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いくぞ新作⁈  (21)

アナログ作家の創作・読書ノート  おおくぼ系

連載小説  はるかなるミンダナオ・ダバオの風   第21回

        〈いままでのあらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、中城設計工房を主催している。ある日、中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。彼女はダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で混乱しているが、拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオの運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員上國料の政策秘書として紹介した。二人は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本国〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓していた。ダバオの市長選はドウタテイの返り咲きとなった。天羽は施策が転換され、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれると危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いを学べと、アンガスに訓練を託す。安東も国会議員事務所で半生を振り返り、チエコ大使館を訪問してチエコ時代のデモビラなどをあずける。シオリは警察庁から、またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉というメールを受け取り、とり締まりのない時代へなったと嘆く。アンガスはタツヤに射撃訓練を行う。天羽は、ドウタテイ新市長を訪問してパトカーの寄付が欲しいと請われ、安東やシオリに相談をする。シオリは相談を受けるも、それは、国の安東秘書の仕事だという。天羽は、ダバオに国際大学を創設する計画の手助けもせねばならなかった。タツヤは銃扱いの訓練を続け、一方、安東は、よくぞ小説〈雪解けのプラハ〉を書いたと感慨深かった。シオリは、サツマ環境センターの事業参入でノリノリであったが、天羽は事業の資金繰りに窮していた。こういう状況に、突然アメリカで同時多発テロが起こり、ミンダナオのアル・カイダもイアスラム過激派の仲間だという。天羽は、事業の縮小をきめ、アンガスがその旨をタツヤに告げると、彼は、〈自由ダバオの風〉を立ち上げるという。アンガスは相談に乗り、タツヤの援助を約した。安東は、パトカーの寄贈について交渉を重ねていた。
シオリは目論み通りに、環境センターのコンペを勝ち取った。ダバオは、渡航困難区域となり、天羽は交流を模索していた。そんな中、タツヤとラルクが、タスクフォースに連行される。アンガスが、二人を救出せんと留置場へ急行し、無事に救出する。シオリにはタツヤの抑留ことを知らせなかった。
シオリは、市電軌道の緑化事業に動き出し、江夏(安東)は、〈はるかなるミンダナオ〉を出版する。天心館館長一行がダバをを訪問し、その答礼会が催される。


 その日はめまぐるしくて、シオリとタツヤは深夜になりマルコポーロ・ホテルへ帰投した。ツインの部屋で一息つくと、シオリは、やっとゆっくり話できるねと、ベッドに腰かけ髪もひげも伸び、陽に焼けたタツヤを見据えた。

「すっかり、たくましくなったね。で、大学はどうするの、そろそろ帰ってこない?」

タツヤは、ブランデイーを飲み過ぎたと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一本を渡してくれた。

「毎日いろんなことが起こりすぎて刺激がありすぎる。充実した日々を送れていて、夢中で生きているって感じだ。大学で何を学びたいかって気持ちはまだない」

「でも、タツヤは長男だから、いつかは不動産などの管理会社を継いでもらわないといけないし、そのためにも、ある程度の知識は習得しとかないと」

「建築も面白そうだけど、ボクは母さんみたいに技術者じゃないと思う。まだ自由奔放に生きてみたい、天羽さんやアンガス、ラルクなど友人にも恵まれているし」

 ミネラルを一口飲みこんで、シオリは考えた。

「そうね、三十までに大学を卒業すればいいし、まだ十年はあるわね」

「まだまだ、ここでいろんな経験をつんで何が自分に合っているのか、何をやりたいのかを見つけたいんだ」

 タツヤは、私から旅立ちをしつつあるのかもしれない……さみしいような気もするが、なるようにしかならない気も漂ってくる……ただ、言えるのは、この地ダバオは、おおらかでありせわしい日本とは真逆であるのだが、それがいいことでもあるし、逆に今の日本には適応できなくなるかもしれないとの懸念もある。ふたたび、なるようにしかならないか、との考えがにじんだ。

「シャワーをあびて先に寝るよ。忙しい一日だったので結構疲れた……」

 シャワーを浴びると、寝間着でベットにあおむけになった。緊張の一日で、精神はたかぶっていたが、私の二十歳の頃はと考えていると、眠りが襲ってきた。

 

 ……夢の中で前の夫ジュンイチロウと出会った。同じ建築設計会社に勤め、長身で締まった体と東都育ちのスマートさに一目ぼれであった。が、そのスマートさに、ボクの独特の野暮ったく思えるサツマ感覚がマッチできなかった。典型的なミスマッチ……意識の中で、ただ、彼の横顔を無言でながめているだけであった……二人目が生まれた頃には、それぞれの生きる方向に向かっていて、ボクは、子供二人を連れて地元に帰ってきた。


