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銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(18) 決別の儀式 レースの前に

第一話のスタート版
第三十九話 まとめ読み版①   (10)(11)(12)(13)(14)(15)(16)(17

 あの日、わたしはレイターの助手席に座っていた。アステロイドで白魔と戦った時。

s22横顔眉優し

「あの感覚…」
 口にしたら身体が震えた。『あの感覚』がよみがえる。あふれる多幸感。脳内から光がほとばしり恍惚状態となった、あの時…。何が起きていたのだろう。

「レイターは『あの感覚』と呼んでいました」
「もう少し具体的に表現できるかい?」
 困った。言語化できないから『あの感覚』なのだ。

 わたしは絞り出すように言葉にした。
「すべてを制御する幸せな感覚というか。……全知、全能」

「それを相手にするのは手強そうだな」
 エースは船を停めるとわたしを見た。
「ティリーは、僕とレイターのどっちに勝って欲しい?」

 仕事としての迷いはない。
「エースに勝ってもらうため、わたし毎日、がんばってます」
「仕事じゃなく、友人として聞いているんだ」

 エースの目が真剣だった。
 エースに勝ってほしい気持ちは嘘ではない。友人であるエースを喜ばせるために「エースです」と答えることもできた。

 でも、わたしは目をそらし、迷いながら答えた。
「……わからないです」
 友人だからこそ真摯に向き合わなくてはいけない。

 心の奥に、レイターの全知全能の飛ばしを見たがっている自分がいた。


 エースが操縦桿から手を離した。
「エ、エース、手放し操縦はダメです」
「停船中だから大丈夫だ」

 エースの顔がわたしの目の前にあった。

正面

 なんて綺麗に整った顔立ちなのだろう。クールな切れ長の目、長いまつげの一本一本までくっきり見える。
 わたしの憧れの貴公子。

 エースのブロマイドも生写真も山のように持っているけれど、こんなに優しい表情は見たことがない。

 うっとりしているわたしに、エースの顔が近づいてきた。 

ティリーとエース頬色2

 わたしの頬にエースの手がゆっくりと触れた。手のひらの温もりが伝わる。
 学生のころ、サイン会で握手をしてもらった。操縦桿を握るエースの手がわたしに触れている、と興奮したあの時と同じ感触。

 さわやかなライムの香り。
 エースの整髪料の香りが胸を高鳴らせる。わたしは慌ててまばたきをした。エースの息がわたしに触れ、視界いっぱいに無敗の貴公子の美しい顔が広がった。

* *

 きょうもレイターはハールの中にいるのか。
 スチュワートは深夜にチームの整備工場へ顔を出した。

横顔スーツ前目一文字

 本番まであと一週間。

 ようやくメガマンモスのエンジンをハールに積んだ。
 レイターは一人であっちいじっては試乗、こっちいじっては試乗を繰り返している。

 家、というかフェニックス号にも帰らずハールの座席で寝ていることもしょっちゅうだ。食事も適当。
 俺は心配になる。
「おい、レイター。お前は操縦士だろ、体調管理も仕事のうちだ。夕飯食ってないんだろ」

「食わねぇ方が、感覚が研ぎ澄まされるんだよな」
 まるで飢えた狼だな。
「S1は体力勝負だぞ。短距離の飛ばし屋のバトルとは違う」
「わかってる。でも、今は、一分でも一秒でも船を俺ん中に取り込みてぇんだ」

「折角、プリン買ってきたんだが・・・」
「食う」
 レイターは船から素直に出てきた。

 プリンを食べながらレイターは俺に不思議な話をした。
「俺、船を自在に操りてぇんだ」

プリンを食べる作業服

「今だって操ってるじゃないか」
「違うんだ。すべてを支配してぇんだよ。俺は『あの感覚』って呼んでるんだけどさ、その域に入りてぇんだ」
「入ったことあるのか?」
「ああ、先月も入った」
 随分簡単な話だな。

「その域に入るとどうなるんだ?」
「時が止まる」
「時が止まる?」
「全知全能ってやつさ。誰にも止められねぇ。銀河一の操縦士ならそれが扱えなくちゃいけねぇんだ」
「そいつはすごいな。期待してるよ」

 レイターから返事がない。
 いつもなら自信満々で「まかせとけ」というのに。あいつは苦しそうな顔をして頭を抱えた。顔色が悪い。

「おい、どうした?」
「…どうしたら再現できるかわかんねぇんだ。ハールとメガマンモスならいけるんじゃねぇかって思ったのに。…また、入れそうで入れねぇ。俺が銀河一の操縦士であるためには『あの感覚』を俺一人でつかまなきゃ、意味がねぇっつうのに……」

悩みかみしめ

 絞り出すような声。どうしたんだ?

 焦り? いやまるで怯えているようだ。レイターのこんな表情を初めて見る。
 この状態でこいつをS1に乗せて大丈夫なのか。俺は不安に襲われた。

<出会い編>第三十九話(19)「決別の儀式 レースの途中に」 へ続きますが、その前に
<裏将軍編>第一話「涙と風の交差点」

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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」