文通とネガティブケイパビリティ
2023年度後期放送のNHK「連続テレビ小説」では、東京にいるヒロインが大阪で病気療養中の婚約者と手紙でやりとりする姿が描かれました。便箋だった手紙はやがて葉書1枚となり、いよいよヒロインは相手の病状が心配になります。
さらに、手紙で書かれていることはその手紙を受け取った時点で過去になります。どうやっても、今この瞬間に相手がどうしているのかを知ることができません。
文通のみで、会いたいのにすぐに会えない。相手を想いつつ、祈ったり信じたりするしかありません。しかし、愛しい人にすぐに会えない歯がゆさは、かえって愛を育み、そしてたくましく生きる力も育みます。
「ネガティブケイパビリティ」という言葉があります。私がこの言葉を知ったのは、この言葉が著書の題名となっている帚木蓬生さんの「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」という書に出会ったときです。
題名にあるように、「ネガティブケイパビリティ」とは「答えの出ない事態に耐える力」を指します。
愛しき人にすぐに会えない、すぐに話ができないという状況なかで日々を精いっぱいいきるヒロインはまさに「ネガティブケイパビリティ」を発揮していたのだと思います。
今は、いつでもどこでもすぐに誰かと連絡がとれる時代となりました。少なくともSNSの発信で相手が今何をしているのかを確認でき、テキストであれば相手が遠方にいようとその瞬間の状況をお互いに知らせることができます。
AIチャットボットの進化も目覚ましく、困ったときはAIが教えてくれる時代になりました。
しかし、便利になった一方で、私たちはすぐに答えを知らないと耐えられなくなってしまっているのではないでしょうか。
また、「タイパ/タムパ(※)最強!」なんて言葉をよく見かけるようになりました。時間をむだにせず、問題解決をいかに効率よく行っていくかが現在は喜ばれることとなっています。※「タイムパフォーマンス」の略
もちろん、それが必要な場面はたくさんあります。
しかし、人生にはどうにも不可解なこと、すぐには解決できないことはたくさんあります。
それに対して拙速な解を得ようとするのではなく、理解できない苦しい状態を耐え忍ぶからこそ気づくことのできる想いがあり、深い洞察力を手に入れることもできるかもしれません。
私は、「ネガティブケイパビリティ」という言葉に出会ったことで、答えが出ずに悩むこと、もやもやすること、その時間も決して無駄ではないと思うようになりました。
悩みがある状態、疑問がある状態というのは決して居心地のいいものではありませんが、そのプロセスは必ず生きる力に変わると信じています。
<参考文献>
帚木蓬生「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」(朝日新聞出版)