いくぞ新作⁈ (17)
アナログ作家の創作・読書ノート おおくぼ系
連載小説 はるかなるミンダナオ・ダバオの風 第17回
〈いままでのあらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、中城設計工房を主催している。ある日、中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。彼女はダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で混乱しているが、拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオの運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員上國料の政策秘書として紹介した。二人は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本国〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓していた。ダバオの市長選はドウタテイの返り咲きとなった。天羽は施策が転換され、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれると危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いを学べと、アンガスに訓練を託す。安東も国会議員事務所で半生を振り返り、チエコ大使館を訪問してチエコ時代のデモビラなどをあずける。シオリは警察庁から、またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉というメールを受け取り、とり締まりのない時代へなったと嘆く。アンガスはタツヤに射撃訓練を行う。天羽は、ドウタテイ新市長を訪問してパトカーの寄付が欲しいと請われ、安東やシオリに相談をする。シオリは相談を受けるも、それは、国の安東秘書の仕事だという。天羽は、ダバオに国際大学を創設する計画の手助けもせねばならなかった。タツヤは銃扱いの訓練を続け、一方、安東は、よくぞ小説〈雪解けのプラハ〉を書いたと感慨深かった。シオリは、サツマ環境センターの事業参入でノリノリであったが、天羽は事業の資金繰りに窮していた。こういう状況に、突然アメリカで同時多発テロが起こり、ミンダナオのアル・カイダもイアスラム過激派の仲間だという。天羽は、事業の縮小をきめ、アンガスがその旨をタツヤに告げると、彼は、〈自由ダバオの風〉を立ち上げるという。アンガスは相談に乗り、タツヤの援助を約した。安東は、パトカーの寄贈について交渉を重ねていた。
シオリは目論み通りに、環境センターのコンペを勝ち取った。ダバオでは、渡航困難区域となり、天羽は、ねばって交流を模索していた。そんな中、タツヤとラルクが、タスクフォースに連行される。
「それは吉報だ、ありがたい。こっちでは、悪い事件が起こり困惑している。三日まえに警察から連絡があり、違法行為としてタツヤとラルクの二人が連行された。その対応で追われている。状況説明書と実績書は早急に送る。タツヤのことは、まだ内密にお願いする」
やはり、事件が起きたのか。ザワついた不穏な空気を感じて落ち着かなかったのだが、不思議なもので、それが的中した。
四章 タツヤ拘束さる
天羽は、アンガスと対策をねりつつあった。
三日前に、開墾していた仲間の少年が駆けつけてきて、事件の状況を話してくれた。
ーーラルクが持っているカラシ二コフが、話題になって少年たちが撃ちたがった。それで、みんなで森のなかに入って撃ちあっていたところ、度々繰り返すうちに、通りかかった住民のだれかが過激派じゃないかと警察に通報したようだ。それで、タスクフォース・ダバオ(機動隊)が、突然、捜索に訪れた。小屋にあったカラシコニフを見つけて、銃の所有許可はとか、何のために人が集まっているかなど質問され、詳しくは署の方で聞くと連行されたーー
このような経緯であった。
アンガスが口を開いた。
「とにかく、留置場の様子を、はやく見に行かないといけないな。監視員に接触しなければ確実な状況もわからない」
