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~より大きな挑戦は自分だけでなく、その過程で他者をも救う~


始まった航海

代表を務めるRBORTが、「天草の健やかな未来を支えたい」をMISSIONに掲げ、いよいよ海に出た。処女航海は、2024年9月21日「The Amakusa Cauldron」。「天草の医療は、事務の力で変えられる」をテーマに、セミナーを開催した。

「Cauldron(カルドロン)」は、坩堝(るつぼ)のことで、高熱を利用して物質の溶融・合成・保温を行う際に使用する耐熱容器で、化学分析では重量分析のほか金属の溶融等に利用される。天草の医療・介護に情熱を燃やす人たちが知識やスキルを持ち寄り、それを各々の情熱で溶かし、新たなものを産み出したいという思いを込めた。

当日は、運営する私たちとゲストも含め40名以上が集まった。天草の人を対象にしていたが、私のSNSを通じて、熊本県内、佐賀や福岡、遠くは、なんと群馬から参加があり、坩堝と銘打ったことを後悔しない陣容になった。

Guest Speakerは、松下会白庭病院(奈良県)の、じん亭勇介さん。社会保険田川病院(福岡県)の、小塩誠さん。二人と私は、全国の医療・介護の従事者が集まるオンラインコミュニティ「wellmax(ウェルマックス)」で、日々情報交換をしている仲間だ。


じん亭勇介

じん亭さんは、X(当時は、Twitter)で、2020年の診療報酬改定の自作資料を公開した際に、wellmaxメンバーの中で時の人となり、小塩さんが入会を誘って知り合うことになった。私との直接的な接点は、2021年7月に開催された「医オン研×せとねっと On-line LT大会」で発表者として一緒に登壇した時になる。

LT(Lightning Talks:ライトニング・トーク)とは、「電光石火のごとく速い速度でプレゼンをすること」が由来。様々な形式があるが、持ち時間が5分という制約が広く共有されている。

私は、東京オリンピックの開会式を見るのを我慢して、5分厳守のトレーニングをして臨み優勝した。後日、病院へ『白庭病院のじん亭です。』と電話があり、私のスライドを渡したことがきっかけで交流が始まった。後で聞いたところ、お守りとしてその資料を普段からノートに挟んで持ち歩いていたそうだ。

彼のプレゼンを見た人は、その資料のクオリティに圧倒される。唯一無二の人だ。今回は、そのマインドセットや経験が、彼曰く過去最高傑作の資料に昇華されて披露された。会場から時折漏れる感嘆の声は、講演が進むにつれて静かになっていき、参加者は「じん亭勇介」という才能に圧倒されていた。

彼の才能は、ビジュアルを整える一瞬の閃きではない。診療報酬改定動向をつぶさに追いかけ、何度も何度も自分の中で租借し、伝えたい人をイメージし、シンプルなメッセージを紡ぎ出し、それを、日頃から学んだ知識と蓄積した素材を用いて、とことんわかりやすく伝えようとする情熱にある。徹底的で、圧倒的で、それでいて優しいのだ。

誰かに伝えるという作業に真摯な姿勢は、資料への感想を自ら集め、次にフィードバックさせている過程からも伺える。今回の資料も、作っては捨て、作っては捨てを繰り返し、6回目でようやく納得できたものができたという。作ったものを修正するのではなく、文字通り捨てて、一から作り直すそうだ。何度も作り直すことは、彼にとっては日常で、そうして、圧倒的に多くの資料を作っているからこそ、人を圧倒させる傑作を産むことができる。

そんな彼は、出会ってすぐの頃から、なぜかわからないが、私が呼ぶならどこにでも行くと言ってくれていた。RBORTの処女航海に「じん亭勇介」を乗せないわけには行かなかった。

そして、もう一人この人を乗せないと海に出れない、いや、そもそもRBORTという船さえ存在していないという人が「小塩誠」である。


小塩誠

彼を一文で表現しろと言われれば、「福島義男が自伝を書くならば、章のタイトルになる人」である。

「小塩誠」との遭遇は、今でも鮮明に覚えている。私が、現職の病院事務長になった2019年に参加した「九州地区医師会立共同利用施設連絡協議会」。ここで登壇者として壇上に上がったのが小塩さんだった。

