フリーウェイに乗って、山下達郎を追いかけて! Road.7 「MELODIES」
12月24日、時刻は22:00。
今夜はクリスマス・イブ。
ということで始まりました。
山下達郎追走番組
【フリーウェイに乗って、山下達郎を追いかけて!】
ナビゲーターは、私、野凪爽が務めさせていただきます。
7th Album「MELODIES」
名実共に力をつけ、山下達郎という存在が世間に定着しつつあった1982年、彼は6年間在籍していたRVCレコードを抜け、自らレーベルを立ち上げました。その名は「アルファ・ムーン」。
そしてRIDE ON TIME以上に世の中に浸透していった曲、クリスマス・イブは移籍後初となるアルバム「MELODIES」に収録されています。
当時の山下達郎さんはRIDE ON TIMEでのブレイクスルーに甘んじるどころか、今後アーティストとして長くやっていくために日夜、頭を悩ませていたそうです。
その理由は「夏だ! 海だ! タツローだ!」というコピーによって「夏=山下達郎」という共通認識がリスナーの中であまりにも強固になってしまい、その結果、本人曰く、「風俗的発散の道具として消費されて終わるのではないか」と危惧されていたからだそうです。
そこで現状を打破すべく山下達郎さんが考えたのは原点回帰でした。
彼にとっての原点、それはソロアーティストとして活動する前に組んでいたバンド、シュガーベイブであり、内省的な作品づくりへの回帰でもありました。
そんな内容が記載されているライナーノーツを見てから、改めてアルバム収録曲を聴いてみると、悲しみのJODYや高気圧ガールこそ、リゾート観光を想起させるような開放的な雰囲気を纏っていますが、全体的には、閑静な夜景やカウンターバーが似合いそうなしっとりとしたバラードが多いようにも感じられます。
また、このアルバムで山下達郎さんは自らでの作詞にこだわり(7曲目のBLUE MIDNIGHT以外全てを自らで作詞している)、今まで行なっていた16ビートでの曲作りら8ビートでの曲作りを行ったりと、当時の音楽的な流行にとらわれることなく、自らの作品づくりを追求しています。
そんな、偉大な一歩となったアルバム「MELODIES」を、ここからは気になった曲ごとに掘り下げていきたいと思います。
1. 悲しみのJODY
この曲が前述した通り、8ビートで作られた曲です。
そもそも、8ビートとは…一小節の中にドラムのハイハットを8回叩くという意味で、洋楽に多用されることが多いです。
ライナーノーツによると、この曲は「8ビートより16ビートの方が音楽的に高級である」という当時のムードを受け、評価の窮屈さを感じた山下達郎さんが、「8ビートも好きなのに、なぜ演れないのか」と奮起して作ったものだそうです。
また自らが作詞したこの曲のテーマは「夏の終わりのロスト・ラブ」であり、リゾートミュージックからの脱皮を試みるという意図もあったそうです。きっと山下達郎さんにとって、「悲しみのJODY」は音楽的な自由への足がけとなったのでしょうね。
それでは聴いていただきましょう。
7th Album MELODIESから「悲しみのJODY」
6. メリー・ゴー・ラウンド
「ファンク路線の一曲を自らで作詞してみると、レイ・ブラットベリのような摩訶不思議な曲になった」と本人が語る一曲、メリー・ゴー・ラウンドは僕個人がこのアルバムの中で一番聴いている曲です。
レイ・ブラッドベリとは「華氏451度」が代表作として挙げられる小説家であり、「懐かしさ」や「ノスタルジー」が入り混じった文章が特徴的だそうです。
そういった情報を加味して、歌詞を追っていくと「錆びついた」や「色褪せた」、「滅び行く」など聴いたものに郷愁を感じさせるようなフレーズが散りばめられています。
きっとそんなところにエモさを感じて、僕は何度もメリー・ゴー・ラウンドを回してしまうのかもしれません。
またこの曲の魅力は歌詞だけではありません。
曲頭から鳴るベビーベッドにしかついてないアレのような音と軽妙なベースライン。そして何よりも特筆したいのは、曲終盤の突き抜けていくような山下達郎さんのロングトーン。ここを聴くがために何度もリピートしてしまうほどの力強さと中毒性があると僕は思います。
(ちなみにアウトロ部分のコーラス?で「かんちがいかな♪ かんちがいかな♪」と聴こえてしまうのは僕だけの勘違いなんですかね?)
