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銀河フェニックス物語<少年編>第十三話 銀行までお出かけしたら(4:最終回)
レイターが意識を取り戻した。どうやら銀行強盗に巻き込まれたようだ。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十三話「銀行までお出かけしたら」 (1) (2) (3)
<少年編>マガジン
「あせったぜ、出航に間に合わねぇかと思った」
思った通りだった。ニュースで伝えていたお手柄な子どもはレイターだった。銀行でチャージして帰るつもりが強盗に遭遇して帰るに帰れなくなったのだという。
「田舎警察がボケでさ。人命優先だなんだかんだで突入しねぇでやんの」
「犯人が銃を持っていたんだ。警察だって慎重になるさ。そういうお前だって怪我をしたじゃないか」
「だから、ドジ踏んだんだっつうの」
出航の時間から逆算して飛び出したのだろう。よく間に合わせたもんだ。感心すると同時に意地悪なことを言ってやりたくなった。
「もう、戻ってこないだろう、とみんなで喜んでいたのに」
「マジっ?」
充血した目が大きく見開いた。
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「冗談だ」
僕の切り返しに、ふぅ、と大きく安堵の息を吐く。
「……ったく、面白くねぇよ。あんたって、ほんと、わかんねぇな」
「わからないのはお互い様だ。ニュースでは銀行強盗から市民を救った少年を探していると伝えていたぞ。あのまま残って、お手柄少年として表彰されたら良かったんじゃないのか」
「あんた、俺に死ねってのかよ。俺が生きてる、ってばれたらマフィアが襲ってくるじゃねぇかよ」
手にした十万リル札をレイターに向ける。
「身代金のうち十万リル札が無くなったと報道されていた。これがそれか?」
「だから、ドジった、っつったろ。カウンターに百万リル札が運ばれたところを狙って飛び出したんだ。けど、行員が置いた場所が悪くてさ。防カメに顔が映るの避けたら、銃弾よけそびれちまった。しかも、つかんだのが十万リル札だったとは、俺としたことがありえねぇよ」
ドジった、というのは百万リル札を奪えなかったことを言っていたのか。心底悔しそうな声だ。だが、彼は大事なことに気づいていない。やっぱり子どもだ。
「仮に君が百万リル札をつかんだとしても、そのお金は使えないぞ」
「あん? デジタル通貨じゃねぇからいけるだろ」
レイターが言う通りデジタル通貨であれば即座に利用停止措置が取られる。犯人もそれを避けて紙幣を用意させたのだろう。だが、そんな簡単な話ではない。
「紙幣にも記番号が埋め込まれているんだ。使用すればすぐに捕まるさ」
レイターが驚いた顔で僕を見た。
「あんた、まさか、その金、俺が普通に使うと思ってんの? 資金洗浄するに決まってんじゃん。ま、十万じゃ記番号変更の闇口座作る気もしねぇから、しばらくはタンス預金で寝かせておくけど」
前言撤回。こいつはただの子どもじゃなかった。裏社会の帝王が後継者と見込んだ人材だ。足が付くような馬鹿な真似はしない。
だが、この行為は窃盗、紛うことなき犯罪だ。
「不当利得は銀行に返還する」
「どうやって?」
レイターは挑戦的に僕を見た。
手にした十万リル札が重みを増したように感じた。アレキサンドリア号から返金したことが知られるわけにはいかない。デジタル通貨なら細工のしようはある。だが、現物が移動する痕跡を消すのは相当厄介だ。将軍家の秘匿郵便を使用すればできなくもないだろうが、こんな私的理由で使うことの方が問題だ。人が動けば金が動く。それは税金だ。
銀行にとって十万リルは損失だが、レイターは身体を張って強盗犯を捕まえた功労者だ。三億リルの損害を防いだと判断すれば、相殺する価値はある。つまり、僕が目をつぶればすべてが丸く収まるということだ。
もし、あいつが百万リル札を盗っていたら黙認はできないだろう。結果としてつかみ損ねたことが、功を奏したと言える。
「総合的に判断して、今回はこのまま見逃すが、二度とするんじゃないぞ」
「さすが天才少年。俺と同じ考えだ」
ニヤリと笑う顔を殴りつけたい衝動に駆られる。麻酔を打たなかった罪悪感をこれで帳消しにすることにした。
今回、確信したことがある。彼はこの艦から出ていく気がさらさらないということだ。
アレクサンドリア号の乗艦任期は四年。
おそらくこれからも僕は行動も感情も何度も引っ掻き回されることになるに違いない。
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けれども、気づき始めた。影響を受ける僕自身がその不安定な状態を実は面白がっていることに。どんな文献よりも興味深い観察の対象として彼との生活は退屈しないだろう。
十二歳の僕たちには、まだたっぷり時間がある。 (おしまい)
第十四話「暗黒星雲の観艦式」に続く
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