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いくぞ新作⁈ (2)

アナログ作家の創作・読書ノート        おおくぼ系

*新年にむけて開始した長編連載小説の2回目です。仮のタイトルは〈 ミンダナオの情念・ダバオからの風 〉といったところでしょうか。ハードボイルド・サスペンを意識しております。引かないで読んでくだっせ~

            〈あらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、いら立っていた。彼女は、一級建築士で中城設計工房を主催しているが、建築確認申請がまたも差し戻しになったのだ。不満をかかえたまま、夕刻、裁判所書記官の女史とイタリアンの会食をし、特養ホーム建築にかかる検査官の指摘事項の対案を考えてもらう。
翌日の午前、突然事務所に中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオにいった長男が過激派に拉致された〉との報告が外務省から来たとのことである。
シオリは、暗雲につつまれて、ダバオの天羽(あまばね)へ、連絡を取る。


 中年警官はきっぱりというと、お時間を取らせましたと、踵を返した。
 シオリの胸には、暗雲が立ち込めて破裂しそうになった。
 同時に、なぜダバオの天羽は、私に直接に連絡してこないのだろうと、疑問が生じる。それからは、考えがあちこちに飛んでしまい仕事が手に着かなかったので、今日は事務所はお休みだと投げた。幸に、今は繁忙期ではなく、相棒の建築士も出勤の予定はなかった。〈外出中〉の案内札を玄関のドアにだしてカギをかける。一人、事務所に閉じこもった。一時間の余裕をみて、その間に熱いコーヒーを入れて気をおちつかせ、とりいそぎ天羽に電話を入れなければ・・・・・・不安はつのっていく。

*    *   *

 天翔隆一(あまばね・りゅういち)は、ダバオ支店のデスクで、先日のサン・スター・ダバオを広げて一面に広がった記事に目を凝らしていた。
「サツマとの交流は、どのように始まったか」のタイトルのもとに大判の写真が三葉掲載され、今までの経過が詳細に書かれている。この新聞記事を翻訳してサツマの本社あてに送らねばならない。デスクパソコンにむかって、キーを打ち出した。
ーー今週末の三日間、ダバオ市は日本の南にあるサツマ県の地方政府の代表団の訪問を歓迎した。この代表団は、サツマ県の各市議会連合会の約三十人からなっている。この交流の発端となったのは、サツマとダバオで営業をしているアイ・コーポレーションが、創立五十周年を記念して三百万ペソにのぼる水道施設をバナワンに寄贈したことに始まる。水道施設は現在一千件の家庭に水を供給している。アイ・コーポレーションの尽力により各種のグループ、例えば日本の農業組合の視察団、ビジネスマンや意欲的な投資家、南風ロータリークラブ、ジャーナリストなどの訪問が次々に実現したーー
 ここまで一気に訳して一息入れた。やっと軌道にのり行く先がおぼろげながらも見えてきた感があった。後、残りの部分がもう少しある。
ーーロマンスも生まれた。二組のカップルが誕生して、フィリピーナが日本へ嫁いだ。また、青年が恋に落ち再びダバオを訪れてもいる。昨年サツマ市において最初の国際トレードフェアが開催されダバオからも出店した。願わくばサツマ市とダバオ市が姉妹都市の提携ができ、今まで以上の発展をとげればとーー
 プリンターに用紙を挿入して出力した。原稿をニ度ほど読み直したのち、よりわかりやすく直し、変換ミスを修正して再度プリントアウトした。完成された訳文を最終チエックとして読み直すと、簡略な文の中に今までの経過が要約されて現れていた。ここまで交流をもってくるのに何年かかっただろうかと思いをはせた。ダバオに居を構えてからも十数年が過ぎていた。けっこうな時間がかかったのだった。
 十時過ぎにツルルルルー、と一本の電話が鳴りだし、若い男が受話器を取り上げる。
「ボス、電話です。サツマからナカジョウというひとです」
 ああ、彼女からか、なんか懸案事項があったかなと天羽は、受話器を受け取った。
「天羽さん、あなたは、私になにか報告することがあるのじゃない」
「うん? それ、どういう意味、よく理解できないんだけど」
「タツヤのことよ、今朝、警官が来て、タツヤがゲリラに拘束されたと連絡があったのよ。これ、たいへんなことじゃない!」
「・・・・・・」 天羽は、沈黙した。いったいなんのこっちゃと。
「そもそもタツヤに、国際化の時代だから海外経験は必要だから、しばらくダバオで働いてみないか、責任は持つからと言ったのは、あなたでしょう。それが・・・・・・」
「ちょっと待って、順を追ってもう少し、詳しく話してくれないか」
 警察官が訪ねてきて、外務省を通じて連絡があったこと、さらに天羽について活動家じゃなかったか、との質問があったことを、彼女は、かいつまんで話してくれた。
「なるほど、こちらには、何の連絡もないけど、何か事件が起こったのかもしれないな……これから至急調べてみるから、しばらく時間をくれ」
 天羽は、受話器を戻すと考え込んだ。彼女が言ったオレ自身の経歴について質問されたこともひっかかった。
「アンガス、タツヤのことで、警察から何か言ってこなかったか?」
「われは、何も聞いてません、なんかあったんですか」
 そうか、とひとこと述べて、天羽は、これから何をなすべきかの手順を思索した。
しばらくあって……まずは、野々村総領事へ聞いてみるのが一番だと考えた。思いつくと即、領事への直通番号を押した。四度ほどのコールで、ハイ野々村ですと、つながった。
「天羽ですが、ひとつお尋ねがあって、今よろしいでしょうか」
「ああ、どうぞ、午前中は、予定は入ってないですよ」
「アリコの若手見習でナカジョウ・タツヤという社員が武装勢力に拉致されたという情報は、はいってませんか」
「ああ……先月……ショッキングなパラワン島の人質事件がおこって、国や警察も対応に追われているところだが、情報がいろいろと飛びまわっててね、今は混乱の極みですよ。今のところ日本人が巻き込まれたということはないようですがね、それ以外は何が本当で、何がフェイクか、皆目わからないんですよ」 
「なるほどですね。いつ何が起こるかわからないのが、ミンダナオですからね」
「日本人のナカジョウさんですか、そのことに関する確かな報告が上がってきたら、お知らせします」
 総領事は、いつものような事務的な口調で、電話をきった。