それでは聴いていただきましょう。
7th Album MELODIESから「メリー・ゴー・ラウンド」
7. BLUE MIDNIGHT
このアルバムの中で唯一、吉田美奈子さんによって書かれた曲(これまで作詞を担ってきた人物)がBLUE MIDNIGHTです。その理由は前作のアルバム「FOR YOU」で、すでにこの曲は収録されていたからだそうです。
確かに聴いてみると、この曲は夜の帷を下ろすような静かでゆったりとした曲調であり、開放的な曲が多いFOR YOUのラインナップから外されたのもうなづける気もします。
BLUE MIDNIGHTの、僕的必聴ポイントは、曲再生後、二分過ぎから聴ける土岐英史さんのソロパートです。
音に香りなんてものはありませんが、それでも芳醇さを感じざるを得ないようなアルトサックスの音色は、どこで聴いていても、その場にある景色がさっきよりも煌びやかに見えるのだから不思議でなりません。
それでは聴いていただきましょう。
7th Album MELODIESから「BLUE MIDNIGHT」
8. あしおと
「メリー・ゴー・ラウンド」が7thアルバムの購入前からリピートし続けていた曲であることに対し、「あしおと」はアルバムを通しで聴いて、あるいはライナーノーツを読みながら聴いて、繰り返し再生するようになった曲です。
ライナーノーツによれば、「あしおと」は気の弱い男の片想いの歌らしく、そのあとに綴られていたディティールや、シチュエーションを知った時、僕はこの曲を好きになりました。(そこに関して気になる方は是非、アルバムを手に入れてみてください。)
何気なく聴いていた、または飛ばしていたその一曲に込められたアーティストの想いに触れた時、感じ方が変わる。
そんな楽しみ方ができるのは、きっとフィジカルを手に入れたからなんだと僕は思います。
「あしおと」の中で特に気に入ってるフレーズを紹介しておきます。
歌詞の意味だけさえ抽出すれば、ネガティブに感じられますが、そんな想いを山下達郎さんが書くとこんなにもさりげなくなるのかと脱帽しました。
特に「僕は透き通っている」がお気に入りです。
それでは聴いていただきましょう。
7th Album MELODIESから「あしおと」
Bonus track. [MELODIES]
「いいから早く、前の車を追ってください」
ロマンスがこれから起きそうなセリフを万が一、名も知らないあの子から言われたとしたら、僕はどんな声音で答えるのだろうか。
口をつけたコーヒーはやけに酸味が効いていた。
*
人生がうまくいっていたのはおそらく就職面接までで、友達にも親にも言いふらせるような企業に入れたのは良かったけど、今はそのことを後悔している。
そんな僕は、同期に蹴落とされないように、会社から振り落とされないように、残業して残業して、家帰ってもなんか残業している。
「淡田さんって、残業しとけばいいって思ってませんか」
この前、後輩からそう言われた気がする。
あんまり実感が湧かないのはその指摘に新鮮さを感じないからで、きっと誰よりも自分がそう思っているからかもしれない。
会社で少し寝て、始発で帰ることなんかしょっちゅうだ。
そうなってくると、疲れて乗り込んだ車両に、僕と同じように疲れた表情をしている顔ぶれが、なんとなく似通ってくることに気づく。
車両の両脇にあるロングシートの端に、必ず足を組んで座るのはおそらくホストだ。細い足に沿ったスキニーパンツを履き、値が張りそうな真っ白のムートンコートを羽織っている割には髪のセットが大概、乱れている。
どんなに空いていても必ず吊革に捕まって立っているのは僕より一回り年上の会社員の男性だ。
