私刑ポスト−その罪、私刑にします−【第1話】
❚❙ あらすじ
❚❙ 本文
私刑ポストって知ってる?
SNSのアイコンは、しめ縄が張られた赤いポスト。フォロー数0、フォロワー数は20万人を越える謎アカウントだ。
開設日は遡ること一年前。
「その罪、私刑にします #私刑ポスト」
投稿されたのはたった一文のみ。
固定されたその投稿を見た閲覧者たちは、導かれるかのように恨み辛みを投じ始めた。
#私刑ポスト
と、タグづけて――。
「全然動きないよね、私刑ポスト」
「ただのインプ稼ぎでしょ」
大通りのスクランブル交差点を行き交う若者たちは口々に噂する。
私刑ポストへの投稿数は開設一ヶ月で1万を超えていた。
いじめっ子に仕返ししたい、嫌な上司に物申したい、不倫してる妻を罰したい等。恨み辛みは絶えず投下され、他人の不幸を蜜とする野次馬が盛り上がっている。
今日までまったく音沙汰のなかった私刑ポストは、ついに動きを見せるのだ。
「ねぇ! 今フォロー増えた!」
「やばっ。ガチじゃん」
「もしや私刑の始まりってやつ!?」
フォロー『1』
たったそれだけのことで若者たちは一喜一憂する。
スクランブル交差点の大型スクリーンから流れるニュース映像も、手元のスマホに没頭している人々には届かない。
「このアカウント飛んでみよっ」
記念すべき最初のフォロー者こそが私刑の対象。
1万を超える投稿から選ばれた罪は【夫とW不倫をしている女の家庭を壊したい】だった。
「サレ妻じゃん。最高」
「私刑ってどうやってするのかな」
「特定班が動くんじゃない?」
嬉々とした声は雑踏の中へと消え、すれ違う人でさえ空気と化す。
その中で、私刑ポストの管理画面を見てほくそ笑む人物がいることにも気づかずに。
〒〒〒
「今日も遅くなるから先に寝てて」
「いつも遅くまでお疲れ様。いってらっしゃい」
夫の崇士は返事をすることなく私に背を向け出社した。
私、佐山紗英二十七歳。崇士とは高校からの同級生で大学卒業と同時に籍を入れた。
いわゆる授かり婚婚だけど子どもはいない。妊娠三ヶ月を目前にしての稽留流産だった。
それ以降妊活もうまくいかず、専業主婦の私にはSNS以外に外部との接触がない。
「はぁ……またあの女と会うつもりなんだ」
パソコンで同期してある崇士のトークルームを盗み見ながら溜め息を吐く私。
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┃ 温泉旅行楽しみだね♡
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おいしいもの食べような♡┃
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┃ その中に私も含まれちゃう?□━━━━━━━━━━━━━
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もちろんだよ、あみたん♡┃
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┃ もう♡ たーくんしゅき♡
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俺もしゅき♡┃
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鳥肌が立つほど幼稚なやりとり。不倫するやつらの会話はなぜ赤子のようにバブるのか……理解不能である。
崇士は一年前から不倫をしている。それもW不倫。さらに付け加えると同級生の愛海だ。
愛海は昔から童顔で男にチヤホヤされるタイプで、他人の男を娶るのを趣味としていた。読者モデルをやっていた時期もあるけど人気がでずに引退。二年前に結婚したものの別居婚らしい。
それからは【MiA】というペンネームを使いSNSでコスメPRをしているけどバズらず、最近はサレ妻のような投稿をしている。シタ妻が何言ってんだか。
公表はしてないけど、愛海の結婚相手はSNSでも人気のカリスマ美容師【エイト】だとか。
私たちよりも二歳下のエイトは爽やかな風貌でイメチェン動画も人気を博し、若い世代から絶大な支持を得ている。
嫉妬した連中がエイトは裏垢男子だとタレ込んでいるけど、噂の域を出ない。
そんな夫を持ちながら愛海は崇士と不倫をしている。
すべての始まりは、一年前に開催された高校の同窓会。
あの日を境に二人の距離が縮んだように思う。愛海は昔と変わらず人の男に色目を使っている。
なぜ離婚しないのかと言われると難しいけど、ここまで来たら慰謝料を貰って離婚しないと気が済まない。
イライラする耳に先日起きた事故のニュースが飛び込んできた。
「被害に遭われた女子大生は今も意識不明の重体です。運転手は女子大生が赤信号を無視して突然飛び出してきたと話していて……」
二日前に女子大生が事故に遭った事件をニュースキャスターが淡々と読み上げる。SNSでは「運転手悪くなくね?」「むしろ被害者は運転手www」などとネット特有の憶測叩きが起こっていた。
こういうニュースを見るといつも思う。
この世界は被害者に厳しい、と。
「誰か崇士のことも轢いてくんないかな」
正直者がバカを見る時代。悪いやつほど至福を肥やして長生きする。
崇士もそのひとりだ。
繋留流産した時に崇士から寄り添いの言葉はなく「楽しみにしてたのにな。赤ちゃんも紗英がママだと不安だったのかも」と言い、私に全責任を押しつけてきた。言葉の綾ではない。
楽しみにしてたのにな、の主語をあの時に気づいていれば私はこんなに苦しまずに済んでいたのに。
自分の人生に悲嘆しため息を吐いた時、スマホに通知がきた。
【私刑ポストさんにフォローされました】
「えっ!?」
私は通知を二度見した。
フォロー相手はあの私刑ポスト。『夫とW不倫をしている女の家庭を壊したい』とタグ付けて投稿したけど、まったく動きがなかったのでただの賑やかしだとばかり思っていた。
怨念のこもった投稿数も今では1万を超えている。そんな中からなぜ自分がフォローされるのかと驚きを隠せない。
「誤フォローかも。それかフォロバを始めたとかね」
スマホを握る指先は震え、呼吸が乱れる。
そのまま私刑ポストのフォロー欄を監視するけど『1』から変わる気配がない。
まさか……と思った直後、ダイレクトメールが届く。もちろん私刑ポストから。
私は恐る恐るそれをタップした。
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おめでとうございます!
ご投稿された罪が私刑対象になりました
私刑にしますか、しませんか
24時間以内に回答をお願いします――――――――――――――――――――――――
まるで懸賞にも当選したかのような文面に、どこか胡散臭さを感じる。
けれど専業主婦の私には探偵を雇う費用すら工面できない。
藁にも縋る思いで「私刑をお願いします」と返信するとすぐに折り返しがきた。
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私刑をするために3つの約束事があります
①こちらが求める情報を提供する
②当アカウントの詮索は禁止
③途中棄権した場合、あなたの罪も私刑にします
承諾しますか、拒否しますか
24時間以内に回答をお願いします―――――――――――――――――――――――――――――
躊躇いなどなかった。
私はこの不幸な日々を終わらせたい。
迷わず「承諾します」と返信したことが悪夢の始まりだと、この時の私は露ほどにも思わなかった。
▽次話▽