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変わらないもの(silent #4)



今回の放送で印象深かったのは、「変わっていない」という言葉。



変わらないために、変わる


高校卒業ぶりに再会した同級生たちは、湊斗も含めて、「想はなんにも変わってない」「佐倉くん変わらないね」と評した。外見はもちろん、サッカーが大好きなところも、仲間たちに囲まれて楽しそうにしているのも、たまに見せる悪戯っ子な面も、彼らの思い出の中の佐倉想のままだった。

事前に想の病気について聞かされていた彼らはきっと、その残酷な現実に際して、多少なりとも性格が変わってしまったのではないかと危惧していたのだろう。けれど実際に会ってみると、耳が聞こえないということを除けば、彼は昔のまま、明るくて優しい、自分たちの知っている佐倉想だった。その事実にひどく安堵したに違いない。


しかし、本当に変わらないものなど、この世には存在しないと私は思う。以前にも触れたことがあるが、福沢諭吉の著書『学問のすゝめ』の中に次のような言葉がある。


進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。進まず退かずして瀦滞する者はあるべからざるの理なり。



つまり、この世にはその状態のまま瀦滞し、変わっていかないものなど存在しないということだ。彼らの目に想が昔と変わらずに見えたとするならば、それは、想自身が必死に周りと同じように前に進んできた証拠だ。紬が想いを馳せたように、音のない世界で生きることを余儀なくされたこの3年、受け入れがたい事実と、受け入れざるを得ない現実の中で、想はどれだけの苦しみを乗り越えてきたのだろう。大好きなサッカーを続けていたくて、でも聞こえない自分を受け入れることも苦しくて、結局諦めてしまったデフサッカーのように、たくさんのことを諦めてきたのかもしれない。そんな人生が嫌にならないわけがないのに、それでも彼は今もなお、他人を思いやる心を忘れず、聞こえていた時と同じように優しい。それがどれだけの努力の上に成り立っているかを想像すると、佐倉想という人間がより愛おしく思えてならない。

絶望的な状況下でも正しく美しく生きてきた彼に、どうか絶望を上回る大きな幸せが訪れますようにと、そう強く願ってしまう。




変わっていないから、苦しい


一方で、湊斗はあの頃と変わっていない現実に小さく胸を痛めていた。あの頃と変わらない想が嬉しかったのは事実だし、あの頃と変わらず、湊斗は想のことも紬のことも大好きだった。大好きな二人だから、幸せになってほしいと思うのは、どこまでも優しい彼にとっては当然のことだった。けれど心の片隅で、紬の幸せの隣に自分が居られたらいいなと、願わないわけがない。湊斗はいつだって、紬のことが好きなのだから。だから湊斗は、ほんの少しだけ、想が変わってしまっていることを願っていたのかもしれない。


でも、想は全く変わっていないように見えた。彼女かと思った女性は友達で、恋人も作っていなかったし、紬にも湊斗にも、他の同級生たちにも優しくて、自慢の親友のままだった。


そしてあの頃と同じように、想の隣にいる紬の笑顔は、どの瞬間よりも可愛く見えてしまった。


紬も認識しているように、湊斗は自己肯定感が低い。湊斗自身すごく魅力的なのに、自分はつまらない人間だと思い込んでいるきらいがある。湊斗がそう思っている原因は、きっと彼がリードするタイプではなく、受け身だからなのだろうけれど、その驕らない性格ゆえに周りをよく見て細やかな気遣いができるのだから、そこが彼の美点でもある。それを紬は分かっているけれど、湊斗本人が認めていない。だから彼は高校時代からずっと、自分とは違う想に憧れ、そして同時に、想の存在がコンプレックスだったのだろうと思う。


そんな湊斗だから、昔と変わらないように見える二人が幸せになるには、自分が身を引くしかないと考えた。


自分といるよりも、想といる方が紬が幸せになれるだろうから。想の方がお似合いだから。


そう結論付けて紬を手放すことで、この先「もしも自分が想だったら」と悩み苦しむことから逃げたいから。


後者の理由すら認めることができる湊斗は本当に誠実で賢く、素晴らしい人間性を持ち合わせているのに、どうしたって彼は彼の魅力を認めない。もしも私が同級生なら、毎日だって彼に彼自身がいかに魅力的な人間であるかを説き続けるのになと思ってしまった。


そうして湊斗は、奇しくも憧れ続けた想と同じ言葉で紬に別れを告げた。



「好きな人がいるから、別れよう」



この言葉に詰め込めるだけの紬への愛情と、想への信頼を込めたに違いない。こんなに人のことだけを考えて、自分の幸せを後回しにしてしまう湊斗にも、どうか幸せになってほしい。これまで人のために諦めてきた彼の幸せの分、いやそれ以上の幸せが彼に降り注ぎますように。




想も紬も湊斗も、全員が優しくて正しい。全員が幸せになって然るべきだ。数か月先に迎える最終回では、3人が笑顔で笑い合っていることを願って、この先の彼らを見守っていきたい。







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