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銀河フェニックス物語<少年編> 第一話(6) 大きなネズミは小さなネズミ
レイターが嘘をついているかもしれない。アーサーは彼について調べることにした。
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・<少年編>のマガジン
少し調べるだけでいろいろなことがわかった。
レイター・フェニックスというのは偽名ではなかった。
驚いたことにレイターはデータ上「死亡扱い」になっていた。だから簡易検索で「該当者なし」と出たのだ。
地球の住民登録データベースにアクセスすれば情報は簡単に得られた。簡単、というのは将軍家の僕には閲覧権限が付与されているからだが。
生年月日を確認する。生まれた年は僕と同じ。彼の申告通り同い年だった。
母親のマリア・フェニックスは三年前に死亡、父親の欄は空白、現住所は地球の空港近くのコミュニティセンターになっていた。未婚の母が亡くなり、彼は行政に保護されていたということか。
レイターが死亡登録された日付は二週間前の七月七日。このアレクサンドリア号が地球から出航した日だ。
死亡届を検索する。
死因は爆死。空港近くの倉庫の爆発に巻き込まれたことになっている。
あの日、爆発事故の影響でアレクサンドリア号の出航が大きく遅れた。その隙に密航したに違いない。
地元の新聞でこの事故は大きく扱われていた。
二ヶ月に渡るマフィアの抗争がエスカレートし、二十人が犠牲になる爆発事故が発生。子どもが巻き込まれて死亡した、と、ちゃんとレイターの名前と写真が死亡欄に出ていた。
第三次裏社会抗争と名付けられたこの抗争で、すでに民間人が何人も犠牲になっていた。
レイターが話していることに嘘はなかった。だが、僕の中の違和感は溶け切らず残っていた。
*
レイターはよく働いていた。調理場と食堂では重宝されていた。
「へい、いらっしゃいっ!」
彼は主に料理の下ごしらえと給仕を担当していた。
「大盛にしておいたよ」
「スプーンのが食べやすいから、どうぞ」
愛想が良く、細かいところによく気が回る。
人たらし、とは彼のような人物を指すのだろう。笑顔を振りまいて人の心をつかんでいる。チップ制を導入したらかなり稼ぐに違いない。
しばらくするとレイターは艦中の隊員たちからかわいがられていた。
コックのザブリートさんとも気が合っていた。
「いやあ、あいつ飲み込みが早いし、器用だから役に立ちますよ。ちょっと包丁の使い方を教えてやったらその辺の調理師より上手いぐらいですぜ」
ザブリートさんの報告をアレック艦長がうなずきながら聞いている。自分の直感は正しかった、とご満悦だ。
だが、レイターは僕の前では違う顔を見せた。僕とペアでする作業のほとんどを彼は無視した。
「今日どうして、清掃当番に来なかったんだ」
「あん? ああ、忘れてた。悪りぃ悪りぃ」
忘れていたのではない。わざとだ。
「君は大人の前でだけいい顔をする」
「そんなことねぇよ」
「実際そうじゃないか」
「大人の前で、じゃねぇ。俺をこの艦に残す権限をもっている奴の前で、だな」
すぐに屁理屈を言う。
「君がこの艦に乗り込んだ目的は何だ?」
「目的ねぇ……」
少し考えてから彼は答えた。
「生き延びること、かな」
生き延びる? 爆発事故から生き延びたという意味だろうか。
「とりあえずこの艦に乗せてもらえりゃ、四年間は食いっぱぐれずにすみそうだ」
肩をすくめてレイターは笑った。
*
レイターは次第に艦のどこにでも出没した。
彼は平均的な十二歳よりもかなり背が低い。顔も童顔で声も高く、簡単に言えば年齢より幼く見えた。
何でも知りたがるというのは子供の習性だが、レイターは特に好奇心が強いようだ。「これは何なの?」と至るところで聞いて歩いている。子供というのは警戒心を緩くさせるのだろう。隊員たちがレイターに随分とディープな情報を与えている場面に何度も出会った。大人が聞いてもおそらく誰も教えないであろう機密事項ギリギリだ。
僕は不安を感じた。彼は僕らの仲間ではない。だが、毎日食堂で顔を合わせているうちに、彼が同じ共同体に属しているような錯覚に陥っている。
危険だ。 (7)へ続く
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