【帰省】なぜ孫の顔が見たいのか
あけましておめでとうございます。
2023年はどんな年でしたか?
暑い暑いと思ったらいきなり寒くなって気が付いたら年が明けていたような一年でした。
個人的な話になりますが、昨年住宅を契約しました。
一般住宅についてもかなりしらべて勉強したので、いずれ記事にしていこうと思います。
今回は年末年始、お盆、ゴールデンウィークなどの長期休暇特有の【帰省】について書いていこうと思います。
実家や義実家と関係が良好な方もいればいろいろある方もいるかと思います。
ちなみに私は元旦に泣きました。
それも踏まえて気持ちを書いていこうかなと思います。
フェイクはありますがほとんど事実に沿って書いていこうと思いますので、帰省のたびに悲しい気持ちになる方はもしよければ読んでいただけると嬉しいです。
センシティブな話題なので初めは有料としてましたが、一番下の行のみ200円にさせていただきました。
一個人としての考えですが4000字となりました。
私みたいな立場の方の支えの一つになれば嬉しいですし、もし労いを頂けるなら私のジュース代となります、ありがとうございます。
実の両親や、義両親から言われたことありますか?
「まだ結婚しないの?」
「彼女の一人もいないなんて。」
「いつでも孫連れてきていいからね」
「将来は孫とみんなでバーベキューしたいね」
結婚したい人からすれば『早く旦那さん(奥さん)連れてこなくちゃ』と思うのでしょうし、こどもが欲しい人からすれば『はやくお母さんに子供みせてあげたいな』などと思うのでしょう。
すくなくともこの記事を読んでいるということはそういった言葉をかけられていい気持ちはしないのではないでしょうか。
かくいう私もその一人です。
私は昔からこどもが苦手でした。
頭痛もちということもあり、うるさくてキャーキャー騒ぐことが嫌いでした。
すぐ汚すし汚いし。
年を取って30歳が近づいてくると、積極的に欲しいわけではないけれど
『自分の人生にこどもという存在がいてもいいのかな』
と思えるようになりました。
ここに至るまでは自分の中で気持ちの整理がついたことが大きいです。
また新たに記事にしますが、自分の中の”子供の自分”を赦して消化できたのが精神を成長させる大きな一歩になったのかな、と今では思っています。
こどもはいてもいいかな、とは思いつつ積極的に欲しいわけじゃない私。
以前義両親に「いつでも孫の顔見せてくれてもいいからね」と言われたとき、
子供を産むのが当たり前だし家族は多い方がいいと思っている人たちと一生理解しあえないなと思いました。
そしてなぜか悲しくて泣きました。
”私の人生は私のものですよね”
”痛い思いするのも苦しいのも私なのにどうしてそんなこと言えるの?”
”育休産休になったら仕事続けられないこともある”
”じゃあお金だしてくれるの?ちがいますよね?”
”簡単に孫の顔っていうけど誰が育てるの?”
”あなたたちのために子供を産むんじゃないんですが”
色んな気持ちがあります。
こどもを持つということは少なからずいまの生活を手放さなければなりません。
自由に寝て起きて、仕事をして。
自分の時間を使って。趣味に使って。
仕事で忙しいと言えど、ある程度家事炊事を終わらせたら自分の自由な時間がある。
それもしばらくはさようならの人生です。
自分が失うものも多い反面、今の時代を生きるうえで必要なお金が多すぎます。
両親が大学進学していればこどもは大学に行きたがるでしょうし。
もし優秀であればなおさら上の大学を希望するし。
歯列矯正、塾の費用、習い事・・・。
自分が親にしてもらったことを、今の時代で自分のこどもにしてあげられる自信がないです。
私は職業としては薬剤師。
資格職でありある程度育休復帰後も仕事はある分野です。
それでも物価が上がる反面、引かれる税金は増え。
住宅もここ数年でかなり値上がりしました。
少子高齢化がすすみ、今の私の代が多く出産してもどうしようもない人口構成。
確実に社会保険料が増加していくこの時代に、こどもを持つことが純粋に怖いです。
幸せに生きていけるでしょうか?
満足な教育をさせてあげられるでしょうか?
自分が子供を持つからには、子供が一人で生きていけるように必要な環境は整えてあげたいです。
その考えもなしに「孫を見せてね」と言われても
”あなたたちが育ててた時代と違うんですけど”
という気持ちが湧いてきます。
「家族は多い方が何かあったときに支えられるから」
本当にそうですか?
生物学的に種を存続させるためにこどもが2人以上が望ましいという理由はわかります。でないと人口減ってしまいますし。
3人も4人も育てたご両親が立派なのも十分わかっています。
でもそれを他人に押し付けるのは違くないですか?
欲しい人からすればプレッシャーですよね。
授かりものですし。いつできるかも分からないし。
年齢にもリミットがあるデリケートな話題です。
婦人科系の病気持ってる人からすれば心の傷をえぐられるだけです。
私も以前内膜症で一時期ピルを飲んでました。
今は自然妊娠でもよいなと思ってるので辞めましたが。
もし流産の経験があったらどうでしょう。
流産自体は件数はかなり多いです。経験ある方も少なくないと思います。
不妊治療してる方だったら?
