朝焼けを一緒に見た日――『Inverted Angel』プレイ感想
白状するのだけど、私は『ドキドキ文芸部!』が苦手だ。
お気持ちとかメタフィクションがどうとかではなく、自分のPCに干渉されたりグリッチみたいなエフェクトが出るのが単純にめちゃめちゃ苦手なのだ。
だけど出会ってしまった。『Inverted Angel』に。
鳴らない足音は天使の訪れか、それとも。
知らない女性について
あらすじを読んだときから、そしてタイトル画面の配色を見たときからなんとなくだがそういう予感はしていた。そしてレビューの各所に散見される「第四の壁」というワード。
乱暴な括りなのは承知の上で、このゲーム『ドキドキ文芸部!』フォロワーであろうという確信が自分の中であったのは間違いない。(あるいは『NEEDY GIRL OVERDOSE』フォロワーだろうか。こちらは未プレイなので私はなんとも言えない)
実際に起動してプレイしてみたらなんだか小難しい言い回しや比喩を捏ねる女の子が出てきたぞ・・・
この子、どうも他人とは思えないし既視感もある。”知らない女性(謎の訪問者)”の側も私みたいな人間と一緒くたにされるのは御免かもしれないが、私もどちらかといえば日常の一部を言語化して回ったり、まどろっこしい理屈を捏ねたりする側の人間だからだ。
やはりこのゲームについて語る上で彼女のことを避けては通れない。
言い回しが回りくどいけど地頭の良さをひしひしと感じさせ、感情に走りやすい割に冷静なところもある。正直かなり好きな造形だし、同時にただのキャラクターとして記号的に割り切れないような生々しさも感じた。
チューリングテストやストックホルム症候群、自然主義的誤謬に羊飼いの話など、彼女が挙げる単語は哲学的示唆に富んでいる。主人公でなく自分が後ろめたいこともなくやり取りができるんだったら普通に会話してみたい。
彼女の立場はルートに応じて変化するが、大元の性格というか根幹には共通した思考が宿っている。
彼女の中で醸成されてきた思考を端的に表現する言葉だと思うし、実際ルートを跨いでゲーム内でも繰り返し言及されるので、それだけ彼女にとっても重要な言葉なのだろう。
そんな彼女の本質(あるいは表層)に対してどういう感想を抱けるかがプレイヤーそれぞれのこのゲームの評価に大きく関わってくるのだと思う。前述した通り私はめちゃめちゃ好みで、ややホラーじみた演出を含む推理ゲームという苦手なジャンルでも彼女とこのゲームのことが頭から離れなくなってしまった。
ちょっと話がずれるけどBGMがおしゃれかわいくて良い。雰囲気が変わるときはしっかり緊張感も演出してくれる。最終推理のBGMかっこいい……。
もしもこのnoteやストアページのスクリーンショットを見て彼女に興味が湧いたのなら、本作をプレイしてみるのもいいかもしれない。穏当な結末に関しては保証しかねるけど……最後までプレイすれば満足いくことは約束しよう。
私が覚えた既視感や生々しさについて少しばかり深堀りすると、私にこういう変に小難しい会話をできる仲の女友達がいたことに起因している。過去形なのは喧嘩別れの形になり今はブロックされているから。
そういうわけで苦い思い出が蘇り胸が詰まるような思いと同時にどこか不思議な懐かしさのようなものがあった。当時はひどい言い合いになり、私自身辛かった記憶や感情に蓋をしてしまったので細かいことは覚えておらず、楽しかったやり取りだけが表層的に残っている。我ながら都合の良い人間だとは思う。
話が逸れてしまった。
自由入力の推理ゲーム
プレイヤーは見知らぬ女性の正体に迫りながら、同時に主人公がどういう状況に置かれているのかも含めて推理していくことになる。
そして、ルートに応じて主人公と彼女の関係性もまた大きく変化する。
このゲームは定期的に求められるテキストボックスへの入力を通してルートが分岐する。AIが文章を判定することでルートを選別しているのだそう。すごい(小学生?)。
このテキストボックスがなかなか曲者で、大雑把に言うと彼女の正体を推測する過程で突入するルートが変化し、最後に真相を究明するパートに入る。
はっきり言うとこのゲームは難しい。もともと謎解きは得意ではないけど、少なくとも私にはすごく難しかった。大袈裟かもしれないがマークシートではなく記述問題をやる、みたいな困難さが私にはあり、ゲーム自体の雰囲気も相まって大半がルート突入の条件を攻略サイトで知ることになった。
そんな私の感想なのだけど、よかったらクリア後に読んでほしい。
訪問者だけでなく、主人公のポジションもルート(プレイヤーの回答)によって大幅に変化するのが見ていて新鮮味がある。
AIが文章を判定するシステムも絶妙で、プレイヤーがミステリーを暴くのにこれほどクリティカルなシステムもないと思う。判定の精度に関しても私自身はそれほど問題とは思わなかった。
が、矛盾を会話やログから拾いあげて突きつける、というゲームスタイルが若干私の苦手な分野だったことは否めない。自力で解けたものはお世辞にも多いとは言えず、なんというか惜しいことをした気持ちになる。
総評として、間違いなく名作だがそれはそれとして様々な面で苦手な人はいるだろうし、闇系のノベルゲームや難しめの推理が苦手な方に考えなしに勧めるのはちょっと立ち止まったほうがいいかも。
ウミガメのスープとかそういうのが好きな人はめちゃくちゃ満足できると思う!私自身は満足しているのでヨシ!とても良いゲームだったのでまだプレイしてない人は今すぐ買ってプレイしてください。
最後に改めて言いたいのだけど、このゲームは本当に楽しかったし、面白かった!
