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【職場改善note有料マガジン】No.0016・・・会社の方向性はそこに属す全従業員の熱意で変えることができる。働く個人は皆ギアと同じ。

 縦社会でも社会が動き続けられたのは、時代の変化に助けられた部分が大きいと言える。 会社組織に属す人々が、言われたことだけやっていても弊害なく仕事が回り続けたのは、社会が必要としているものが明確で、毎月どれくらいの需要が見込めるかも容易に計算できたからである。

 モノというモノが社会に溢れ、技術革新による製品そのものの性能アップデートは加速し、開発された製品がたったの数年で過去のモノと化し、人々は次々と新しいモノを求めるようになったわけだが、近年では「安くて古い型のモノでも十分に事足りる」という概念が広まりつつある。 いや、もう何年も前からそうした概念は一つの業界として社会に根差してきたように思う。

 では、自動車はどうか。 車離れはどんどん進みつつある。 これは、日本の景気が回復したとされるここ数年において、一般市民にとっては体感するに至らないほど小さな景気回復でしかなく、これまで生活の一部であった私有の自動車を維持することが難しくなり、車を手放すことが最良の選択である、と考える人たちが増えてきていることの現れである。

 高度成長期にあった日本と、1997年以降20年余り、ずっと景気低迷している日本とでは、社会全体のスタミナが全く違い、これからも日本では維持できなくなって「終了する物・事」が次々と出てくることが予想される。 教育の現場である小中高大のみならず専門学校や塾も、これからはどんどん廃校と合併していき、おそらくどこかのタイミングでオンラインでの学歴取得が基本的な国の教育制度へと変わっていくのではないかと思われる。

 少子化社会は、もちろん企業にも影響を及ぼし、現在においても可能な限りとにかく人を採用しようと門戸を広げている。 製造業の中でも、近い将来を考えた時にいずれ需要が途絶える製品に関しては年々減産体制へと移行していき、工場における生産ラインで「何を製造するか」も新規需要を狙った製品へと切り替わっていくことが予想される。 しかし、需要が拡大すると、供給できるだけの人材や設備投資も拡大しなければならなくなるわけだが、人材に関しては限りがある。

 現在の定年は60歳だが、それも近いうちに65歳まで引き延ばすことになる。 労働人員の確保は若年層だけをターゲットにしていても、退職者の増加が続けば必然的に企業組織はスタミナを落とさざるを得ない。 それに、30年40年と経験を積んだベテラン社員が退職していくとなると、若い社員の教育が追い付いていない企業は、生産量を確保することも品質を確保することも難しくなっていく。 これまで安定した利益を生み出すことができたのは需要に助けられた部分は大きいが、その需要に応えられるだけの人材と設備投資があったことも言うまでもない。

 何が良いたいかというと、企業組織が今まで掲げてきた方針や規則というのはかつて順調だった時のものであり、現在厳しい状況下に置かれているのであればそれらも現状にシフトしていかないと問題は次々と生じてしまうということ。 その都度、責任の所在にばかりこだわり、ペナルティーをどうするかに心血を注いでも、職場環境は悪化の一途を辿る、そんなことは誰もが容易に感じることのできるものなのに、どういうわけか上層部が「変化」を嫌ってしまうため皆が皆これまでどおりのやり方に従ってしまい、裏ではブツクサ文句を言うに留まってしまう。

 業績悪化はそうした職場環境の悪化に拍車をかけることになり、職場内の人間関係のトラブル、作業中のケガ、通勤時の交通事故、そして、最悪のケースになると内部不正にまで及ぶことになる。 こうした状況下では「誰が悪いのか」を考えても無意味であり、改善には至ることがない。 こうなってしまっては、この職場の空気を一新することも非常に困難になる。 企業の上層部が無能だといつまでも放置されることになるが、上層部だけの責任ではなく、現場で働く全ての従業員にも当然責務がある。 従うだけのぶら下がり人間の集団では、誰一人、方針改定を提案することがない。

 規則、ルール、ペナルティー(罰則規定)、安全や品質に関する活動、そして評価体制、これら全てには必ず「無駄」が存在する。 それを知っていて黙って従うのは「私にはそれを排除する意思がありません」と暗に示しているに過ぎず、職場は誤った方向へと進んでいくことになる。 そんな中でいくら役職者を集めて会議を開いたところで何も変わらない。 それどころか無駄にコストをかけて無駄な会議をすることになる。 一体何がしたいのか自分たちですら見失ってしまってるんじゃないかとさえ思う。