       *     *     *


 新刊の〈はるかなるミンダナオ〉は、予想したほどには伸びなかった。〈雪解けのプラハ〉は、華々しくデビューを飾ったのだが、四作目ともなると目新しさがなくなったのか、と思わざるを得なかった。作家デビューからまだ五年ほどしかたっていないのだが、環境が激変しているのを感じつつある。エンターテイメント業界では、傍流であったサブカルチャー、アニメやゲームが主流となり滔々(とうとう)とした大河となってきた。活字文化が変質しつつある。

 編集者からの電話も期待外れを匂わすものであった。

「なんとか重版をかけられるよう頑張ってますけどね。三版、四版は行きたいんですけどね。SNSのおかげでデジタルのこま切れ文がはやり、文章も読むスピードが大切な時代に変わった感ですね。まとまった文芸作品が、まどろっこしいと読まれにくくなり、コアな読者だけになりましたね。さらに、アジアものは読者がつきにくい傾向があってですね」 

 編集者からの電話は、売れ行きが芳しくなくいことの言い訳がましかった。

「歴史小説の国民的作家が最後のブームだったんですかね。年々、文学の売り上げが落ちてきてましてね、全盛期が終わりつつある気がしますね。小説は五万部もいけば大ヒットの状況です。膨大な宣伝費をかけても単発で、ほんのまれにしか当たらないようで、氷河期ですよ。手ごたえがなさすぎです」

「状況はよくわかります。こちらも口コミに努めて、一人でも多くの人が目を通してくれればありがたく思ってます。ただ、やはりアジアをテーマにしたのは、重いのでしょうね。ジャパユキさんにしても、日本人の恥部ですから公には論じられないだろうし、〈ソフィア〉のとらえ方ももう一つで、平和日本で、フィリピン・ダバオには先の大戦のキズ跡が尾を引いていることなど、過去の過ちをわざわざ掘り起こすことは、ないだろうという批判も多く、けっこう気がめいりますね」

 安東、いや作者の江夏としては、日本歴史の深層に生きた体験を共有すべきだとして、真摯に書いたにすぎないのだが。その真摯が良くないのだと、今、改めて考えてはいる。

 ジャパユキさん、ダバオの麻薬撲滅運動なども現代日本ではタブーなのだろう。どこの国にも触れてはならぬ暗黙の了解のことがらがあり、その問題を真面目に考えていくと、日本人の恥部を……どう考えても解決できず納得のいかない事柄がある。

 だが、だからこそ書かねばならぬという正義感に燃えた? 

 そこまでは……

「とにかく、作家としては、ひとつの人生、生き方を表せたのですから満足してます。まあ、今後の読者の反応に期待するしかないでしょう」

 では、またと、江夏は受話器を置いた。売れ行きを気にして張りつめていたものが、抜けていき唖然とした。言い知れぬ失望の気持ちが湧いてくる。初作の〈雪解けのプラハ〉と違って、作品が社会に浸透していかない。外交をはさんだ堅ぐるしさも敬遠されたのか。

 今回も経験に基づいて書いたのだが、無意識のうちにイスラムに関する描写が色濃くでていたのも、不興を買う理由だったのかもしれない。日本人の道徳律からは、異教徒のイスラム文化は理解しがたい面がある。ミンダナオの諸島はイスラム圏があり、過激派も紛れ込んで、ジハードを行い死体が転がっていることなど、現実の日本にないいろんなものが絡んでいる。

 近年の外交世界で重要課題にあがってきたのが、中東にあるイスラム諸国関係であるが、アジアにもイスラム国家のインドネシアがあり、二億六千万の人口は世界第四位であり、世界最大のモスリム国家である。東アジアにも広大なイスラム圏があり、ミンダナオにも多くのモスリムが移住して来て定着している。

インドネシアと我が国とは大戦をはさんで密接な関係があり現在に至っている。日本の敗戦後、残留した旧日本軍の将校は、オランダからの独立を図るインドネシアの独立運動に参加した。争乱の後、なんとか独立したインドネシアは、その後も日本とは友好を築き、日本も開発援助を契機にしてハストラ大統領の第三夫人として、貿易会社の若き美人秘書を贈り込んだ。モスリムは第四夫人まで結婚できるのだが、こういったチョー男尊女卑の社会が厳と存在しているのが、世界である。