「アンガス、何とかなりそうか?」応接用の机に向かいあって、話し合っている。
「さあね、やってみなければ、わかりませんさー」
この国は、秩序と言うものがない。ある面行きあたりバッタリで物事が動いてゆく。
「結局は、金の問題でしょうね。奴らは、保釈金を積めと言うでしょうし、警察内でも誰が現場を仕切っているのか。そこにたどり着かねばどうしようもない」
「ドウタテイに言って、善処してもらうというのは、ダメだろうか?」
「ダバオは、ひとつの無法地帯ですぜ。警察組織が秩序正しく機能しているとは、みな思ってない。ボス、チョー富裕な層が一パーセント、中所得者層が九パーセントで、低所得者層七十パーセントに貧困層が二十パーセントですぜ。皆いかに稼いで生き残るか、われられが日々接しているのは、そういった貧しい八十パーセントが、大部分でさあ」
「いまさらって、思えるけど、大部わかってきたよ」
「仮にですよ、市長が命令しても現場がその通り動くという保証がないでしょう。たとえば、タツヤたちが、反抗したとか、鍵を開けて逃げ出そうとしたから、追いかけていって、止まれと言ったが、ダメだったので射殺した、なんてのは普通にあり得ることでっせ」
「ン、助け出すのは、なかなかだな。で、金となるといくらぐらいを見込めばいいだろうか?」
「これも難しい問題でさー、ハポンは金持ちと思われてるから、金持ちからは、いくらでもせびり出せと思うだろうし、金はないと言っても、ケチっていてウソだと思われるし、交渉がうまくいっても最低で百万ペソは要求されるでしょう」
「三百万円ほどか、金が、アブクのように消えていくばかりだ。力ずくで金を奪い取るのが、この土地に生活する者の常とう手段だな」
やはり、法をタテにとった身代金要求なのかと思うが、請求金額の根拠というのも、確たる積算もなく相手の言いなりである。
「しかし、早急に何とかせねばならないだろう。アンガス、さっそく留置場の監視員にあたってみてくれ、一応、一万ペソを渡しておこう」
封筒に一万ペソを入れて、アンガスに渡した。領収書のでない金がドンドン飛んでいく。
「じゃー、チョット様子を見てきまっせー」
アンガスが、出ていった。
後姿をみながら、また、錬金術に頼らねばならぬ状況に追い込まれた。まともな稼ぎではやっていけない、出金に追いつかないなと、苦笑せざるを得ない。
邦人の保護は国の助けに頼らざるを得ない。先ずは、報告を兼ねて野々村総領事へ連絡をと、取、受話器を取った。
受付女史が出て、総領事は所用中であるので言付しておきますとの返事であった。
急ぎお伝えしたいことがあるので、早めにご連絡を御願いしたいと念を押した。
日本のように、検事が告発して正式な裁判にかけてという、手順が護られるかどうかもわからない。ダバオ警察の中は、ブラックボックスとなっており、どういう結果になるかわからない。確かにテロの脅威に対処し、市民を守るためとして、野外での銃携帯には許可証が必要であるとし、銃規制を強化すると発表している……タツヤは、銃を所持していなかったし、日本なら違反容疑は軽い処分ですむだろうが、ここでは、事態がどう進んでいくのか予測ができない。疑わしきは罰せずが日本式だが、ダバオ式では疑わしきは抹殺せよになりかねない。所詮、なるようにしかならないのかと消沈していると、電話が鳴った。
「天羽さん、急ぎの用とは、何か起こりましたか?」野々村総領事からであった。
「はい、実はなのですが、お会いして内々にお話したいことで……」
「そうですか、もうすぐ就業時間もおわりますので、内々の話なら領事公邸で七時にお会いすることでどうですか」
「ご配慮、ありがとうございます。では、七時に公邸におじゃまします」
とにかく、動かなくてはならない。あたってくだけろ! の気持ちを固くした。そうでなければ、なるものもならない。ここはダバオ。
次に、日本の安東へ、短絡ボタンを押した。
「ハイ、安東です.アア、天羽さん」、即つながった。
「どうですかタツヤ君の状況は? 何かわかりましたか」
「ご存じのように、ここはダバオですから、日本のように厳密な法治国家と言えませんので、連行されたタツヤとラルク、二人をはやく釈放したいと考えてます。でないと命の保証もありません。それで、手っ取り早い方法は、保釈金の支払いですよ」
