第五章


 眩しい陽射しが窓を透して、ちょっと狭い通路の半分も壁一面にも金色に染め上げた。ニ、三人で並んでいるホテルの係が小さい声で囁きながら、食堂を行ったり来たりしている。
 
 ホテルのウェイターの食堂は三階にある。新人育成の教室も経理部も安全管理部も三階にある。

 食堂側の囁きと比べたら、新人育成の教室の声がずいぶんざわめいているように聞こえる。

 いま、インターンシップの担当が午前インターンシップの内容をまとめている。

「このホテルは一見すれば広いんだけど、ただ慣れていないんだよ。それで午後皆さんを連れてホテルのあっちこっちに見学する予定がある。その時いちいち説明してあげよう。とにかく心配しないで。そうだ、大事なことを言い忘れてしまった。隣に座っている人のことを知らなくても心配しないでね。今度はインターンシップとしてきた学生が二つの学校から来ているからだ。もう一つの学校の学生はちょっと用事のため、さっき手続きを終わらせたばかりだ。それでは、また何か聞きたいことがあるの、なかったら一応休憩して昼ご飯を食べに行こう」

 インターンシップとした担当は若い学生たちより体が太くて、皮膚が荒れていていたのに、髭は少しも蓄えていないその年に外れる清潔感のイメージが強い。今まで背広をした四十歳ぐらいに見える男の人がずっと親切な口ぶりでホテルに相関していることを紹介していた。バックグラウンドやホテルの路線図などを巡ってぺらぺらしていた。一番重要なことは来たばかりなので、まだ新しい環境に慣れていない学生の敏感な心を慰めたということが何より大事なのだ。

 時折の笑い話でもいい、生き生きした例でもいいことから、疑いもなく在席の学生には新人養成の担当とした彼こそ老練で立派だと思われているので、信頼されている。昨日ホテルの前では鐘明景の代わりに袁章や穎毅然を契約書の交換に連れた人も彼だった。

 激情に満ちた言語に魅了されたか、食堂の匂いに引かれたか、午後の見学を期待しているか、在席の学生は誰でも瞳を輝かせているように見える。


 いくら講師の熱情にも若者は心が昂ぶっているのは昂ぶっているとしても、終わりの合図したところ、学生たちの激情もあっちこっちへも流れていってしまった。


 

 料理をいっぱい載せた食器を持っている穎毅然と袁章が二人でテキパキと食卓についた。

「さすが専門家だね。ところで、うちの高校校長の始業式なら堅苦しい言葉ばかりだったね」袁章が紙ナプキンをくしゃくしゃしながら、穎毅然に往事を語りだした。

「いや、いや、そういうことじゃないよ。もっと正しく言えば、それだけじゃないよ!どの高校も同じなんだよね。学校だから、教育者であった以上、毎度の講義もその地位なりの威厳を表すべきだってことが理解できないんじゃないけど。って、始業式はまあまあ、そういえば、 高考(ガオカオ)を控えていた間こそ、えっと、そう、入魂式!その勢いったら、」

「そう言われたら、私も思い出した。その勢いはさすが思い出すたびに心も熱くなるね」

「袁章もそう思っているの。まあ、そんな場面が人の心を踊らせることもおかしくないんだけど、現実意味ならちょっとね。ほら、入魂式で言ってはばからない宣言ならどれぐらい覚えているの」

「例えば?」

「『私が復旦大学に入りたい』とか『私が絶対に北京大学に受かってみせろ』みたいな宣言なんて。私から見れば豪語というより妄想にすぎなかったんだ。まあ、私の成績なら、もともと普通二本にも少しの差もあったなあ、ハハ。うちの学校って、地元一番良いって認められているけど、年々の高考ではせいぜい二人も北京大学、或いは清華大学に受かるにすぎないんだ。もともと可哀想な人数なのに、ある年にはただ一人だったよ。地元の五つの学校の高校生を合わせても、北京大学に受かった人はただ一人しかないんだよ」

「へっ、前にはそんなことを聞いたことがないね。うちの学校なら、北京大学って、だめだめ、ぜんぜんだめなんだ。一番すごいエリートのクラスの半分の高校生が一本大学に合格すればどれほどありがたいって思われていれているよ」

「そういえば、宣言をした人たちには常識から外れた者もあるね。平日の成績は良くないけど、高考では急に限界を越えて、奇跡を起こして目が飛び出るほどの高い点数を取った噂が耳に入ったことがあるだろう」

「ニ、三ヶ月弱かかって、平日数倍以上の精力で強度の勉強をやりつづけた末に、めっちゃいい大学に受かったとか」

「そうだ。うちの学校だって、入魂式の時には平日成績の良くない人だって、とんでもない学校を口にしたよ。教室に戻って、すぐに『彼らもそんな言葉を言い放ったなんて』とか、『場合も考えずに勝手に冗談をしたなんて』って声がした。どう思っているの」

