の士を見つけて己のファッションや主義について語り合う場としても知られている。
ノバラ・ストリート:ネオサイタマ郊外に存在する、かつて繁華カブキ街として栄えていたゴーストタウン。現在では正式な住民は1人もおらず、勝手に居付いたカブキパンクスの隠れ家めいた地になっている。一部のカブキパンクスによって物資の流通や販売経路が確保されており、廃墟の各地で無許可営業が行われている他、地下カブキバーには個人的な趣味でバーテンダーを営むカブキパンクスもおりアルコールも楽しめる。この地に集まるカブキパンクスには退廃的思想の者も多く、治安はお世辞にも良いとは言えない。