 おぼろげながら、ああそうかもと概要が理解できた。ここミンダナオでは、正直にという観念が欠落しているので、デマやうわさが真実となって飛び散っていき、人々もそういった虚実こもごものなかで生きている。自分自身で、事実を見つけ出さざるを得ない。
 報道によると、先月、イスラム過激派のアブ・サヤフが、パラワン島の高級リゾートホテルを襲撃し、宿泊していた二十一人を拉致した。彼らは、それらの人質とともに高速艇で海上を移動して、本拠地であるバシラン島へ逃げ込み、そこから、人質の身代金の要求をはじめたのだった。
 バシラン島は、ミンダナオ島の西端にあるイスラム教徒が多数を占める島である。フィリピン国軍がバシラン島を囲んで、過激派をせん滅するために対峙しているが、その後の様相はいまだ発表されていなかった。
 天羽は、十数年前の領事館を思い出した。二階建てのダバオ日本領事館の壁には、NPA(新人民軍)の勢力圏を誇示する大きなマークがかかれており、〈消せ〉と周囲の人に言ったのだが、消すと自身が消されてしまうと誰もがしりごみし、消すことが出来なかった。また、ダバオ川には、イカダに括りつけられた死体が流れてきた。遺体は、NPAや過激派にやられた警察官や兵隊だった。だが、その警官もまことに信頼できないものであり、巷に流れている著名な大麻事件があった。フィリピンの国際空港の手荷物検査で〈知人からあずかったカバンのなかに二キロにおよぶ大麻が入っていた〉として、日本人が拘束され裁判にかけられた。当のS氏は、〈これは警察によるでっちあげだ〉と主張するも認められずに収監された。そして現在も服役中である。これは明らかに、警察のワイロ稼ぎのワナにはまったのだといわれ、三〇〇万円を支払えば、解決したのだと信じられている。
 この国では、何が真実かは自分の目で判断するしかない。天羽はアンガスにむかって、
「これから、タツヤの炭焼きの現場に行ってみてこよう。運転をたのむ」と述べた。
「オーケー、ボス、準備をします」

アンガスが、ミツビシのジープに水のタンクを積んで準備が終わると、助手席に乗り込んだ。
平屋の事務所を出て街中を西へと向かった。緑に囲まれた平屋や二階建ての多い街に、高いビルもチラホラ増えてきて、幾分にぎやかになってきたようである。ジプニーの行きかう活気を感じながら街中を二十分も走ると、大地と緑に向かって走ることになる。広大な農園を過ぎて、畑と田んぼの舗装されていないあぜ道にはいり、はるかにみえるヤシ林のあるアポ山を目指してさらに疾走していく。
戦前のダバオは、日本人が入植後に、不とう不屈の精神で密林の開墾に成功し、マニラ麻やラワン材の輸出が盛況となり、日本人の富豪があまたでた。それが戦争で壊滅したが、再び日本人が活躍しつつあるのだが、この地の変遷は、激しいものがありすぎる。ダバオも比較的に治安を取り戻しつつあり、横浜の店をたたみ豪邸を立てて老後をみこし永住したいという人なども増えてきた。だが、天羽は、このように富裕層が移住することで、過激派の格好の標的になるのではと危惧していた。誘拐して身代金請求がおこり、ふたたび治安が悪化していくのではないかと憂いていた。ゲリラや過激派にとっては、富める者は当然に、その富を分け与えるべきだとの信念をもっている。
ジープは、アポ山の裏手にはいり、バナナやヤシの木の入り混じった密林の小道を走っている。鳥の歌は聞こえないが、茂みにはコブラがはっている。
人のあらがうことの出来ない大自然、そこを生き抜くいろいろな考えをもった人々、現地人の生き方とならず者、それが高じて過激派となる? さらにこの地を天国とみなして移住してくる日本人、すべての無秩序がからみあい、それが、このエネルギーに満ちた未開の地の魅力でもある、と天羽は思うのだった。
ひとつ、秘境の濃い緑のなかで、ポツと浮かび上がる思いがあった。
 シオリが知らせてくれた、警官が、オレがいまだ活動家ではないかと疑っていたことだ。

                                  ( つづく )

*読んでいただき、ありがとさんです。良いお年を!

      

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