以下エンディングについて。このゲームに少しでも興味が湧いた方はできる限り自力で謎の訪問者と向き合ってみてほしい。自由入力が苦手な方はルート突入の分岐までは調べてもいいと思う。
エンディングについて(ネタバレ)
PLUGOUT
最初に辿り着いたエンディング(バッドエンド)。心臓に悪い!
主人公は記憶喪失なんじゃないか?という推理が輪郭を与えられるカタルシスをここで初めて感じられた。本当にすごいゲーム。
彼女がウイルスを作り出した、と入力欄に恐る恐る打ち込むときの悪寒は間違いなく他のゲームでは味わえないものだった。(私は彼女がウイルスを生み出したというバイオハザード的な想像をしていたのだけど、AIがいい感じに解釈してくれた)
突然思い出す軟禁の痕跡、そしてミラウイルスの存在。すべてが穏やかじゃない。なんかもう普通に苦手なタイプの怖さで、逡巡程度の迷う時間の後私はアイスピックを突き立てていた。そうしなければ自分がやられる、と信じてやまなかった。こうして振り返ると私も錯乱してないか?
Cheesecake Hallucination
「明後日の方向の綺麗な明日を」
「PLUGOUT」のあとすぐ攻略を見ながら到達した実績「First Role」が解除される最初のエンディング。最初のテキストボックス本当に何も思い浮かばなかったというか……頭が真っ白になってしまったというか……正直に言うとちょっと心が参ってしまった。だって怖いんだもん。
それはさておき、未来から来た恋人、を演じている、というエンディング。
でも弟が南極観測隊に選ばれたという公表されていない情報を知っているなど謎は残る。彼女は本当に未来人だったのだろうか?あるいは弟と接点があったのかも。このあたりの想像の余白に良さがある。
結局ストーカーには変わりないんだと思うんだけどなんだか不思議な読後感が残った。地図の話がルート突入の過程で回収されるの熱い。
Chocolate Hideout
「やたら綺麗に汚れた記憶」
PLUGOUTで玄関を開けなかったときに到達するエンディング。
彼女の正体は元恋人に束縛されまくった主人公のメンタルケアのために派遣された実質的な訪問カウンセラー。だけどカウンセリングをするうちに情が湧いたのか恋愛関係になった。
本人も言ってるけど……カウンセラーとしては失格!
先にPLUGOUTに……というか初周一直線でPLUGOUTだったので真逆の結末を迎えびっくりした。原稿用紙について話したくなかったのもおそらくウイルスですべてを忘れている主人公に辛い記憶を思い出させたくなかったのだと思う。けど一般女性なら笑いながらああいう演出するのは控えてほしかったかな!!ウイルスの影響で記憶が混濁して幻覚を見てたのか……?
彼女の正体も穏当なもので個人的にいちばん好きなエンド。私自身カウンセラーと縁が多い人生だったのでなんというかそういう贔屓目もあるかもしれない。
攻略に頼る過程の私のミスで解答を見てしまったルートなのだけど、このルートの最終推理は「『誰か』と『目の前にいる彼女』の違い」であり、『彼女』の本質に迫る問いであり、チューリングテストの話とも掛かっていて痛快。自力でたどり着けたらさぞかし気持ちよかったんだろうな……無念。でも周回が少ない段階でこの結論に自力でたどり着くのは私にはちょっと難しい気もする。
ちなみにあとでPLUGOUTやり直したら無実のカウンセラー役の女の子を問答無用で刺してた事実に直面してめちゃめちゃ動揺しました。俺はなんてことを………………。そりゃ清廉潔白とは言い難いけどあんまりすぎる……。
ジャンプスケアじみた演出もアイスピックに込められた怨念だったのかもしれないね……。
Higher Girl Pudding
「女子力は自分のために」
主人公がカス!
