いくぞ新作⁈ (8)
アナログ作家の創作・読書ノート おおくぼ系
*長編連載小説の8回目です。〈 はるかなるミンダナオ・ダバオの風〉といったところでしょうか。ハードボイルド・サスペンを意識しております。引かないで読んでくだっせ~
〈あらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、一級建築士で中城設計工房を主催している。ある日、事務所に中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。シオリは、ダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
アイ・コーポレション、フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの国際電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で情報が混乱しているが、日本人の拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。伝言を残して引き返す。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオにたどり着いた運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員の政策秘書として紹介した。天羽と安東は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本人たち〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓して、互いに文士であるというものだった。ダバオの市長選は、ドウタテイの返り咲きとなった。天羽は、以前に事業で会ったことがあったが、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれるのではと危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて話を聞くと拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いになれる必要があるとして、部下のアンガスに訓練してくれるように依頼する。安東も、国会議員事務所から半生を振り返っていた。その日は、チエコ大使館を訪問する予定であった。チエコ時代のデモビラなどを書記官にあずけ、事務所へ帰る。シオリは、警察庁からのメールを受け取る。またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉という内容だった。
静かな怒りが湧いてくる。ボクの、いや私のメールアドレスは、名刺に刷り込んであるので公表はしているのだが、今まで、悪用されることはなかった。メールの送信元が、警察庁という大げさなものになっている。日本もいつから官庁が、堂々と利用されるようになったのだ。ここはダバオでは、決してない。
近年になって権威というものが、次々に失墜していく。半面、それだけ自由で平和だということでもあろうが、言いたい放題やりたい放題の時代になった。それでいいのかと思いつつも、そういう時代なのだと納得せざるを得ない。日々、年々、急激に変化しつつ加速度がついていきとどまるところを知らない。これだけいろんな情報があふれ氾濫し、瞬間的に消え去っていくと、何が真実かはわからなくなる。
タツヤは、そういうなかでこれからを生きていかねばならない。
先の見えない不透明な中を、生きぬくたくましさを身につけねばと、ダバオ行きを了承したのだが、拉致の虚言といい、今回の警視庁メールといい、なにかが起こっている気がする。タツヤは本当に大丈夫だろうか? もし、何かがあって生き残れなかったら、その時は、それだけの息子だったと、キッパリとあきらめられるだろうか?
いや、若死にした父が口癖のように語っていたように〈人生は運がほとんどだ〉ということになるのかもしれないが……。加えて、男は強くなくては生きていけない、優しくなくては生きている価値がないともつぶやいていた。明言には思えたが、高校生のボクには少々不満があって、今からの時代はオトコだけではなくて、オンナも含めて、人は強くなくては生きていけない……〈人は〉、でしょうと訂正の抗議したのだった。父は、ウンと、うなづいて肯定も否定もしなかった。
