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銀河フェニックス物語 <恋愛編>  第七話 彼氏とわたしと非日常(5)

銀河フェニックス物語 総目次
第七話 彼氏とわたしと非日常 (1) (2) (3) (4)
<恋愛編マガジン>

 レイターが『あの感覚』にこだわる理由はよくわかる。船と一体化して操ることは『銀河一の操縦士』にふさわしい。師匠を超えたいという思いが伝わってくる。 
「師匠には、いつから操縦を教えてもらってたの?」
「九つだったな」
「前から気になっていたんだけど、どうして九歳から操縦できたの? 無免許なんでしょ」
「あんたの推しは、三歳から乗ってるだろが」
「それはそうだけど」
 エースは子ども時代からチャイルドレースに出ていた。

 けど、レイターがそういうレースに参加していたという話は聞いたことがない。今、レイターはわたしの問いに答えるのをそらした。この話に踏み込んでほしくなさそうだ。

「それにしても不思議ね。『常勝』マルティンは有名だけど、師匠のカーペンターさんの名前は聞いたことがないわ。こんなにすごい腕前なのに」
「あいつは、あんまり勝てねぇレーサーだったんだ」
「そうなの?」
「例えばエースは、前半戦で負けていても、ひっくり返すタイミングを必ず狙っている。エースはレースに勝つことが好きだからだ」
「そりゃそうでしょ。レーサーなんだから」
「カーペンターは違う。勝ち負けより、誰よりも速く飛びたいだけなんだ」
「それが勝つ、ってことなんじゃないの?」
「目の前の勝負じゃねぇんだ。誰よりも、過去の自分よりも速く飛びたい、ってことだけ考えてる。『超速』のあいつは、調子がいいとタイムレコードを更新するスピードでかっ飛ばす。けど、ちょっとでも自分の調子が狂うとやる気が無くなって、すぐに負けちまうのさ」
「記録に残らないから、速いのに有名じゃないわけね」
 純粋な速さの追求。レイターがS1優勝にこだわらないのは師匠の影響かもしれない。

「それだけじゃねぇ。カーペンターはS1から永久追放されたんだ。だからS1関係者はあんまり積極的に取り上げたがらねぇ」
「永久追放?」
「S1の期間中に飲酒操縦で人身事故を起こしたんだ。そのまま交通刑務所行きさ」
「それで、レイターは飲酒操縦しないのね。ほかの悪いことは平気なのに」
「うるせぇ。師匠の遺言なんだ」

「刑務所から出てきて、レイターの師匠になったということ?」
「人生にはいろいろあるのさ。とにかくあいつは俺の恩人なんだ。さ、夕飯作るぜ。きょうは、あんたの星の郷土料理だ」
 会話を切るようにしてレイターが立ちあがった。まただ、尊敬している師匠との話を深くは聞かせたくないようだ。

 レイターと並んで調理台に立つ。ママからもらったアンタレス料理のレシピを見ながら二人で作業を進める。味付けはレイターに任せる。

 はっきり言ってわたしは料理は得意ではない。けど、簡単な調理は彼に教えてもらったから、わたしだってできる。アンタレス産のお芋に火を通す。懐かしい香りが立ち昇ってきた。フライパンの上で転がしながら、チラリとレイターの横顔を見る。

「あん? どうした?」
「弱火で大丈夫かしら」
「いいんじゃね。じっくりゆっくり頼むぜ」
 コンロの火を見ながら考える。

 交通刑務所に入っていたという元S1レーサーの師匠。
 レイターの過去はわたしが知らないことがたくさんある。将軍家とつながりが深いし、特命諜報部員というのも驚きだし。

 彼女なんだから教えてほしい、という気持ちと、レイターが話したいと思うまで待っていよう、という気持ちの間で揺れ動く。
 みんな、彼氏の過去って、どのくらい知っているものなのだろう。前の彼氏のアンドレには、そんな不安を抱いたこともなかった。同じアンタレス人だし、同級生で、価値観も近かった。
(6)へ続く


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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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