Inverted Angelはカスタードプリンの花言葉を教えてくれる最高のゲーム。みんなに花言葉教えて回りたい。このエンディング好き。
Scarlet Icecream
「あまくてすっぱい味がしたの」
グロいやつ。
最初は彼女が大家さんのことも……?とか思ってたらヤバかったのは主人公側だった。
培養肉なんて単語がキーになりそうなのはウイルスのエンディングを先に見ていたのでなんとなくわかっていたけど……。
プレイ中実質的に彼女(とプレイヤー)が探偵側になるのは面白かった。主人公と女性の行動とその結末は…………。
このゲーム、悍ましい結論を自分の手で入力するのがけっこう心に来ますね。そして真実であってほしくないと思いながら送信ボタンを押す心境よ。思い返すと演出がどうこうよりこの辺の構造的なしんどさがいちばん心にきていたかもしれない。
最終推理のほとんど正答に辿り着いていたけど言葉のあやというかゲームの判定に弾かれてなかなかクリアできなかった。そういうこともあるよね。
あと油断してたらやっぱりホラーだった。もう帰りたい。意識が薄れていくのが歪むテキストに現れていてこわい。
やけにしっとり感を強調してくる。これもまたハルシネーションか。
Invalid Angel
「私はあなたの恋人」
突入時に一番ビビってたルート。選択肢への干渉とか強制リセットとか、やっぱり苦手だ……。
一度到達すると二度と入れないルートらしく、分岐を潰す手法もこのEDと噛み合ってて振り返るとかなり印象深い。
Rusty Caramel Cage
「みんな生活が人質みたい」
やべー奴とやべー奴のマリアージュ。今すぐ捨ててきなさい!ルートが確定してしまえば謎解き自体はやりやすかった印象。
女性であることを理由に希望していた進路を選べなかったのは残念なことだけど、犯罪に手を染めていい理由にはならない……んだけど主人公が言えた義理じゃねえだろ!!!!!
後半にかけてシンプルに難解だったので機会があれば改めて咀嚼し直したい。正直めちゃめちゃ怖かったので読み返したくない
厭世的な友人との会話がヒントだろ!と思ってガールズバーの店員一点張りしたら秒殺(2秒で刺されること)された。そらそう。
Fool on the Sugar Board
「死んで治すほどでない馬鹿でありたい」
ルートに入るのも最終問題も苦労した。
主人公も主人公だが急に街の民度もひどい。
最後まで最終問題の解答がわからず、答えを見てもこの結論は今の私の頭じゃ出ないわと謎に安堵感があった。シンプルに私の知識が足りなかった。
等価交換という単語がやけに強調されている気がしたので、いろいろ捏ねてワードを打ち込んでみたものの、ミステリーの造詣がなさすぎて結論のトリックに結局辿り着けなかった。
それはそれとして現恋人も殺人に躊躇がなくて怖いよ!!ゲーマー特有の最後の賭け的な思考でこのサジェスチョンが出てくるの怖すぎる。
こうなることを見越していたのが半分、最悪(主人公が)死んでもいいやが半分で賭けに出たのとんでもない。とはいえボードゲームでの順番決めに拘ったのも結末を見越していたのを示唆している感じがするし、全ては砂糖菓子の盤上なのか……?恐ろしい人………………。
Inverted Angel
唐突に、窓ガラスが割れる音がした。
おわりに
ゲームを通して苦手な展開もあったものの、全部が最後のルートで報われたような気がした。最後までプレイして本当に良かったと思う。
刺したり刺されたり、カスタードプリンの花言葉を教えてもらったり、そうやって彼女と過ごしてきた時間は全て無駄ではなかった、ただ私が怖がってるだけの時間ではなかったのだと、最後に悟った。
あとシンプルにさ、「天使は足音が鳴らない」ってロマンチシズムすぎてさ……いいよね……。
初めてプレイしてPLUGOUTに到達してからこのゲームのことばかり考えていた。間違いなく私にとっても楽しい時間だったのだ。
そろそろ朝焼けを見に行こうか。