「えっ、いきなり聞かれても。いくらなんでもちょっと言い過ぎただろう。」

「実は何度も思い直したよ。はじめてやっぱ彼らのやり方に少し同感していた。二本にも届かない成績なのに、985、211なんて大学を口にかけたら、やっぱね、恥さらしって見られても当然だろう。しかしその声の強さから言うと心の底から聞こえるみたいな気がしたけど、さすが点数も声の大きさにかかっていないから。客観に言ったら、ただ雰囲気に感染されて、奥に長く抑えていた意欲を解放するためにやったかもしれない。まあ、その後に教室に戻った先生さえ冗談半分の口で『彼らさえそう言い出したから、お前らが何のかこつけで逃げていくつもりなの、しっかりやらないと、』って言い聞かせたけど、二つの関係は確かに強引すぎるんだだろう。って言っても、そんな勇気はさすが感服してたまらなかった。不幸なことに、私の知っている限り、その年には奇跡なんてことも何も出てこなかったらしい。そのせいか、私も迷った。やっぱそれはただ一時の決心なの、それともいくら頑張っても手が届かないものがあるのは世の現状こそなの、そうしたら、彼らは愚か者として嘲笑われて、失敗者として嗤われて、同じことを諦めるべきなんだろうか。思っているのに、つい、思わずに同じ立場に寄っている、そのうちに、いつの間にかその勇気を憧れ始めてきた。本当に複雑だよな」

「考えすぎるんだよ。さあさあ、速く食器を片付けて寮に帰ろう」
 袁章はすでに食器のご飯を食べてしまった。一方で、穎毅然はまだ箸をつけていない。


 今は、人の出入りの激しい食堂に差し込んだ光が無数の矢に変わって人々の影も魂ごと釘付けるごとく地に溶かした。ドアを押して入ろうとした人は誰でもその眩さを遮るために右手で目を当てている。



「強い、強すぎるんだよ。まだまだ暑くないのに、目が眩む。もしかして年を取ったの。おかしいね。」
 男は黒ずくめの背広をした、紺色と赤色と染め上げられた複雑な図をしたネクタイを締めた、白い眼鏡をした、目も大きい、鼻も大きい、口も大きい、その1.7mの身長が少し縮めば、腹も少し膨らめば漫才師と見間違えられても仕方がない。
 男が目を細めて、陰に隠れた席の側に緩く寄った。
 男の動きを見かけると数人がわざとスピードを下げて、ほかの席を漁りなおす。その動きに反した動きもした人もないことではなかい。彼らには誰でも笑顔で軽く頷いて「部長、こんにちは」という言葉を自分に聞かせるように小声で挨拶してから、直に遠くに行った。


「えっ、こんにちは」
「どうも、」
 男が微笑んで、簡潔な言葉でいちいちと挨拶をした。


「任副部長、こんにちは」


 彼が座ったら、向こう側の人がすぐに箸を置いてから挨拶した。清潔感のイメージが強い穎毅然、袁章などの実習生には講座を行いた人こそだ。

「あ、こんにちは、朝の仕事順調なの」

「もう何度も繰り返していることだから、平気、平気。まあ、なんだか今回やってきた学生は躾が一般な社会人よりずっと良さそうだね。任さんも知っているだろう。時折にいくつの冗談を連発して固い空気を溶かすことが上手なんだけど、その後のことが制御できなくなることもあるなあ。学生なら、まだまだいける」

「そうか。こっちならなんだか辛気臭いことばっかりだ。特に、日本人旅客のほうなんだ。最近面倒になりそうになっている」

「へっ、私覚えている限りでうちのホテルの中には長く泊まっているのはその方一人だっけ、そういえばもう一年経っているだろう」

「そう。山本奈々子って女性一人だけいる。でも一年じゃなく、多分八ヶ月くらいにすぎないよ。彼女は中国語が少しできるけど。まあまあ、っていうか、あの事件が出る前ならまたニ、三ヶ月経つと、上海からの日本人の旅客や観光団なども来るはずだ。さすがこのホテルは昔地元いろんな観光スポットと連携しているし、また上が何か手段を取ったし、ホテルに泊まっている外国人の代わりに一時滞在許可申し込みの権利を手に入れていたなんて。まあ、さすが上海じゃあるまいし、こんな規模に比べになれるホテルなら蘇州から言えばほとんどないんだ。鐘明景、なかなかいい手腕だ」

「手に入れたというより取り戻したという言い方がもっと適切なんだろう。でも、その日本人がずっとホテルに泊まっていたのなら、外国人一時滞在許可申し込みの権利を失っていないはずなんだろう」
 
「まあ、上のことだから、上のことだからさ、いくら当てても利益が出ないことに心配しても無用なんだろう。お前は新人のことをよくしてくれたらもう十分。実はそのことを考えないことはなかった。知っているんだね。上海は別で、蘇州では主に日本人にサービスしているホテルがうちだけだ。はっきり覚えているよ。一番賑やかな頃は二十三人も泊まっていたことだ。もし本当に再開されたら、日本人向けのフロントも再開されることになるはずだ。現状から見れば、人手不足も問題になっている。たとえ今から行動しても恐らく間に合わないかもしれない。とにかく日本語ができる人が必要だけど、日本語しかできない人なら」