言わずもがなですよね。
「孫の顔が見たい」って結局は誰も幸せにならない言葉なんですよね。
子供が欲しい人も、欲しくない人も、欲しくても作れない人も誰もいい気持ちにならない。
そんなことわざわざいう必要ありますか?
少なくとも「自分がこうだったから相手もこうすべき」と思っている時点でその人たちと本気で関わらなくていいんじゃないかと思っています。
それが実の両親であろうと親戚であろうと、パートナーの家族であろうと。
私が義実家に帰省した時にこの言葉を言われて、初めは部屋で泣きました。
なんだか自分を否定されているような気がして。
ダメな人間って言われているような気がして。
こどもがいない私、そんなにダメですか?
仕事も頑張ってるし、勉強もしているし。
親にも頼らず猫も養って生活を回して。
でもよくよく考えたら、こんな誰も幸せにならないような言葉を相手に言うような人間と本気で関わる必要はないんじゃないかと気づきました。
アドバイスなら、私は良いです。
実の母は「もしこどもが欲しいなら早い方がいいよ。体力とか自分の老後の貯金とかもあるからさ」と言ってました。確かに~と思って。
本来なら、きっと私の母も孫の顔が見たいはずなんです。
「こどもはいたらかわいいよ」と言ってましたし。
でも悪の言葉は言ってこない。
プレッシャーになると分かっているから。
血がつながっていようが、いまいが、プレッシャーをかけたり不安にさせるような相手の言葉なんて、真に受ける必要ありますか?
そもそもそんな相手と信頼関係を築くの無理じゃないですか?
相手の気持ちを考えずに自分の希望を伝えるような人間ですから。
孫の顔を見せたらどうなるでしょう。
「一人っ子はさみしいよ。兄弟は絶対必要だと思う」
「また女の子?男の子生まれるまで頑張ってみたら?」
「0歳から保育園!?可哀そうじゃないの!子供のこと考えたら?」
考えるだけ無駄ですね。
誰も幸せにならない言葉を次から次へと吐いてくるだけなのでまともに取り合うだけ時間の無駄です。
幸い、私は夫とは腹を割って話しあうことができるので今後の人生設計については相談できていますし義実家との関係も夫がなんとかしてくれています(感謝)。
私の一番の味方が母と夫でよかったです。
先ほどは
”自分の人生は自分のもの”
と述べましたが、
”自分の人生は自分のものでもあるし、自分が選んだ夫のものでもある”
が正しいかもしれません。
信頼しているパートナーとの間では。
将来のことを考えて、自分が後悔しなければそれでいいじゃないですか?
たくさんこどもがいてにぎやかに暮らす未来も。
夫婦二人でのんびり暮らしていく未来も。
ひとりで趣味にのめりこんでいく未来も。
同性パートナーと過ごす未来も。
「こどもがいないと年老いたときに困る」
「人様の子供に介護してもらうくせに」
そもそも自分の介護をしてもらうために子供産むわけじゃないですし。
少なくとも私は。
そういう理由で望む人もいるみたいですけどね。
たしかに年老いたとき、自分より若い方に面倒をみてもらうことになります。
でも育休産休中の手当や社会補助、受けてますよね。
お休みの間のお仕事、誰かが引き受けてますよね。
子供がいてもいなくても仕事においてはお互い様のぶぶんがあるんしゃないでしょうか。
少子高齢化はそもそも政治的な問題です。
少子化解消のために子供産むんですか?
違いますよね。
話は長くなるのでアレですが、少子化自体は学業期間の延長と若年層の低所得が原因でしょう。
結婚できないから子供が生まれないんです。
結婚するにもお金が必要ですし、まして子供を考えるならある程度お金を稼げる男性じゃないと嫌という女性がほとんどですから。
性別的に就労できない期間があるのでその考えはやむを得ないと思いますが。
それは私たちがなんとかするのではなくて制度がなんとかするべきです。
本気で少子化を何とかしたかったら。
こどもがもう一人欲しい人には、お金の支援を。
こどもができない人には、医療の提供を。
(不妊治療が保険適応になりましたね。菅さん仕事人です。)
こどもが欲しくない人は、趣味にお金を使って経済を回してください。
このまま行くと私もこの人生。
まあ今の政治家見てると何もやらないでしょうね。
だって30年後ほとんどの政治家生きてないですし。
自分たち、関係ないじゃないですか。
ともあれ、「孫の顔がみたい」人たちとはまともに取り合うのをやめましょう。
少なくとも私はやめます。
心から信頼関係を築けない人達とかかわる時間がもったいないです。
そんなことに時間を使うくらいなら、自分の趣味や大切な人との時間に使いましょう。
それでも、”帰省というお仕事”は年に1回はやってきますので
良好な人間関係を構築するために、多少の愛想とニコニコとした笑顔を被ってこの地獄みたいな戦場からサッサと撤退しましょう。
今回の年末年始の帰省で、戦場を生き延びた戦友の皆さん。
今年もお疲れさまでした。
2024年が皆さんにとって良い年でありますように。
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