あなたへの手紙のようなもの
冷たい紅茶を飲んでいます。そして、冷凍ドリアを食べ終えたところ。最近はあなたも知っている通り、肉や卵などのタンパク質をよく噛んで食べてから、炭水化物を取るようにしています。噛む回数を数えると、味そのものよりも、食べものが口内にどう触れるか、どう崩れていくのかという感覚に鋭敏になり、新鮮で不思議な気持ちがします。
今日で、あなたに告白され、付き合うようになってから半年が経ちました。その間に、2回、わたしは「別れたい」と言い、あなたはそれを一過性のものとして受け流しはせずに距離を置きました。不安や恐れを自分の中で増幅する癖があり、たびたび感情が激昂するわたしにとって、その「別れたい」は、発作のようなものでした。
1度目はまだ可愛いものでした。お互いに言葉や配慮が足らなかったと、1週間も経たずに仲直りすることができました。しかし、2度目のその言葉はあなたにとって、恋する人が豹変した末に突きつけてきた刃物のように感じられたのでしょう。わたしにとっても、その言葉は間違いなく諸刃の剣でした。
突然の妊娠、今までに感じたことのない身体の不調、止まらない出血、あなたの閉じていく心。付き合って2ヶ月しか経たない人との間にできた子ども。住むところも定まらず、永遠の愛など誓えるわけもなく、毎日、毎日、薄氷の上を歩むような心持ちで、わたしの心は限界に達していました。
解放したい、解放されたい。わたしと別れた方がこの人は幸せになれるんじゃないか。付き合い初めからちゃぷちゃぷ音を立てていた水風船が、ばちゃんと音を立てて爆ぜた末の「別れたい」でした。
「付き合ってください」そう言われた時に、わたしはわたしと付き合うべきでない理由をドミノのように延々と並べ、駒が尽きると、えいや、とそれらが倒れてどのように連なりわたしを構成しているか、つまり、どういう過去を持つ人間か、それによって今どういう弊害に苦しんでいるのか、それによってどれだけあなたを苦しめる可能性があるかというようなことを話しました。
あまりにも仮初のわたしに恋をしている、と思いました。
2度目の「別れたい」の後は、それまでよりも悲惨な1ヶ月を過ごしました。彼は一見落ち着いているように見えましたが、「君の精神状態では子どもがトラウマを抱える可能性があるから、子どもを産んでくれるなら元カノと引き取って育てようと思う」と言われたり、「できた子どもが僕との子どもか分からないからDNA鑑定をしたい」と言われたり、今でもここに書き記しながら涙が出てきて止まらなくなるような台詞をそれが"最善"だと信じてやまない目で告げるようになりました。
彼はわたしのことを愛していたのかもしれないけれど、これっぽっちも信じてはいませんでした。
「今日は何を言われるのか」「わたしは母親になれないのか」毎日が苦痛で恐ろしく、わたしはついに、高台のフェンスによじのぼり、過ぎゆく電車に身を投げ出そうとしたその時、通りかかった女性に引き止められました。
そこは車ばかりが走る高架の途中で、真夜中に歩く人は稀でした。彼女は自分の名前や近くの大学院に通っていることなどを話し、「コンビニにあたたかい飲み物を飲みに行こう」と言ってくれましたが断りました。年齢を聞かれた時、29と答えたのに19と間違われ、なんだか可笑しくなってしまって、おそらくそこで緊張の糸がぷつりと切れ、そこから1日半記憶を無くしました。
意識が戻ると、あなたは憑き物がとれたように微笑んで、わたしのことを「信じる」と言いました。わたしとの未来を「信じる」と言いました。何が起きているのか分からず、それからほとんど1ヶ月が経った今日においても、ついに精神が崩壊したわたしが夢を見ているんじゃないか、ここはまだ夢の続きなんじゃないかという気持ちが消えません。
でも、あなたの短すぎる恋が、2度目の「別れたい」で音を立てて崩れ落ち終焉を迎えたことをわたしは目撃しています。それでも、なんとかかんとか、今日まで一緒にいてくれたのは、恋だけじゃなく、仮初のわたしではなく、わたしの存在を許容し、愛してくれていたからだろうと思うと、感謝しかありません。
ずっと一緒にいようなんて、今はまだ恐ろしくて口にはできないけれど、願わくば、今年の夏、ふたりで子どもを迎えられればいいなと思っています。
2022.2.15
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