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銀河フェニックス物語 <恋愛編>ジョーカーは切られた(4)
パリス警部からマーシーに「レイターに運転をさせるな」と連絡が入った。
・銀河フェニックス物語 総目次
・<恋愛編>「ジョーカーは切られた」まとめ読み版
「大丈夫だよ。相変わらずパリスの親父は心配性だな。三分の一見えてりゃ運転に支障はねえよ」
言っている意味がよくわからない。
警部が通信機のスピーカーを通してレイターへ話しかけた。
「レイター、お前、自覚症状があるんだな。毒物を鑑定した医師から連絡があった。薬物耐性があっても視野狭窄が起きると。もうすぐお前の目は見えなくなる」
そんな人が運転する車には僕だって乗りたくはない。
「ええっ?! 僕が運転、変わります」
「俺は他人が運転する車は嫌ぇなんだよ。大体あんた、後ろの車に気付いてる? 目が開いてても見てなきゃ一緒だぜ」
そういうと彼はおもいっきりハンドルを切った。身体が傾く。
パンパンパンッ……
発砲音だ。振り向くと後ろの車から体を乗り出した男が銃で我々を狙っていた。
「なっ」
「つかまってろ」
レイターは素早いハンドルさばきで銃撃をかわしていく。
通信機のスピーカーからパリス警部がたずねる。
「何が起きてる?」
「銃撃を受けています」
レイターは一気に車を加速させた。カーチェイスだ。
プロのレーサーだったという彼は車と車の間を見事にすり抜けていく。僕が運転していたらあっという間に事故を起こすか、撃たれていただろう。
そもそも、この車、こんなにスピード出せたのか。
赤信号も突っ切った。今は非常事態だ。交通法規を守れとは言えない。
「安月給のサツが乗ってる車は、ほんとしょぼいな」
「悪かったな」
僕たちを追っている車は一台だけではなかった。
角という角から銃を持った車が次々と飛び出してくる。追われる立場は初めてだ。
物量作戦。こんなことができるのはグレゴリーファミリーに違いない。
前からも敵が攻めてきた。レイターが車を停めてつぶやいた。
「ちっ、しょうがねぇな。どうせいつかは挨拶にいかなきゃなんねぇんだ」
十台近い車のヘッドライトで照らされ囲まれた。
いくつもの銃口に狙われている。
僕たちは両手を挙げて車の外へ出た。
鷹のエンブレムがついた真っ白な高級車から、大柄な男がゆっくりと車から降りた。白いスーツに紫のサテンシャツ。
手配写真通りの吊り上がった目。ダグの右腕、スペンサーだ。グレゴリーファミリーのナンバーツー。
「久しぶりだなレイター。でかくなりやがって」
濁声が響いた。
「大幹部のあんたがわざわざ迎えにきてくれるとは、人手が足りてねぇのかよ」
「あとでぶん殴ってやる」
と言ってスペンサーはこぶしを振った。ブンっと風を切る音がする。銀色に光る金属の義手。スペンサーは元ボクサーだ。
グレゴリーファミリーの総本部は地球にある。ジョーカー事件への対応で幹部が火星へ来ているのだろう。通信機はオンになっている。パリス警部に聞こえているだろうか。
「所持品は預からせてもらうぜ。刑事さん、窃盗罪とか言いだすなよ」
手下が僕らの銃を抜き取る。警察手帳、手錠、通信機も取り上げられた。
さらに、手を縛られ、目隠しがされた。これは、窃盗に加え逮捕監禁罪の現行犯だ。時間と場所を記憶する。
「おとなしくついてこい。親父がお呼びだ」
スペンサーが親父と呼ぶのは一人しか考えられない。大変な局面に僕は立ち会おうとしている。
こういうケースの対処法は警察学校の授業でも習わなかった。僕がやるべき任務はなんだ。情報収集か。いや、重要参考人を守ることだ。
* *
ティリーはフェニックス号の居間でレイターの帰りを待っていた。
ジョーカー事件の続報をニュースが伝えている。
毒ガスで死亡したのは、グレゴリーファミリーの関係者がほとんどだった。店から飛び出した若い男を重要参考人として警察が聴取している、とアナウンサーが冷静に報じていた。
レイターは連邦軍の特命諜報部員だ。
これまでにも人を殺したことがある。けれど、無差別に毒ガスを店で撒くようなことをするはずがない。
車のライトが近づいてきた。船の外へ迎えに出る。警察の車に乗っていたのは年配のパリス警部だけだった。
「レイターが部下のマーシーとともに拉致された」
「拉致ですか?」
驚いたけれど、レイターは『厄病神』だ。彼と一緒にいると、いろんなことが起こる。ゲリラに拉致された時もレイターと一緒に脱出した。
気持ちはすぐに落ち着いてきた。
「グレゴリー一家に連れていかれた。こちらに連絡があるかも知れないから待たせていただきたい」
「わかりました」
パリス警部が不思議そうな顔でわたしを見た。
「あなたは心配じゃないのかね?」
「心配ですよ。でも、彼はボディーガード協会のランク3Aで、危険な状況にも慣れています。きっと大丈夫です」
「レイターは今、目が見えない」
「えっ? どういうことですか?」
思わず息を呑む。
目が見えないという話を聞くと同時に、レイターがめまいがすると言って帰ってきたことを思い出した。 (5)へ続く
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