果たして、オトコは急激に影をひそめる時代になり、ボクたち女性が社会の全面へ出て来つつある。特に、建築を志ざした理系女のボクはもの事を突き詰める性格だった。
だが、母親としての気持ちとしては、長男タツヤはオトコであり、誇れる野生児に育って欲しいと願ったのである。日本は平和で安全であるが、ITにより激変しつつある。これから先、何かが起こりどんな世界、社会になっていくかは想像もつかない。たくましく生きてゆく力を養ってほしい。
やはり、オンナは、夫や息子に対して常にオトコとしての完成形を夢見るのだ。
わかれたダンナは、オトコではあったと思うが、普通のオトコでしかなかった。
男はやはり群れを率いるリーダーであって逞しく力強く、女性からは仰ぎ見る存在であり……さらには女性にはやさしく……どうしても理想を追ってしまう。異性への珍しさから恋慕の情へ、そして性愛を過ぎると、お互いの夫婦関係も何かを共有する同志に変わっていくような気がする。それなりの時を重ねたからか、時代が変わりつつあったからかは、分からないが、夫婦は結婚した後も発展させ、築いていかねば破局に至ると知った。
これも父、徳篤から引き継いだ、琉球の濃くて熱い血のせいかも知れない。
二十三才で結婚して二人目が生まれてから、見かけだけの夫の傲慢さに行き当たると、完全に冷めてしまったとしか言いようがない。滑稽なオトコとしか思えなくなった。いわゆる暴力性、身体的強靭さ、感情的抑制などを閉じ込めて余裕のあるオトコとしての完成形を目指さねば夫としてありえないとさえ思えた。
ともに生きる伴侶には、前述のような、なんらかの人としての芯がなければ、物足りなくなり、互いに理解できず、やっていけないと考えるに至った。母親になって、それだけ、目が肥えたことであろうか、案外違った風景が見える様になり、身近な夫をはじめとして、興味をそそる男がいなくなった。
二十代の前半に、スナックで飲んでいた時に、ママさんが、ふと、キレイな飲み方をする男はカッコイイね、とつぶやいたことがあった。飲み屋だから、キレイとは金離れの良い客と思ったが、それだけではないようだ。金持ちで金に糸目をつけずに、札束でほほを張る様な男でなく、また、単にツケを残さない男ではなく、すっきりとして切れのある飲み方をする男だという。そして、酒の飲み方は、その男の生き方に通じているような気がすると。この年になって、分かったような気がする。
三十前に育児を母に託して、設計工房の仕事に復帰して、人としての厚みもできて来たのか、がぜんのってきて、仕事の面白さにのめり込むようになった。
アイ・コーポレーションの本社ビルをまかされたのが、ひとつの転機になった。地方紙の一面を埋め尽くすような、設計中の上半身を大きく映した、写真入りの記事は、ややはずかしかったが、県都で活躍する女性と話題をまいた。
驚きの賛辞とはうらはらに、やらせだろうなどの中傷もけっこう耳に入ったが、これからの人生を、面白く生きてみたいと、たびたび考えるようになった。
そういうときに、はじめに天羽隆一、次に安東博史の両名と面識を得た。二人ともひとまわり以上の年上で、異性としての魅力は過ぎ去っておりさほどではないが、何かどでかい夢をおいかけていく姿勢に共感を誘うものがあった。
天羽に安東、このダブルAのイニシヤルは文士として内面性をもち、現実のはざまにいきながら豊かな心情をも備えている。さらには、この二人の接点であるダバオには、今般、ダバオのノブナガともいうべき、破天荒で変革の鬼神ともいうべきドウタテイが存在し、三年ぶりに、天使の顔をした、いや悪魔の顔をした正義の天使が降臨する。
そういう環境へタツヤを送ったのだ。
一区切りついたらダバオへ飛ばなくてはと考える。
* * *
「タツヤ、いくぞ!」アンガスが小屋まで迎えに来た。
そして、手に持っていた大きな袋を投げてよこした。
「アメさんのMサイズだ、これで合うだろう」
やや重たい袋を広げてみると、軍隊用の迷彩服だった。底にはベルトとブーツも入っていた。アンガスはすでに迷彩服に身を包んでいる。小屋の隅に行って即、着替えた
