
五竜岳敗走(2024/07/19,20,21)
【あらすじ】
これは五竜岳に登ろうと計画し、いざ出陣するも惨敗を喫し、それでも持ってきた飯はたらふく食べて、カロリーを過剰摂取して下山した男五人の記録。

飛騨山脈に位置する標高にして2,814メートルの山、五竜岳。なんとも厳めしい山容であり、日本百名山にも数えられている。
夏山シーズン到来に合わせ、長野県は白馬村に集合したのは元・大学ファンダーフォーゲル部の面々。
さて、ここでメンバーを紹介しよう。
人が集まればリーダーを任されることの多い社長御曹司のジュン。今回の五竜岳ハイキングを企画した、ドラゴン高井。そしてメンバー最年少で星野源にちょっと似ているハル・ボーイと、今回のために山道具を新調してきたニシオ君。文責は、後藤文章。
関東組と関西組に分かれ、関東組は東京にて合流、その内一人が持っているマイカーに乗りこんで、長野を目指す。関西組は、前日の夜に夜行バスに乗り込み、直接長野を目指した。
そうして長野インターで待ち合わせ、大量の食料と重量級テント装備の配分を済ませた。これが重いのなんの。

今やハイキング界隈では「ウルトラライト」の名の下に、あらゆるものが軽量化されている。厳選され、とてつもなく軽い装備を背負って、山々を行くのがトレンドだ。
ところが、その潮流に真っ向から反抗するかのような男がドラゴン高井。100リッター近いミルスペックのザックを担ぎ、軍靴のようなハイカットのレザー登山靴を履きこなす。
テントも食料もドラゴン高井のセレクト。当然、軽さやコンパクト性などは度外視。「とにかく山の上でウマイ飯を食らう」が彼のアウトドア・コンセプトだ。
というわけで、私は3メートル×3メートルのテントマットをザックに外付けしながら歩き出した。
さてさて、一日目。いきなり雨からのスタート。口々に「雨とかマジで……」と呟きながら、レインウェアを着込む。
しかし、ロープウェイで登山口まで上がるころには、雨は止み、雲間から青空が。幸先悪し……と項垂れていたが、早合点していたようだ。

扇雪渓までの道すがらだった気がする。
登山道は石ころが多くて油断すると足を捻りそうになるが、おおかた歩きやすい。登山客の数もそこそこ。渋滞するほどではなかった。
八方ケルンから扇雪渓へと至る道中、目にした後立山連峰の美しさたるや。なんとも畏怖すら感じる。とても、あんな所を歩けそうにないと思うが、自分たちが歩いているこの道も、後立山連峰へと続く道だった。
標高を上げるにつれ、天候も怪しくなってくる。気温も下がり、いよいよレインウェアの再登場かとハラハラしていた。
ハラハラしながら歩みを進める。ひいこらひいこら言いながらも、ひんやりとした霧の中を歩き続けると、唐松頂上山荘へと到着。
着いたらやることは一つ。テントを建てて寝床を確保すること。しかし、持ってきたテントは六人用。テント内ですくっ、と立って歩けるぐらいの巨大さ。
テント場に、このサイズのテントを建てる広さはない。だからといって山荘は満員。仕方なく、山荘の屋根の下に空いているスペースがあったので、そこに張らせてもらうことになった。

テントはMSRのハビチュードの6人用。
実際に行程で使うのははじめてだ。説明書を読みながら時間をかけてテントを建てた。中は事前情報通りに広い。五人分の荷物を四方に置いても、まだ広い。
そうして、待ちに待った山メシの時間がやってきた。
メニューはアヒージョ。こう、文字で書くとなんだかあっさりしているように感じる。実際は、五人分の量がドカッと鍋にあるわけだ。かなりの迫力。
しかも、その夜、急な標高アップと寝不足がたたり、私は激しい頭痛に襲われていた。
当然、食欲など湧くわけもない。半グロッキー状態であるものの、貴重な食料を無駄にはできない貧乏根性のようなものを奮い立たせて、どうにか完食した。
「おかわりもありますよ!」
と、ドラゴン高井。鉄の胃袋をもつジュンと24時間爽やかなハル・ボーイのコッヘルに次がれるアヒージョたち。

朝から晩まで、山は美しい。
ダメージを受けていたのは私だけではない。私以上に疲弊していたのはニシオ君。なんと彼は、大学を卒業して以来の山が、この日の五竜岳ハイキングだというのだ。
現役時代はワンゲルのキャプテンを勤め上げた優秀なワンゲラー。しかし、今の彼はホワイト企業(本人談)に勤める一介のサラリーマンだ。
しかも、天候は夜が深まるにつれて荒れる一方。なんとか飯を平らげ寝床につくが、吹き付ける強風に、テントの骨組みが撓り、天井部や側壁が目の前にまで迫る勢い。
あげく深夜にペグが抜け、ドラゴン高井とハル・ボーイで雨風の中、修復。いつ強風でポールがへし折れ、テントが崩壊する恐怖に悶える夜だった。

だが、こんな夜でもジュンという男は爆睡。辺りの状況などお構いなく、己の体力回復に勤しむ。そうして、翌朝、すっきりとした目覚めを迎えた彼はこう言った。
「中止しよか。ニシオもまだシンドイやろ」
周りのことなど関係ないといった態度に見えて、しっかり周りを見ている男がジュンだ。なるほど、あちこちでリーダーを任されるだけある。

そうして、私たちは敗北した。目当ての五竜岳に登ることができず、ただひたすら飯を食らった。
晩はアヒージョ。朝はマカロニパスタ。ハイカロリー・イタリアンを腹に収め、霧の中、唐松岳を登り終えて下山した。
こうした複数人での山行はずいぶん久しぶりだった。独りでもなんとなく楽しめてしまう私だが、大人数にワイワイやるのも楽しい。
次こそは登頂したい。そんな山がまた一つ増えてしまった。