飼い猫が死んだ
2か月ほど前に猫が死んだ。
17歳、大往生だった。
猫が家にやってきたのは私が小学生の時。
姉は連れ来るや否や、子猫だったそいつを私の腹の上に載せた。
小さな黒い毛玉が爪をキュッと出し、寝転がる私に捕まると、静かにおしっこを始めた。
安心感だったのかは分からないが、とにかく猫と私の出会いはそんな感じで始まったのだ。
名はもずく。オス。おおらか。
お利口な猫で、変な場所で爪とぎをしたり、物を倒すようなことはしなかった。
とはいえ、17年一緒にいたからそれなりに喧嘩もした。
あまりにも横暴な態度を取られ、人間である私が家出をしたこともあった。
でも仲良しだった。人生の過半を一緒に過ごしたのだ。
我々は押しも押されもせぬ相棒だった。
亡くなる数か月前から調子が悪くなり、いよいよかと覚悟を決めた。
足が悪くなっていたが、踏ん張ってトイレで用を足そうとしていた。
寝る時間が多くなり、背骨が浮き出て、毛もなんだかパサついたように感じた。
いつも大きな音でゴロゴロ言っていたが、調子が悪くなってからというもの、喉をさすってやってもコロコロ、とわずかに振動が指を伝う程度だった。
でもまだ温かく柔らかい、何とも愛しい毛の塊は確かにそこにいた。
亡くなる1週間前。
トイレで用を足すことができなくなった。
猫も困った顔をしていた。
私は大丈夫だよ、と言いながらおしっこを片付けた。
きっと大丈夫ではない。でも、意味が伝わらないにしても猫を安心させてやりたかった。
夕方、慌てて父がケージを買ってきた。
その中で過ごしやすいようにタオルをたくさん入れ、猫をその中に入れた。
しかし、それがかなり不満だったようで、そんなに元気だったのか!というくらい大声でわめいていた。
とはいえ出すわけにもいかない。
その声は徐々に掠れ、最期はひゅう、ひゅうという空気音だけになった。
心苦しかったが、父と私は様子を確認しながら、死へ向かう猫を見守った。
寝不足が続き、早朝に目が覚めた。
痙攣で毛布が動く音や空気音が聞こえないリビング。
猫の様子を確認すると、少しだけ口が開いていた。
まだ温かかった。慎重に心音を確認した。
「お父さん、もう息してないかも」
覚悟は決まっていたが、どうしても涙が出た。
何かもっとしてやれたのではないかと後悔した。
しかし、体調の悪さから解放されたのだと思うと安心した。
数年前に母を亡くし、猫が死に、ずっと実家で暮らしていた私にとって、寄り添ってくれていたものがどんどんいなくなるのは悲しかった。
しかし、環境は変わりながらも、父や姉が寄り添ってくれている。
己の命が続く限り、寄り添ってくれる人との関わりが途切れることは無い。
私も、あなたも、いつどのようにして命が消えるかわからない。
最悪の想定を常時しておくのは得策ではないが、「もしかしたら」と思うことで優しくできる場面はきっとある。
後悔の無い別れは存在しない。
ならば、今あるつながりを大事にしていくほかないのだ。
生きとし生けるものは全て死んでいく。総じて朽ちていく。
どれだけ疎ましくても、どれだけ愛しくとも。
猫が死んだ。
17年も私に寄り添ってくれた最高の相棒だった。
本当にありがとう。