 一度、腹割って、無駄だと思うことを全て洗い出して、役職者全員で共有してみたらどうかね? それこそ集まって会議を開く意味があるように思うんだけど。 立場なんかどうでもいい。 本気で職場を良くしようと思うのなら、全従業員から無駄だと思っていることを吸い上げて実態を把握すればいい。 身内でやることなんだから恥も外聞も気にしなくていい。 そのことを、トップにいる人間が職場全体に発信すれば、従業員だって心を開くに違いないとボクは思うんだよね。

 そして、集まった全ての無駄を層別して、「無駄であること」と「無駄ではないこと」に分ける。 無駄ではないことに関しては一つずつ説明を添えて展開し、無駄な事については問答無用で排除する。 その段階まで進めば、排除したことに変わる最適なルールや規則や取り組みを議論に議論を重ねて嵌め込んでいけばいい。

 医療においては、病気に関して「病理」が明らかにされている。 しかし、不治の病に関しては科学的に立証できていないものもある。 おそらく、製造現場における「理」にも、それに相当する解決不可能な問題はあるのかもしれない。 それでも、「理」が通じるものに関しては、素直にそれを元に職場内の問題を是正していかなくてはならない。 それができなければ、治せるはずの初期のガンでもステージ4(末期)まで放置すれば根治は不可能と診断されるように、会社組織もステージ1~4で存続可能か倒産必至かを診断できるとして、大小様々な問題を放置し続けた結果、ステージ4に追い込まれることにもなり得る。

 シンプルに、職場が病に侵されているかどうか、従業員一人一人の目と体感で診断するのもいいかもしれない。 病に侵されているとして、どこの何が悪いのかを明らかにすれば、対処法だって見えてくる。 では、職場が悪化しているとして、処方箋は何だろうか。 都合の良い薬はない。 必要な薬は勇気と熱意ではないだろうか。

 従業員一人がギアとして組織の一部を担っているとして、ただ従うままに右方向に回ってきたのを、自分の意思で左方向に回転すれば、その人を基準に周りにいる人たちが自分のギアに噛み合わせて回り始める。 連なるギアは、最終的に会社組織の核となる最も大きいギアをもこれまでとは逆方向に回転させることになる。 結局、個人の意思によって会社の方針は決まるんじゃないかな。 それを、普段現場を見ていないトップの人間たちに任せっきりにしてしまうと、彼らは書面上の報告しか知らないでいて指示命令をする。

 重役の視察? 現場の人たちが素直に実態を見せ報告すると思う? してないでしょ絶対(笑) 隠している部分があるから職場が悪化し、製品は品質を落とし、クレームが生じているわけで、現場に何も問題がなければそんなことにはならないはずでしょ。 1から100までの報告のうち、10もしくは20のウソの報告があれば、そこから職場は腐敗していくんじゃないかね? それが人材に問題があるのか、管理方法に問題があるのか、設備に問題があるのかによっても対処法は異なるだろうけれど、それを見抜けないのなら視察なんかいくらしたって無駄でしかない。

 血の通った言葉のやり取りでしか職場の病は治らない。 それに関する発信活動を、許される限りやっていこうと思う。 

 終身雇用制度が年功序列の出世街道を敷いてきたわけだけど、それも終わる。 能力のある者こそ上に上がるべき。 ようやく社会は変わる。 企業も変わる。 そして、働く人も変わる。 同じ会社で一生働くという概念は過去のものになる。 派遣社員が実質的に正社員よりも高い能力を持っていても待遇で差を付けられているのがこれまでの在り方。 いよいよそれも是正される。

 勉強はしておいたほうがいい。 今からでもね。 ただ会社にぶら下がって好待遇を受けてきた人たちにとっては厳しい世の中になるだろうね。 ツケが返ってきたんだよね、おそらく。 定年退職の退職金が企業にとってはかなり重しになっているはずだから、金回りも変化するんだろうね。 そして徐々に、均衡化していき、これまで開きに開いた格差を是正する狙いだろう。 人事考課もその評価体制を改めることになるね。

※うちの派遣会社はすでにそれを推進しつつある。 全国に展開しているから、もし働きたいと思う人は斡旋しまっせ。 紹介料も結構高いし。 アルバイトでは生活厳しいでしょ。 特に資格がなくても簡単な仕事で毎月そこそこの給料は貰える。 紹介された人も貰える。 正社員登用もあるよ♬

 仕事上の負担を軽減しながら個人で勉強していけば、なかなか良い暮らしを実現できると思う。 話を聞いてみたいという人は「にゃむ」までご連絡ください。 今のところnoteユーザー限定で情報展開します。

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