「とすると、要するに、資金調達の問題ですね。で、どうします?」
電話に出た安東は、いつもの頼まれごとになったと感じた。
「邦人救出のために、義援金を募りたいんですが、クラウドファンディングのように一般にはオープンにできないので、個別にあたっているわけです」
「で、具体的にはどうすればいいんです」
「今、市警の首謀者とコンタクトをとっていますが、トータルで三百万円以内で解決したいと目論んでいます。そこで、ご相談なんですが、資金の工面をお願いできませんか。上國料先生は、国会対策委員も務めていて、いくぶん使途自由の資金の都合がつけてもらえないかと」
「それって、一時借り入れってことですか?」
安東にとっては、この種の無理難題は、常の事だったし、いざとなれば議員へ機密費の執行を相談することも多かった。
「何時もの、あったとき払いの催促なし、っていう勝手な相談なのですが」
「ハハハ、いつものパターンか、まあ、同志の一人として考えてはみるから、期待しないでまっていてください。ただ、急を要すことだとは認識します」
安東は、電話をきって、しばらく頭を回転させた。
ーー至急、政治資金パーテイを企画する必要がありそうだ。いや、それより政経懇談会で、政府の施策や海外情報などの秘密事項を少し開示したほうが得策だろう。焦点となっている施策の政府の考え方や進む方向をレクチャーしたほうが、会費二万円に対してのそれなりの価値があるだろう。募集枠は二百人として、サツマ中央事務所と共同開催として、国外情勢、特に近年、インドネシアとは疎遠になりつつある傾向から、ベトナムなどへシフトしつつあること。さらにダバオにも触れて、日本とフィリピンは友好な関係にあり、騒乱が収まることを前提にフィリッピン各地で各種ビッグプロジェクトが進行しつつあること。フィリッピン政府とモロ民族解放戦線との和平の仲介に外務省、日本政府も熱心に協力していることなど。このことは、私の専門として話ができる。さらに、来春発売の〈はるかなるミンダナオ〉や、東都劇場での演劇〈雪解けのプラハ〉のことも、さらっとアピールできるだろうーー
基本的な骨子がまとまると、何とかやれるだろうと得心した。後は、つなぎ資金として一借りをしておけばよい。
天羽は、サンペドロ・ビレッジのゲートをくぐっていた。総領事の公邸は、高級住宅地として著名なビレッジの中にあり、公邸に近づくと石積みの門柱の上に、丸いグローブ球があり、白く塗装された金属製の門が閉ざされていた。横に、ショットガンを携えた警備員が立っている。用件を伝えると、鉄門を開けてくれて中へ入れてくれた。
階段を六段ほど上がると大きな玄関があり、小柄なメイドが待ち受けていた。扉をあけて案内されるままに、中に入ると広い応接間になっていた。部屋の隅にソファーが並んでいる。
ソファーにお掛けください、じきに総領事がまいりますと、メイドが去っていった。
しばらくして、横のドアが開き、野々村領事が現れた。フィリピンの正装である白いバロンタガログをまとっている。
「おまたせしました。おひさしぶりです」握手をかわすと、それぞれソファーに腰を落とした。
実は、急を要すことが出来ましてと、タツヤとラルクが連行されたことをかいつまんで説明し、何とか早く救出したいので、お知恵を拝借できないかと、ご相談におうかがった次第であると述べた。
「ドウタテイ市長の麻薬撲滅、犯罪者一掃の方針で、警察もいきり立ってますね。さらにテロへの厳重警戒でしょう。今、収容所は、収監者が五倍以上になり、管理の行き届かない状態ですよ。確かに早急に対処しなければ、取り返しのつかないことになりそうですね」
「で、当社の職員でもあるタツヤは、共犯と言われるかもしれませんが、罰金程度で済ませたいと考えてます。それで、あつかましくも何とか資金の調達のお願いですが……」
メイドが、緑茶の茶たくを運んできた。エプロンをかけた彼女は、所作から、おそらくフィリッピン人に思われる。
「何か事が起こったときは、国としては、自助、共助、公助の順で考えるのですが、海外では邦人保護も職務の一つですね」
「クラウドファンディングのように、資金を寄付で集めて、とにかく保釈を急ぎたいのですが、いわゆる報償費の執行はできないでしょうか」
