ハッタリと言い切った津川雅彦
役者の仕事はハッタリでございます
津川雅彦という俳優が好きです。
2018年8月4日に、亡くなったいまでも好きです。
津川さんは、不思議な俳優で、どんな役にもなりきれるのに、どんな役をやっても津川雅彦という人そのものなのです。
目の使い方、ハキハキした口調、体躯のさばき方。
いつも津川雅彦なんです。
それなのに、劇中の人物が本当にいるかのように感じさせてしまう。
演技力といえばそれまでですが、僕はその演技力について尋ねました。
「ハッタリ。ハッタリでございます。僕の俳優としての演技は、できるふりをしてみせるだけのハッタリ。他には何もない」
いやいや、その答えには裏の意味があるんじゃないか。
「今回の役は、僕の実年齢よりも2歳年上だった。2年先の老け方をしなくてはならなかった。それとね、あの役の男の人生ね。戦艦の乗組員だった。その戦艦は太平洋に沈んだ。でも海底で見つかった。ニュースになる。周囲が騒ぐ。そのときに僕が演じた元乗組員の老人は、驚かない。騒がない。彼のなかでは戦艦が沈んだ後の70年の人生は、決着がついているんだな」
だから、静かに歩くだけ。
少し背を丸めて、無口で、表情は一瞬しか変わらない静かな老人になる。
脚本を読んで、津川雅彦は自分の役柄への回答を演じたのです。
それは本当にハッタリなんでしょうか。
本当に永井荷風がそこにいた
僕の好きな映画に『墨東奇譚』があります。
1992年の新藤兼人監督作品。
主役の永井荷風を演じたのが津川雅彦です。
映画のストーリーを文章で延々と述べるのは飽きられる。
だから書きません。
機会があったら観てください。
永井荷風の生活の描写。若い頃から、孤独死するまで。
津川雅彦の演じる永井荷風が、浅草の洋食店『アリゾナ』で、老齢ゆえに咀嚼ができない、それでも食べようとする。ヨボヨボの老いぼれ小説家、永井荷風が、いやはや本当に、そこにいたのです。
僕もまた浅草生まれで『アリゾナ』も知っていて、永井荷風を読んでいて、僕ほど浅草の永井荷風を理解しているヤツはいないぞ。と心のどこかにあった矜持、自信、うぬぼれが、一瞬で吹き飛ばされたシーンでした。
僕のうぬぼれを吹っ飛ばしたのは、津川雅彦さんです。
京都生まれの津川さんが、江戸っ子の永井荷風になっているのです。
永井荷風は、こんな人だったんだ。
そう信じさせる演技でした。
それをハッタリだなんて、津川さんが亡くなったいまでも信じていません。
「それから、僕の若い頃を演じた青年船乗りね。あの役者。まぁ、上手く泣くもんだなぁと思ったけれどね。あの戦時中に、上官が死んだからって、男がいちいち大声で泣きべそをかくもんかね?」
それは脚本への不満というよりも、役柄への回答を得ないままに演技した若い俳優への苦言だったのかもしれない。
ハッタリは、うまくハッタリをかまさないと、化けの皮がはがれるものです。
※このコラムは、浦山明俊の主観で書かれた個人録です。客観的事実だけとは限りませんので、そこのところは、よろしくお願いします。
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