風呂から始まる

風呂に入りながらにしてその風呂の栓を抜く。実家暮らしの頃はそんなことはしなかったが、一人暮らしのユニットバスだとほぼ毎回そうである。一度湯を全て抜いてから空の湯船の中で体を洗う。

その日もいつものように湯に浸かり、体が温まったなというところで栓を抜いた。膝からすね、すねからくるぶしへと水位が下がり俺はなんとなく下がる水面を見ていたのである。

あれ?

くるぶしから先、足の甲から爪先までが、お湯と一緒に流れていってる。俺の足、液体になってる。ふーんまあええか、いやええことあるかい。という間抜けな思考を追い抜くように今度は体が下から溶けて、くるぶしからすね、すねから膝へとどんどん液状化が始まる。俺はそこに至っても、体が形を保っていたとき(その状態を「固体」と呼ぶのかどうかは分からない)と完全な液体になる中間の、ゲル状の太もも辺りの感触を確かめて「柔らか~。でも太ももが元々柔らかいからさわるなら膝にしたら良かったな」などとぼんやり考えている。いや何せ風呂に浸かってボーッとしてたからさ。 

首まで排水溝に吸い込まれ、つまり湯船の底に俺の生首が置かれたような状態になったときふと「どこまで流れていくんだろう」と思う。下水処理場とか?

あ た ま が と け て い く。お れ い ま ほ と ん ど   水。     

まぁ今までにしたことの無い体験やから身を任せてみるかぁー、などと思いながらどこの馬の骨とも分からん下水ども(液体に「ども」ちゅうのも変やけど)と混ざり合う液体a.k.a俺の体。流れが速くなっていく。なんとなくわかる。川が近い。見覚えがある。なんだあの川か。

川に流れ込んだその時、どんどん体が形を取り戻していく。くるぶしからすね、すねから膝。なんでいつもこの順番やねん。ちょっと遠くにあった腰や腹が戻ってくる。ああ、肩はそこにいたのか。そーら、頭が来たよー。はいドッキング。完全に元に戻ってしまった。以前の俺と何も違わない。違うのはここが風呂ではなく近所の川だということだけ。 

川岸についた全裸の俺はなるべく人の目につかぬよう物陰に隠れながら家に帰り、シャワーを浴びて飯食って寝た。
大冒険になるかと思われた全身液状化はちょっとした散歩と大して変わらなかったという話。

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