「そうですね、国家利益の危機的状況にあれば、持てる力を、いやもてる力以上を出さねばならないでしょうが、客観的に考えれば、公助まで必要かと考えれば、難しいかなと考えますよ。もっとも天羽さんとの付き合いの関係で、ポケットマネーの範囲では協力させてもらいますが」
「そのお言葉は、心強くありがたいです」
深く頭を下げて、緑茶のふたを取った。甘味と苦みの交じったふくよかさが口に漂った。
「その件は、これぐらいでよろしいでしょうか。ところで、この危機的状況でのサツマとダバの交流関係はどうなっていくんでしょうか」
「来春の正式な訪問団は中止になりましたが、五名ほどが訪問予定です。一つには、ダバオ国際大学の空手の講座に関して、もう一人、若手の食料品会社の息子さんが、海外での新規事業を模索していて、ぜひと」
総領事もお茶に口をつけながら、ありがたいですねと、うなずいた。
「総領事、今のところ、弊社の社員が連行されたというのは、公表しておりませんのでその点は、ご配慮よろしくお願いします」
「私も、その話は聞かなかったことにします」総領事が半分笑いながら述べた。
では、今後ともよろしくと、辞去のあいさつをした。
アンガスは、ネストア警部と対峙していた。
四十過ぎのがっしりしたガタイ、さすがタスクフォースの班長と思われる。
「タツヤは日本人だし、ラルクも、二人ともアイ・コーポレーションの社員だ。過激派では絶体にない」
「ハポン、ハポンと言うが、それがなんぼのものだ。ハポンのならず者や浮浪者でこちらもますます仕事が増えているんだ。テロも起こっている非常事態だ。事件が起こる前に芽をつもうと思うのは当然で、住民を守るためである。わかり切ったことを言わすな」
タツヤとラルクは六人一緒に留置されていた。看守に一万ペソを渡し、面会をしてミネラルウォーターとパンを差し入れた。心配するなといって、留置所の外の通路の角で、紹介してもらった警部と向かいあっている。迷彩服をきたネストアは、百七十半ばはあり、精悍に見える。壁に背をもたせて、足を組んでリラックスしたポーズをとっているが、胸に組んだ腕が太く、鍛えてあるのが威圧感を与える。俺より、ひとまわりは大きいかなとねぶみながら、圧力に負けないように静かな闘志をもちつづける。
「身元がしっかりしているので、釈放することは問題はないだろう。ライフル所持は始末書を書いてもいいし、銃を没収されてもいたしかたないだろう」
「言葉だけなら、何とでも言える。もっと、確実な保証はないのか」
眼を細くして警部が静かにつぶやくと、日に焼けた顔から、ときに白い歯がのぞく。
「……考えたが、保釈金を積むというのはどうだ。領収なしの保釈金を」
「ンン……領収なしの保釈金か」
「十五万ペソ、過激派からハポンを保護してくれた警部への個人的謝礼と言うのはどうだ」
「なるほど、そういう考えもあるのか。しかし謝礼金の額が、最低でも倍の三十万ペソはほしいな」
「いま、ドウタテイは犯罪撲滅をめざしているが、市警についてもサイドビジネスが起こらないように、給料を倍に上げようとしている。ただし、そうなると副業は今までの様にはいかなく厳しく取り締まられるだろう。そこで、謝礼十五万ペソに一万ペソを付け加えて、さらに保護に功績のあった警部にたいするお礼として、ダバオの総領事から感謝の意を表して、班長は隊長への昇進に値すると、推しをするというのはどうだろう」
二人とも、見合わせたままで一瞬の静寂がおとずれた。
「フフフ、そうか、了解した、ダンだ」警部がうなずいた。
「では、彼らを連れて帰るが、よいか」
「わかった。かってにしろ」
「一週間後になるが、警部の個人口座に邦人保護の謝礼金が、十六万ペソ振りこまれることになる」
「ひとつだけ聞く、その保証はどこがするのだ」
「俺、アンガス個人と、どうしてもと言えば、CIAだ」
わかった、小声でつぶやくとネストアは、手のひらをヒラヒラとふった。
( つづく )
*登場人物がかってに動き回り長くなって、23日までに完結しませんでした。まだ書きつづけます。応援ヨロピク!
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