インド人と永谷園
帰国が決まり、色々と準備をしていた時のお話です。
私が滞在していた国ではアパートお抱えの清掃員や便利屋さんなどが数名いる。
ウチのアパートも例に漏れず。
電球が切れたので便利屋さんを呼ぶと、彼は目ざとく印を付けたテレビを見つけた。「もし不要ならこのテレビ、僕にくれませんか」と。
コンセントの形も違う、アナログ対応しかしていないこのテレビ、持って帰っても何の役にも立たない。処分に余計な費用がかかるだけである。そこへ来ていつも家の中の修理を頼むと気持ちよく対応してくれる彼のお願いだ。
私は喜んで彼に進呈した。
夕方、子どもを迎えにロビーに降りるとアパートの従業員全員がそのことを知っていた。そして挨拶のように「私もテレビ欲しかったのに」「他に捨てるものはないのか」と声をかけられた。
そこで私は、衣類や食品も含めて処分するものは一声かけるようにした。
唯一の女性スタッフである清掃員には残っている食品を全て託した。
彼女は「開封しているものでも構わない」というので遠慮なく詰め込んだ。
永谷園の鮭茶漬け、おにぎりに使う混ぜ込みワカメ、卵かけご飯にかける醤油、ポン酢、ひじき、麸、果ては冷凍してあったお肉類まで彼女は「ありがとう!ありがとう!」と言いながら持って帰ってくれた。
空っぽになった冷蔵庫を見て私はとても満足した。捨てることなく全ての食材を引き受けてくれた彼女に「こちらこそ、ありがとう!」という思いでいっぱいだった。
が、ふと
”インド人の彼女は鮭茶漬けをどのようにして食べるのだろう。”という考えが頭をよぎった。
牛肉は食べないけど豚肉は大丈夫と言っていたのでヒンズーかもしれないが、ベジタリアンではなさそうだ。
鮭はまず大丈夫であろう。
ただ、東海道五十三次の絵と賑やかなストライプのパッケージから、あれがサーモンである事を彼女は認識できるのか。
おそらく手で食事をとっているであろう彼女たちが熱々のお茶漬けをどうやって食べるのか。
永谷園はインディカ米にカレー以外の新たな選択肢を与えることができるのか。
そもそも彼女はお茶漬けを知っているのか。
そんな彼女の食卓の事を考えながら、私は引越し業者の熱唱をBGMに段ボールの机で次男に頼まれた鶴を2時間ほど折り続けていた。