平和日本は、自国の立ち位置を考えて、海外の情勢に目を向けなければいけないーー中国、ロシアなどの大国とも接していて、過去に惨事があったが、フィリピンも同様であり、加害国日本はゴメンナサイですますのだが、被害国はそんな単純なものではないと、微妙な立場にあり、外から見える日本は、我々が思うほど立派なものではない。ミンダナオには、モスリム自治区もできつつあるーーと叫んでも詮ないものであった、と思える。

自身が担ってきた外交とは何か、外から見た日本とは何か、小説の形にして面白く訴えたかった。いやそれほど大それて熱のこもった作品ではなくて、国際情勢の緊迫のなかで体験し生き残った感慨を、ただ書いて自己満足したかっただけかもしれないが。

 だが、権力や不法で成り立っている国際現場で、職能からして国益、正義を封印し目をつぶれるのか、常に煩悶していた。

あれこれと、過去の現実を思い出し、考えを詰めすぎると頭の芯がうずき、左手から首筋にかけてかすかな震えを感じた。

机を並べる女性秘書のミーちゃんへ、紅茶をいれてくれないか、それと水を一杯、と頼んだ。

「オーケーですよ」

 彼女は席をたちしばらくすると、紅茶のパックが浮いた私専用の青いウエッジウッドのカップが渡された。さらにグラスに入った水も。ダージリンの香り立つパックを取り出すとソーサーにおき、引き出しからブランデイーを取り出し濃い目に入れた。

のどを熱い液体が落ちて、ブランデイ―もしみわたる。胃まで届くと、みぞおちの痛みが和らいでいく。震えもおさまったようだ。次に、脳梗塞の血栓を溶かす服用薬を胸のポケットから取り出して水で飲みこんだ。

パニック障害にアル中じゃないか、加えて検診結果では糖尿に高血圧、動脈硬化も進んでいると注意を受けた。動脈の血液が凝固しないように、サラサラに保つ薬を処方された。早いうちに入院してガンなどの精密検査を受けるようにと、念を押された。

紅茶で一息入れると、気分も落ち着き、頭が再度、高速回転しだした。

ーー国際情勢は刻々と動いている、今やインドネシアとの蜜月も終わりを告げつつある。ジャカルタを起点とする高速鉄道建設の国家事業の入札を、日本は外され中国が受託したのである。高度な日本の鉄道技術はコストがかかるという理由もあるのだが、日本企業がコンプライアンス、法令順守を守ることも面倒のようだ。国家間のビッグプロジェクトは、両国の関係者にとって格好の稼ぎ場である。ただ、国際的なバックリベートやマージンは、ややもするとワイロともとられかねない。純粋な国際援助であるはずが、いつのまにかワイロの共犯者になったり、国際犯罪のほう助者にされたりする。

紅顔の美少年、であった新人の外交官は挫折と経験を重ねることにより 定年間際になり作家デビューし、政策秘書になり幾分かの栄冠をつかんだが、あにはからんや新たな苦悩への再出発でもあった。どの道にも、そのために生まれてきたと言えるような天賦の才をもち、かつ運に恵まれた人物が、地上の星のごとくあまた存在するのだ。いぶし銀の隠れ星であったり、余裕のあるスーパースターであったりする。それぞれの世界で生き抜くものたちは、スゴイ力をもっている。この年齢になってやっとわかった。

ただ今年、初夏を迎えるころには、再燃ともいうべき、〈雪解けのプラハ〉を原作とした歌劇が公演される。このデビュー作の主題は禁断の恋であったのが、うけたのだろう。

ーー若き日本の外交官にとって共産圏の東欧人との恋愛はご法度であると、厳命されていたのだが、ドイツの麗しきメッチエン、大学講師との奇遇な出会いから禁断の恋に落ちる。結局は破局にいたるのだが、同僚もチエコの女子大生と熱烈な恋愛に燃えて、結果は外務省を去ることになった。以後、独り身で東ドイツなど各国を渡り歩き、家庭生活には、縁がなくなったーー

〈後悔理論〉というのがあるようだ。人は自分が間違いを起こしたことを追認や確認するような行為は極力避けようとする。半生を振りかえると後悔だらけで、すべてを忘れたい。ただ言えるのは、とにかく無事に生き抜いただけだ。

今年度の予算が成立し、いくぶんゆとりができたら、精密検査入院をせねばならない。

若い時は、挫折を肥やしに未来の光を求めたが、そのまぶしい世界にでると、陽のあたる面はほんのわずかで、背後に一つの限界が張り付いていた。体力や年齢もそのひとつだ。

一条の光に照らされるために、時間をはじめ、失ったものも多かったということだ。

                                (   つづく )


* ラストスパートで一気に駆け抜けたいと、グアンバリます。
  声援ヨロピク! 

    

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