上着にそでを通すと、おそらく中古品であろう、ゴワゴワ感がなく使い古されてゆるんでいるが、袖や胸まわりなどはややダブっている。身長は百七十三センチだが、やせているせいであろう。ズボンに足を通しベルトをきつめにしめて、コンバットブーツをはくと、これだけでシャキンとして強くなった気がした。
アンガスの前に立つと、彼は、こちらを上から下まで点検をしたのち、「射撃音に慣れるまでは、イヤープロテクターをつけた方がいい」と、ヘッドホン状の耳当てを首にかけてくれた。
アンガスは弾帯ベルトをつけ、右の腰には愛用のベレッタを佩いており、鈍くひかっている。すでに戦闘モードに思えた。
オーケイだ、では出発しようと、小屋の外に出てジープに同乗した。
ヤシや雑木の生い茂った密林の中の細い道を、奥へ奥へと進んでいく。
「ところでタツヤ、札を持ってるかい。あれば、こちらに二万ペソ渡してくれ、服や今日の代金だ。もし不足がでたら再度請求する」
タツヤは、迷彩ズボンのポケットから、折りたたみ財布を取り出した。幸に先月の給料の三万ペソほどが残っている。二十枚を抜いてアンガスに渡すと、彼は前を見たままポケットにねじ込んだ。
「射撃訓練は仕事外だから、費用はそっち持ちになる。結構かかるから、不足を見込んで送金をしてもらってくれ」
「いくらぐらい見込んでいればいいの」
「そうだな、とりあえず百万ペソは必要だ。欲を言えば二百万ペソだな」
アンガスがさらっと言ったが、給料が五万ペソほどのタツヤには、途方もない大金である。
「天羽さんに頼んで、お母さんに何とかしてもらうしかない……」ボソッと言う。
「おれからも社長に頼んでみるよ。ハポンは金持ちだ、大丈夫だろう」
密林の中を三十分ほど走ると、開けたすそ野に出て、先には金網で出来たフェンスがみえてきた。その真ん中を目指してジープは進む。金網のゲートは後ろに引かれてオープンになっており、アンガスは少し速度をおとして、フェンスの中へ入り、左先にあるヤシぶき屋根にむかい、少し手前で車を止めた。小屋の前には、三人の迷彩服が立っており、ひとりはライフルを携帯している。
「ちょっと、ここで待っててくれ」アンガスがそう言い、先に降りて三人へ近づいていった。しばらく何か話していたが、こちらを向いて親指を立てて招いたのでジープを降りて、小屋へ向かった。
「軍の治安部隊員だ。訓練を特別に許可してもらった」
タツヤはサンクスと頭を下げた。
「今日は、ハンドガンの取り扱いと実射をおこなう。獲物はベレッタだ」
兵士の一人が、鈍色のベレッタを渡してくれたが、けっこうズッシリとする。
「これは、米軍から正規品を調達してもらった。ハンドガンはこれを使う。銃を持つときは、常に銃口を下に向けて絶対に人に対して向けないこと、これは鉄則だ」
アイアイサー、と、返答すると、次に弾丸の入った箱をくれた。
「これも正規品の九ミリパラベラム弾だ。ひと箱五十発、今日はこれを使う」
これも十分な重さだった。
アンガスが、ポケットからペソ札をとりだして、リーダーらしき男に渡した。じゃあ、自由に使ってくれ、帰るときはゲートをしめてロックしてくれ、と言う。
「では行こうかタツヤ」と促されて、アンガスの後をついて、二人で向こうにみえる野外訓練レンジへと進む。見渡すほどの広い野原のところどころにヤシの木が立ち、草むらというよりブッシュといった茂みがある。木や茂みに見え隠れするように、人の形をした標的があった。周りはがけがそびえ、雑木も生えて鬱蒼としており、すり鉢の底のような形状である。
「では、銃の取り扱いから。先ずは弾倉を抜く、残弾の確認をする。この間言ったとおりの手順だ。腰を落としてやった方がやりやすいし、標的にされにくい」
実銃を手にしてタツヤは興奮を覚えた。弾倉を落として、フレームを引き残弾の確認をする。残弾なしと叫ぶと、弾込めと返ってくる。九ミリ弾を弾倉に十発込めて、グリップの底から入れてカチッと止める。スライドをもとにもどし安全装置をオンにする。準備完了と告げる。
「まずは、立ったままいってみよう。初めてだから反動に気を付ける。両手でかまえて撃ってみろ」
アンガスが、自身のベレッタのフレームを引いてもどし、弾を装填すると、二十メートルほど先のヤシの横に立つ人型標的を狙って連射した。タツヤは、耳にプロテクターをつけている。
ブオン、ブオン、ブオン……音とともに薬きょうが飛び出して落ちていく。
「最初は、一発ずつゆっくりと撃ち、なれてきたら連射してみろ」