「そういえば、任さんは日本語がめっちゃ上手じゃないだろうか」

「だから、言っただろう。もう何十年前のことだったから、もうすっぱり忘れちゃったよ。大通りでヤクザらの激しい合戦の光景は鮮やかに記憶しているけど、日本語なら勘弁してくれよ。前は日本人と話し合うことはほとんど私がやっていなかったし。例えば部屋の修理や飲用水の付け替えまでも、交流もせずに済めることだったから。あっ、しまった」

「どうしたの」

「さぞ鐘明景が来る前は私のことに詳しくないかもしれないぞ。先日、日本語についてのことを尋ねられたけど、答えられるものか、今ならできるのは基本的な一言の挨拶にすぎないんだ。まさか勉強し直してほしいって合図を示した。こっちも一応いい年だし、やっぱ無理だろう。例の日本人の客、って、山本奈々子が一昨日わざわざと表彰の手紙を書いてくれたなんて、想像していなかった」

「へっ、誰かが褒められたことを耳にしたけど、詳細なことは少しも知らないけど、」

「今外国人は言わずもがな、日本人向けのフロントも開いていないから、じゃ山本さん平日の交流はホテルの誰かに?まあまあ、もしフロントが本当に再開されたら鐘明景もそっちの頭になるはずだ。それも彼の意思からして、どうもやってみせるそういう感じ」

「人事部のことはそっちのけで、そういえば、王興誠(ワンシンツェン)って人知っていないの」

「王興誠って、どうしたの」

「本当に変な人だったよ。先日仕事応募に来た人だ。志望動機を聞いてみると、日本人向けのフロントに強烈な意欲を表したけど、日本語がまったくできないし、理由もあやふやで、それでその部に入れなかった」

「まあ、サービス業に興味を持っている人なら、一つチャンスをあげて、ひとまず別の部に置いてもいいんだろう」 
 任遠帆が何枚もの白い錠剤を飲んでから、アルミでの皿を持って、食べかすの桶に箸もしない食べ物を処分した。

「胃は大丈夫なの」
 
「昔よりずいぶん楽なんだけど」
 周りの席はほとんど空くようになった。食堂に入ったり、出たりする人の形跡は早々と窓に付いていた熱い料理の白い気体が散ったように見えなくなっている。
 
 任遠帆が周りをキョロキョロしながら、声を殺したまま

「今度の仕事がまく進んいったら、チャンスも遠くないんだよ。鐘明景は経営理念を変革する上では、前のリーダーが比べにならない執念の持ち主だよ」

「えー」

 鼓舞されて疲れをやる気に変えてきた甲高い声を漏らしたが早いか、両目を輝かせ始めた。その言葉に深そうに魅入った、やる気満々とした講師が礼をしてから、エレベーターに乗って姿を消した。

 最後まで見送った任遠帆が足をオフィスに運ぶところへ、隣のエレベーターを降りた若い男の人に呼び止められた。

「任部長」
 その声を聞いたら任遠帆が笑いながら、顔を顰めているが、すぐに目早い人でも捉えない瞬間に緩くなってきた。

「鐘部長!」

 任遠帆の目の人の顔立ちはインターンシップとした穎毅然年齢の差があまりなく見えているのに、職による地位の差異は雲泥の差がある。
 二人が着たスーツは色でもデザインでも同じながら、シューズは大層な違いがある。任遠帆の古いのよりずっと高級感そうに見える。
 茶色に染められた髪の毛で、1.78mの身長にはちょうど似合う背広がその高さに少し外れた体重で、いくつの皺が付いている。服装から言えば引き締まりそうには見えているが、体の線にはかえってはっきりして逞しそうに見える。

「任部長って、いや、任さんって呼んでもいいの」鐘明景が微笑んで、また二歩近く歩いた。

「それはもっと無理なんだよ。仕事中だし、全名でもいい。こんな場合では、まあ。一応言わなきゃ、さすが鐘明景が部長に任命されることになっている。こっちは、副部長になっている」任遠帆が苦笑しながら、手を振った。

「堅苦しすぎるんだよ」

「さすがルールはルールだろう」

「なら、副部長の言葉に従おう。先輩の言うことに逆らうことって父さんに何か耳にされたら困るから」

「そんなことは考えすぎるんだよ。私のことがよくわかっているだろう。正直、来たばかりだから何かに遭ったため大変なことになっても不可避なことだね。それこそ率直して向き合わなきゃ。時折に文句をつい漏らしちゃって、なにとぞ心に留めないでください」任遠帆が四角張った顔でまた一礼をした。

「仕事上ではお取り扱いの仕方を本当に身につけたいな」

「言い過ぎるんだよ、言い過ぎるんだよ」任遠帆がまた苦笑をして、手を振った。

 鐘明景が見回したあとに、もう一度静かさを破った。

「実は頼みがあるんだけど、」

「私事なの、」

「私事というか、公事というか、とにかく私のオフィスに来て、」

「え、わかった」
 任遠帆が頷いて、後ろについてオフィスに消えた。


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