◆保育士3名の乳幼児虐待と園長の犯人隠避の罪
資格を持っている人間が次々と逮捕されている。それも、国家資格、一般資格を取得し、実務経験のある人間たちがだ。
結局さ、自らの意思で取得した資格であり、自らの意思で選択した職種であっても、元の人間性に何らかの問題があると、所持している資格とはまったく無関係に事が起こるんだよね。
後悔してる人たちが非常に多いんじゃないの?収入アップのために勉強して試験を受けて手に入れた資格でも、現実を目の当たりにしてみれば、業務上の精神的肉体的負担から来るストレスが、実際の収入と天秤にかけると到底割に合わない、そう感じている人たちが急増しているんじゃないかね。
社会福祉士、介護士、看護師など、高齢者患者や身体的に不自由な人たち、そして、乳幼児や児童などの世話役を担う者として働いている人たちは、一般的には不透明な部分としてのストレスが毎年あちこちで噴出してあらぬ行動に至っているように見て取れる。
信じるほうも信じるほうだけれども、資格制度を大々的に打ち出して多くの人々を誘導した政府にも問題があったのではないかと言わざるを得ない。未だに小中高の教師が性犯罪関連で逮捕される事件が後を絶たない。年間200名以上が逮捕されているのだとか。
せっかく取得した資格も、想像していたよりも圧倒的に割に合わない環境で、どんなに頑張っても報われない、そういう人達が、結果的に罪を犯すことになっている。こうしたことは、本当に10:0で本人たちの責任として罪に問うことができるのだろうか。
資格ってね、企業組織は資格を必要とする実務経験のある人材を欲していて、それに該当する人は採用される確率が高いのかもしれないけれども、いざ入社してみたらまったく資格を活かせない部署に配属されたり、全く関係ない業務をやらされたりして、気が付いたら自分が取得した資格は入社試験を通過するためだけの飾りに過ぎなかったのだという現実を突きつけられた人たちも少なくないだろう。
合法的に多くの人たちを操り、利用する、そういうことがいつからか社会通念となっていて、誰もこうしたことに異議を唱えることをしてこなかった。
もちろん、全ての人たちが…ということではないにしても、報われずに後悔している人たちは少なくない。一方では、複数の資格を取得していることで安易に自称の肩書を名乗って、その分野のプロであるかのようにアピールしたがる人たちを量産していて、勘違いした人がセミナーとか開いて、参加者がよくよく実態を見てみたら「ネズミ講じゃねーかよ!!」と騒いでいたりもする。
実際の卸売り価格は1個15円のタマゴを、高級タマゴと偽り市販のタマゴを10倍の価格でねずみ講式に売りまくって、その主催者は数千万円の利益を上げているものの、末端の会員たちは報酬を得られずタマゴだけ買わされていたらしい事件が起きた。でも、返還請求ができないんだよね、こういうのって。騙されたと騒いだとしても、明らかにネズミ講だとわかる構図。会員の多くは高齢者で、健康不安に付け込んだ悪質な情報商材の詐欺事件である。
アムウェイの集会とか創価学会の集会とかそれぞれ一度だけ参加したことがあるけれども、洗脳されている人たちの様子を見ていて思ったのは「自分が洗脳されることはどうやらないらしい」ということ。というのも、金儲けそのものに対して興味もなければ、健康不安もないし、宗教に救いを求めるような価値観も持たない人間だからだ。興味深い経験ではあったものの、客観的に見てもまるで異次元の空間でしかなかった。
知り合いが、友達が、家族が、といった近しい人間関係にある人たちから誘われて断れない人たちというのは、騙されるまでは時間の問題ということになり、自らの意思で拒否できない以上、生涯騙され続けることにもなりかねない。同調圧力は反吐が出るほど嫌悪するものだと私は思っているので、おそらく今後の人生でも自らの意思に反してそうしたことに巻き込まれるようなことはほとんどあり得ないだろうと思っている。
自分の意思を他人に委ね、行動を他人に言われるがままに選択する、そういう機会が多ければ多いほど人生そのものを搾取され続けていく。
正直ね、政府の非正規雇用制度や増税なんかも、RPGで言うところの「デバフ」なんだと思う。攻撃までのターンが遅くなるスロウ、一切動くことができない麻痺を意味するスタン、3ターンHPが削られる毒、3ターン眠らされるスリープなどといった状態異常、こうしたことが社会においても度重なってきていて、給料が上がらない、物価が高騰する、生活を圧迫され、予期せぬ事態に陥ることになっている人たちが多く存在している。
挙句の果てには新型コロナ元年からついに満3年が経ち、冬季特有のインフルエンザウィルスとの合併感染も懸念されている始末。ウクライナ情勢も出口が見つからないまま泥沼化していて、どんどん弱体化してきている日本経済もまだまだ先が見えないまま道連れになりつつある。
こういう状況下で自己責任論とか突き付けてくる人たちの頭の中は理解に及ばない。絶望ばかりが深まる中、それでも資格にしがみつこうとするのは、未来の自分を闇に堕とすことになりはしないだろうか。誰一人としてそこに責任を負うことがない今の日本社会では、自分の頭で考えて、自分の意思で選択し、誰に言われるでもなく行動する必要があるように思う。
闇を暴くことに必死になっている現代の異様な傾向は、社会構造を一度は崩壊へ導いていくことになるような気がする。その過渡期に私たちは生きているのだと認識したほうがいいかもしれない。