搔いてはいけないものを掻きたい電車
電車の中で股が痒いのだ。
夏の電車
身動きはできるけど、肩はぶつかる程度。
良くある混雑した電車の風景だ。
だが、
私の股間(右)には、一度捕まると離さない、街中で見かけるアンケーターのしつこさを宿した痒みが鎮座していた。
汗をかく私のウエストは夏は汗疹との戦い。
なのでこの時期は「痒い痒い」とお腹や腰をボリボリすることは珍しくない。
もちろん人前で“掻く”という行為には、社会の窓をコンニチハさせる系統の恥ずかしさがある。
腰やお腹を掻くと言う行為は「コンニチハ」させるレベルでは無いが、軽い会釈からの「チワッス」くらいのレベルはある。
にも関わらず、今街頭アンケートのようなしつこさで痒みを訴えるのは股間(右)なのだ。
電車は乗り換え駅まで律儀に進む。
腹や背中を掻きむしる程度では、すれ違いの「チワス」だが股間を掻くだなんてまさしく社会の窓から「コンニチハ」だ。いや、もはやコンニチハの時間すらも遅く「コンバンハ」のレベルの羞恥行為だ。
掻きたい
全て夏が悪い。ラブソングならば妖美なフレーズだが、ここは35歳男の股間(右)だ。
そうこうしている間にも痒みはシャクトリムシのように行ったり来たり。
この電車の中で唯一シャクトリムシを飼う私は、周囲を見回した。
それこそ皆、力強いカブトムシや美しい蝶々。私の股間のシャクトリムシとは大違いなすました顔をしている。
こんなところで、ズボンに手を突っ込んで股間(右)を掻きむしるわけにはいかないのだ。
下手をすると真っ直ぐと目的地に近づく電車の運行すらも妨害してしまう恐れすらもある。
私は周囲のすまし顔を観察する。皆の視線がこっちに向かない瞬間はあるのか?
私はそんな奇跡の皆既月食のような瞬間を見つけて、一瞬で手をスラックスに突っ込み、股間(右)を掻きむしる。
そんなチャンスを伺っていた。
だがこの満員電車の中。完全に誰もの視線を浴びない瞬間なんて無い。
電車は進む。
そして目的地。
私は乗り換えの階段を降りる際、皆の視線が前のみを向く中股間(右)のシャクトリムシをやっつけるのだった。