右手でグリップをもち、左手をその上に添えて構えた。引き金を引くと、ブオン! 反動で銃身が跳ね上がり、薬きょうが飛んで出る。照準をつけて再度引く。ブオンとベレッタが吠える。いつの間にか戦士になっていた。
「ハンドガンの有効射程は、五十メートルほどだ。射程距離が長くなると、弾もだれていくし威力もなくなる。感覚でそれを覚えろ」
アイアイサー、返答も兵士調になる。
二回目となる十発の弾丸を装填すると、今度はかがんで膝を立て自身を小さくしてはじいた。安定度が増す分ブレが少なくなった。
「戦闘では敵も撃ってくる。被弾率を下げるためには伏せ撃ちが有効だ。やってみろ」
なるほど、と伏せて、標的も伏せているのだろう、小さな的を狙った。
「何度か撃つうちに扱いに慣れてくるが、その頃が一番危険だ。不発だったり、弾薬室で詰まったりしたら特に気を付けること」
取扱いの注意事項を聞きながら、十発ずつ五回撃つと、弾が亡くなった。服に硝煙の匂いがこびりつく。
「今日は、これまでだ。ベレッタは借り物で、タツヤも保持できないから預かっておく。後のメインテナンスも俺がやっておく.薬きょうは拾ってくれ、熱いので注意しろ」
イヤープロテクターを首にはずし、銃と拾った薬きょうをアンガスに渡した。
帰るぞと二人で、ジープに乗り込みゲート出たところで、いったん止めた。門を閉じなければならないと、車から降りたときであった。白い車が現れてジープの前に停まり、ドアが開くと、白いシャツに紺のズボンの制服を着けた三人の警官が現れた。
「警察に、ゲリラが射撃訓練をしていると通報があってな。ちょっと、聞きたいことがある」一人の年配警官が近寄ってきた。
「それは、なんかの間違いでしょ」
アンガスが、肩をすくねて、とんでもないという仕草をした。
「お前とそこの連れは、どこの誰だと身分を証明できるか?」
「俺は、アイ・コーポレーションに勤めているアンガス、同じくこちらはタツヤだ。アイ・コーポレーションは、ハポンとの合弁会社だ」
「そうか、そうだとしても、なぜこんな射撃訓練場にいるのか説明してくれ」
質問する警官は、やや小太りで悠然と腕を組んでおり、部下の二人はその後ろで警戒をおこたらない。
「このハポンの研修生にハポンと違って、ここは物騒だと知ってもらうため、俺の射撃
訓練を見物してもらったのよ。軍の了解は取ってある」
「しかし、見るところそこのハポンも銃を撃った様だな、違うか」
「………」アンガスはしばらく無言であった。ややあって、
「オーケー、わかった。それについては罰金を払う。それでどうだ」
んん、と警官は一瞬考えたが何も言わなかった。
アンガスがこちらを見て、小さな声で五千ペソあるかと言う。財布から五枚を抜き取って渡した。彼はそれを手の中に持つと、警官の前に立ち、握手を交わした。お互いの握手の中に札がある。
「罰金だ。これでチャラにしてくれ」
まあよしとしようか、今日のところはこれまでだな、いくぞ、と車にふり向くと三人はパトカー車に乗り込んだ。青いストライブのはいった白いパトが、去っていくと、タツヤの緊張が一瞬にほどけた。
「さあ、俺たちも早めにずらかろう」
ジープに乗り込んで、とって返した。
密林を抜けながら、アンガスが、話し始めた。
「あのな、タガログ語には〈餓死〉という言葉はないんだ。ひもじい思いをしている奴は多いが、飢え死にすることはなく、何とか生きてはいける。ヤシの木が八本もあれば一生喰えると云われたもんだ。だが、お金が入ってきて儲ける奴が多くなると、金持を持ってる奴は当然に皆にふるまうべきだと、こういうことになっている」
「わかったようで、分からない話だね」
「タツヤ、お前はハポンだ。俺はここで育って解放戦線にもいた。それだけの違いさ。イスラム解放戦線にしても新人民軍にしても、自警団にしても、奴らの基本は金もうけさ。すべてギャングだ、楽して他人から稼ぎたいんだ」
密林を出たとき、運転をしていたアンガスは、ダッシュボードを開けて、小冊子を取り出した。
「これは、米軍のアサルトライフルの取り扱いマニュアルだ。次回は、これを撃つつもりだからしっかりと読んでいてくれ」
渡してくれた英語冊子のカバーには、迷彩のデザインが施されており、M16のイラストが描かれていた。
(つづく)
*グアンバッテ書いております。読んで応援して、ヨロピク!
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