あの人が立っている理由は、痩せ我慢ではなく、酔っているからだ。きっと座っちゃうと乗り過ごしてしまうのだろう。それでも月に何回かあの人は目当ての駅を逃す。
そして、
僕の斜め向かいに座るのがあの子だ。
ベリーショートの短髪に、ぱっちりと開かれた目、彼女はいつもどこか不機嫌そうで、眉間にはしわが浅く寄せて、車内にあるディスプレイを睨んでいる。
あの子と目が合うことはないし、話しかけられることなんてもっとない。
それでも、見かけると僕は、起きやしないロマンスを妄想してしまうし、降車する時、うっかり何か落としてはくれないだろうか、とアクシデントを待ち望んだりもしてしまう。
そんな彼女に話しかけられるチャンスが訪れたのは、先週のことだった。
*
僕は今、カウンター席でガラス越しに通りを歩く人達を眺めている。
手を繋ぐ恋人の隣には三人家族。興奮が抑えられないのか男の子はケンケンで進む。そんな子がちょうど僕の席あたりでピタリと止まった。
何かと思ったが理由はすぐにわかった。
男の子の向かいから来たのは白杖を持って、先で地面を叩きながら歩く人だった。男の子は気をつけをしてガラス窓にピッタリと張り付いて、視覚障害者である男性を見送った。
男の子はまだ見ぬプレゼントのための徳積みにご執心のようだ。
陽が沈もうとしている外の通りは、コートの襟を引き寄せて歩く人々の往来。その上でいまだに銀杏の葉が色付いている。
温暖化による異常気象がどうとか知らないけど、今日はクリスマス・イブだ。地元では雪が降っているそうだが、僕の周りに訪れた冬は寒いばかりで、なんだか季節感に欠けている。きっと雨が夜更け過ぎに雪に変わることはないだろう。
それでも浮かれてしまっているのは、こなすべき仕事がないひとときを久しぶりに過ごしているからだろうか。
いつも通り、ここにはない誰かとのロマンスの妄想に耽っていた時、僕はあの子を見かけた。
見間違えるはずがない。
あの子は緑のレザージャケットを羽織り、真っ赤なコーデュロイのロングスカートなびかせている。そして女友達と一緒に歩いていてた。
くしゃっと笑っている。
見たことがない顔をしたあの子は僕に気づくことなく、カフェを素通りしていった。
*
先週の明け方のことだ。
ドアが閉まって車両が無音になった時、静かに鼻を啜る音が聞こえた。
それは、あの子が僕の斜め向かいで、鼻を啜っている音だった。
あの子は腕を組みながら眠っていることがほとんどだ。けど、その時は両腕をシートにだらんと垂らしたまま、俯いていた。
明らかに様子が違った。
あの子が顔を上げると、初めて目が合った。
僕は「あっ」と口から漏れそうになるのを堪えたが、そんなことは彼女にとってもうどうでもよかったのかもしれない。
あの子は少し上を向きながら涙を流していた。
地下鉄の車両に響くのは走行音と鼻を啜る音だけで、あの子の後ろにある車窓には、昼も夜も真っ暗なトンネルの闇が流れている。
僕はスマホに視線を戻しながらポケットを探った。ものぐさな僕が今日だけ都合よくハンカチを持っていることはなく、結局、僕は声をかけられなかった。
*
僕の勇気ってのは、きっとそういう都合のいいきっかけがないと振り絞れないんだと思う。
だから僕はいまだに残業続きの平社員で、少しおしゃれなカフェに入ることが贅沢だと思ってしまうのかもしれない。
僕の現状は多分すぐには変わらない。
あの子の目に僕はきっと、透き通って見えているだろうし、もし今度同じことがあってもやっぱり僕のポケットにハンカチはないと思う。
けど、
けどだ。
今日、
このクリスマス・イブに、
あの子は友達と幸せな時間を過ごし、笑っていた。
僕は通り過ぎていったあの子の声の残響を妄想しながら、ほぼ空になったコーヒーをもう一度あおった。冷めた一滴は、安堵の味がした。