四畳半屋根裏-8-
なんとなく書いてみるみたいな感じだけど、自分のTwitterのタイムライン見てると、フリーランスとして活動しながらも自分に劣等感抱いてる人って結構多くて、自信のなさから、仕事を貰っても良いのだろうかとか、自分はこの仕事をする価値があるのかとか、そう言った事を呟いてるのを目にする。
独立する動機や理由、モチベーションなんぞ人それぞれだし何でも良いと思うんだけど、あんまり自分を卑屈に見ちゃうのって言うのはあんまり感心しないなーとか。
誰だって自分の足りなさを嘆く事はあって、日々偉そうなことを言ってる僕だけれども、その実結構劣等感の塊だったとして、足りない物を嘆いてばかりの毎日だったりもしている。
でも劣等感で飯は食えないし、与えられた仕事に対しては結構プライドみたいなものを持っていて、ご依頼いただいた以上は何としてでも納品までこぎ着けるし、足りない物があればそれを補う努力は厭わない覚悟は持っているわけで、案外それだけでも仕事って成り立ってるよなぁって思う事が最近増えてきた。
多分だけど、僕が目にする多くのフリーランスな人の足りなさって、僕にとっては十分じゃんって思う事の方が多くて、例えばWordPressの知識なんてほとんど持ってないし、これで飯が食えるレベルに達しているかと言われれば結構疑問だ。
それでもWordPressの仕事は来るわけで、出来ないからダメだなんて言ってる暇すらない。そうなると、是が非でもやるしかないわけで、そしてなんとかしてきたわけで、上手に書けないけれども、まー足りなくても補う方法なんてのはいくらでもあるんだよって今ならそう思える。
振り返ってみれば、僕には足りないものばかりで、昔からずっと足りてなくて、それでも見栄と意地とプライドだけでなんとかしてきているような気がする。そこには劣等感しかないし、嗚呼、なんでこんなにも自分は出来ないんだろうって嘆いては心折って、それでも意地だけで仕事をこなして、それだけが延々続いていて仕事自体嫌いだなってのは本当に思う。
仕事は嫌いだ。Web業界の意識高い連中見てるとイライラするし、どうでもいいことで細かい議論したがるあの性癖なんとかならんのかって割と思ってる。仕事も嫌いだし、この業界の仕事のありよう自体も今のところ嫌いだ。
それでも納品までたどり着いたときの解放感は何者にも代え難く、この瞬間のために頑張っていたと思えるし、そうであるから請求書一枚が愛しく思えるわけで、嫌いだから仕事をしないわけじゃないし、逆に嫌いでも仕事である以上は猛烈なプライドで以て完遂までたどり着きたい。その気持ちだけでなんとか10年近くやってきている気がする。
個人的には、自分の力のなさ、足りなさを嘆くのは悪い事じゃないと思うし、恥ずかしい事でもなんでもないと思ってて、でもそこで立ち止まってしまって諦めてしまう事は悲しい事だとも思う。
でも実際、そこで諦める人ってほとんどいなくて、最終的にはいくつもの積み重ねが自分を作って、いつしか気楽になって、それなりに楽しく過ごしている人ばかりだったりするから、まーそんな悲観するほどのもんでもなかんべ? ってのが感想だったりする。
長々と書いたりしてみたが、まーもうちょっと肩の力抜こうよって言いたいだけだったりする。
仕事は仕事。人生に影響はするけど君の人生と人格を犠牲にするほど価値のあるものでもない。
与えられた仕事を誠実にこなすことに集中するだけ。
ただそれだけでも生きていけるよ、多分。
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