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ナッキー・サロン
アナログ作家の創作・読書ノート
おおくぼ系
「エッセイでいきまーす」
コロナがいくぶん下火になり、「ナッキーからの手紙」の主人公、田中成子氏から服飾活動を再開するとのお知らせを受けた。
そもそも「ナッキーからの手紙」は、共著の『島尾敏雄とミホ 沖縄。九州』に執筆したがノンフィクションであったため、ナッキーから久しぶりの長―い手紙をもらったことを契機にして、自由奔放に書けなかったことなどを、あれやこれやと小説としてつづったものだった。
ナッキーは当時でいう、文化人であり、表現者であることで相通じる思いがある。
表現者が、創作を発表(公表)するときには、高揚感、さらに焦燥感に期待感、羞恥心などさまざまな感情が渦巻き、ハイになったりウツになったりを繰り返す。
それが病みつき(依存症)になり芸術家が誕生するのである。
ナッキーは、当初は繁華街での発表・展示会を予定していたが、急遽、自宅を展示会場に変更して、常設展示をすることに変わった。服飾作品を搬入したり、会場の設営、アルバイトなどに要する費用は、バカにならないであろうし、不景気の今では賢い選択であろう。
で、開店初日となる日の午後に、マネージャー女史とともに、お祝いに参じた。
郊外の田中宅の門口で〈花衣工房〉とデザインされた看板がはなやかに迎えてくれた。三年ぶりの玄関前で案内ホンをおすと、なかから犬の吠える歓迎の声が聞こえる。彼とも以前なじみになっていたので、ドアが開くと、しきりに尾を振る。
「おひさしぶりです。開店おめでとうございます」
ナッキーが嬉しそうに、ようこそと出迎えてくれ、私たちは案内されてリビング兼応接室へとはいる。木製の大きな楕円形のテーブルがあり、先にはアトリヘ(創作室)への入口がある。そのまわりにトルソがならび、ナッキーの創作衣装で着飾っていた。
同伴したマネージャーが、眼の色をかえて眺め出した。私は最近になって、服装に対する女性のこだわり、愛着はいかようなものかと、悟ったところだった。
「うわー、ペルシャンブルーの光沢だ」
女史が、ハンガーにかけてあるジャケットを手にとり,奇声をあげた。
「そのブルーの色大島は、もう、そこの二つしかないのよ」
私には、紺色の上着にしか見えなかったが、マネージャー女史にすると、宝石の輝きに見えるらしかった。このあたりは、確かに、色彩に対して男女で見え方の違いがあるようだ。
「それは、発注者が着こなせずに、別なものをあつらえたから、残っているのよ。着こなすには、体形もしっかりしてないと、むつかしい」と、ナッキーは説明する。
「つけてみていいかしら」女史は、すでに自分ゾーンに突入していた。
脇が少しあくが、このプレタポルテ(?)は彼女にフィットした。それを着たまま彼女は鏡に姿を映し、みとれている。
私は、白い壁のハンガーにかけてある数点を眺めた。
そのひとつに、着物をアレンジしたドレス仕立てのものがあった。すーっと流れ落ちたうすいエンジのキモノ生地で首まわりの長いボウタイが全体のアクセントになっている。裾には白をベースにして赤い牡丹の華が咲き乱れている。これは、コンクールに出品する作品だという。なるほど、ナッキーのデザインは若者向けというより、しっとり落ち着いており、熟した女性のエレガンスを語っているように思えた。
その隣には、白大島の和服をリメイクした、ドレスがあり、ドレスの両脇にはしっかりした若草色のストライプが走っている。前はボタンではなくて、合わせになっており、胸元がけっこう開いている。これもパーテイ・ドレスに思われた。だが、この作品を着こなせるのは、どういう女性なのだろうかと想像がふくらむ。
ドレスと女性は、お互いがお互いをひきたてて一体になり、輝かねばならないのだろうし、この〈一体化すること〉が女性の本質なのか、ふと考えた。
そうこうしている間、女史は花々のあいだを飛びまわる、さながら蝶々であった。
隣部屋で緑青に黒のマダラ模様のはいった大胆なスカート・スーツのアンサンブルを試着していた。これも意外なことに待っていたかのようにプレタポルテにみえる。スカートが若干ゆるめだというが、これくらいなら問題ないと悦に入っている。ポイントは前を留めるボタンで、十二個も付いておりそれが、同じ色の生地でできている。
「服は、着る人を選ぶのよ」と、ナッキーが女史の横でつぶやく。
私も、のぞきにいくが、着るもので人が変わったように思えるから不思議だ。
ナッキーが、これはどうと、次々に服を差し出してくる。
喪服の着物をアレンジしたワンピースのドレス。シックな装いに、女史が、ふたたび貞淑な女性へと変身した。私は、大柄なアバウトさんがしおらしくみえ、馬子にも衣装かとおかしかった。
かれこれ、二時間以上たち、三点の服を買うことになったが、ナッキーが開店だからと安くしてくれた。マネージャー女史は、最後に結城紬と大紬紬を縫い合わせた、しっとりとしたコートを名残惜しそうに見ていたが、これはけっこうな値段がついていた。
そして、ここから新たな〈ナッキー・サロン〉がはじまっていったのである。