彼は、当時、宮崎市郡医師会病院で経営企画の仕事をしており、データ分析スキルを駆使して、自院の経営を改革している話をした。圧倒的過ぎて、質問がほとんどなかったように記憶している。私が鮮明に覚えていることは、実は彼が壇上にいた時ではない。発表を終えた彼は、私の5つほど前の席に座り、次の発表者の話を、前のめりで、食い入るように聞いてペンを走らせていた。あんな凄い発表をした人が、他者の話をあんなに真剣に聴いている。その姿勢に衝撃を受けた。

九州地区の医師会が運営する多くの病院が参加するこの協議会は、初日の最後に、数百名規模の懇親会がある。初めて参加した私は、その規模に圧倒されていたが、どうしても「小塩誠」の中に「福島義男」を刻みたいと思い、勇気を出して歩を進め、彼のもとへ行き名刺交換をした。

私の病院事務長としてのキャリアの全ては、この名刺交換から火が付いたと言っても過言ではない。思い返せば、火花が散った瞬間だったと思う。当時からすれば、考えられない人々と繋がり、仕事ができている。人は情報を持っているので、誰と出会うかは仕事だけでなく生きていく上で大きな影響力になる。じん亭さんとの出会いもなかった。普段一緒に仕事をしている人との関係もなかった。ポジティブ過ぎると言われるほどメンタルも強くなった。できていないことや、できなかったこと、後悔していることもたくさんあるが、それでも今、RBORTという新しい挑戦を始めるほど活力にあふれているのは、彼との出会いなしにはありえないことだ。

実は、5年前も彼は天草を訪れて、話をしてくれたことがある。当時は、私が勤務している病院で自院の職員むけのセミナーを開いた。それ以来の天草で、今回は私が主催し、天草の医療・介護従事者へ向けて話をしてくれた。

「小塩誠」も、情熱の人だ。彼の言葉を借りるならば「執念」の人だ。彼の日頃の仕事に対する姿勢を見ていれば、その執念の源が並々ならぬものであることがわかる。今回の講演も、もちろん凄かった。彼の参謀としての姿勢に、だれもが感嘆したと思う。私は、心配していなかったが、彼は自分が今回天草の人へ何を伝えるべきか相当悩んでくれたらしい。日本の病院を、1つでも多く良くしたいという彼の執念が、今回の参加者へきっと届いただろう。あの日あの時「小塩誠」に遭遇した「私」が、また生まれていたら嬉しい。


挑戦がもたらす未来

20名ほどが参加した懇親会は、美味しい料理が何だったかを忘れるくらい盛り上がった。二次会で、5年前の私と今日の私の違いを小塩さんと話した。あの頃から考えれば、今日のセミナー開催は考えられないと。

診療放射線技師として、今の病院で20年近く働いてきた私は、事務長になることが挑戦だった。今でもどこかで思っている、『お前が事務長なんて大丈夫か。』と。病院の同志とクラウドファンディングに挑戦し、1300万円の支援金を集めて白内障手術装置を更新した。その挑戦は、複数のところで発表する機会を得て、新たな出会いを生み、それを聞いた当時の知人は、自院でクラファンを企画し成功させ、同志になった。新たな出会いは、新たな挑戦をもたらし、さらに新たな出会いを生み、さらに新たな挑戦をもたらしている。その一つが、RBORTだ。

私の好きな言葉の一つ、「より大きな挑戦は自分自身を利するだけでなく、その過程で他者をも救う」。

この言葉のポイントは、「成果」ではなく「挑戦」であるところ。

RBORTの航海が、どこへ着くかはわからない。元の港に戻ってくるのか、座礁するのか、嵐で木っ端みじんに砕け散るのか、海賊船に襲われて乗っ取られるのか。その結果は、極論すればどうでもいい。

私たちの挑戦が、今回参加した誰かの挑戦をもたらし、その人を見た誰かが何かに挑戦する。そして、それを知った誰かがまた・・・。私が、ある日知る壮大な明るいニュースが、私たちが9月21日に始めた小さな挑戦から始まっていたら、こんなに嬉しいことはない。だから、挑戦はやめられないし、とめられない。

あの日あの時、「小塩誠」に声をかけた私の航海が、天草の、日本の、世界の、よりよい未来の航路に繋がっていれば、命が尽きるときに、きっと笑っていられると思う。


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