30年前のバレンタインデーとLINE
私が中2のバレンタインデー。
ホームルームが終わって、友人が好きな男の子にチョコを渡そうとしていた時のこと。今にも教室から出て行きそうな意中の男子に友人はようやく「○○くん!」と声をかけた。
その様子を教室の端から見ていた私たちは「きたー!」と声にならない声をあげ、二人の方向を固唾を飲んで、しかしあからさまに見ていた。
すると友人は
「ドアを閉めて!」
と言い、意中の男子は「うん!」とドアを閉めて教室から出て行った。
なんしよーん💧💧💧
見守っていた女友だち全員が机に倒れ込んだ。
こんな30年ほど前のバレンタインデーを私が懐かしく思い出したのは
『人は大切な時ほど枝葉ばかりを伝え、肝心な幹の内容を伝えていない』なぁと感じたから。
毎日お弁当の献立を息子にLINEする際、『今日の一言』も一緒に送ることを始めてちょうど1ヶ月。何の反応も示さない息子を横目で見ながら「意味あるのかなぁ⁈」と感じつつも続けている。
そんな中、今日の一言は少し指向を変えてみた。
それは「なぜ私はこんなにも思いを込めて毎朝、一言を考えているのか」と早朝のキッチンではハタと立ち止まったからだ。
高校生男子が母のLINEに心動かされるか?と疑いつつも毎朝、今の息子にフィットしそうな言葉を送っているのは「たまたま見ちゃったって日があるかもしれない」「ほう!と感じる日もきっとあるだろう」と千載一遇のチャンスを狙っているからな訳で、何故そんなことをしているかというと「息子の人生がより良い方に向かいますように」と祈るような気持ちだからだ。
つまり私がLINEしている理由をシンプルに書くと
『大切な息子』だから。
あぁ…冒頭の「ドア閉めて」と言った友人と同じじゃん。
大事なこと伝えてなかったよぉ〜💧
ということで、今日の一言は
「あなたは大切な存在で愛してやまない自慢の息子!」
と母のメッセージ。
こういうことを面と向かって伝えることは棒高跳びを棒なしで飛ぶくらいバーが高く、私の現実的には死際ぐらいしかあり得ない。
当人にとって当たり前すぎることは「相手はわかっているものだ」と人は敢えて言葉にしないものだ。
ただ、先方は思いを感じてはいても言葉にしないと疑ってしまうことがあるし、言葉にするだけですんなりと自信が持てることもある。
このLINEを送った日、帰宅した息子は「ママのLINE、行間がすごく空いて送られてくる」と意味不明のことを言ってきた。が、「今日の一言」を送りだしてから、彼が初めてLINEのことを話題にした日となった。
多感な時期だし、生きていればこれからもいろいろあるだろう。
わたしたち親だって、あなたが言われたくないことを口にするだろうし、アレコレ余計な世話も焼くだろう。けど、大切な存在で自慢の息子であることにこれからもずーっと変わりはしないんだよね。
息子が慣れない程度にこれからも定期的に送るようにしよう!
あっ!冒頭の友人は(「ドア閉めて!」が強烈すぎてハッキリ思い出せないけど)結局、チョコレートを好きな男の子に渡せないままだったと思う。