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銀河フェニックス物語<少年編>第九話(6)「金曜日はカレーの日」
ハイスクールを卒業する頃、バルダンがマフィアと揉めたことをヌイは思い出した。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「金曜はカレーの日」 (1)(2)(3)(4)(5)
<少年編>マガジン
バルダンがスプーンをくるりと回しながら言った。
「まあ、この艦も死には近いがな。今日だって生きて帰れる保証はなかった。自分の能力を高めるためにも、特殊部隊の訓練に興味がある。だが、あそこへ入るにゃ俺の苦手なペーパー試験があるのさ」
それが理由だったのか。
「でも、お前さんは白兵戦の勉強は欠かさないじゃないか」
バルダンは身体能力が高いだけじゃない。天才軍師の坊ちゃんと議論を戦わせるほど戦術にも詳しい。
「俺は勉強が嫌いなんじゃない。文字を書くのが苦手なんだ」
*
懐かしい昔話をしていたら、すっかり遅くなってしまった。
カレーの香りが漂う食堂には誰もいなかった。みんな今日の戦闘で腹を空かせたのだろう。
第四金曜日は、定番の『アレクサンドリアカレー』とは異なる様々なカレーが出る。きょうは明るいオレンジ色のチキンカレーだった。
僕が席に着いて食べ始めると、食堂に坊ちゃんが入ってきた。
お疲れのようだ。
きょうは彼にとって初めての実戦だ。自分の立てた作戦で、白兵戦部隊のバルダンたちが死んだかもしれない。緊張が続いたに違いない。
アレック艦長が坊ちゃんに仕事を押し付けている、という噂がある。仕事の速い天才が残業していたのは、きょうの検証報告書の作成までやらさせられたのだろう。
まだ、十二歳だというのに。
普段は一人で食事をする坊ちゃんが僕に声をかけてきた。
「ヌイ軍曹、ご一緒していいですか?」
彼をねぎらいたいと思った。天才軍師の次期将軍、ではなく、十二歳の少年アーサーを。
「もちろんです。きょうはお疲れさまでした。ヌイでいいですよ。僕もアーサーと呼びますから」
と伝えると、硬かった坊ちゃんの表情が和らいだ。
フルーティなチキンカレーは、口にした瞬間は甘いのにピリリとした辛味が舌を刺す。
「ビーフカレーもいいけれど、これはこれで、おいしいね」
僕の感想に坊ちゃんがうなずく。
「そうですね。このぐらい甘味があってもバルダン軍曹は食べられないのでしょうか?」
「辛さだけじゃなくカレーの香りも苦手だから、無理だと思うよ」
厨房の奥に料理長のザブリートさんの姿が見えた。
レイターはバルダンに弁当を届けに行ったまま戻っていないようだ。「カレーは後片付けが楽だから俺がいなくても平気なんだよ」とうそぶいていたことを思い出す。サボりだな。
それに比べて坊ちゃんは、子どもの頃からずっと自分を律してきたのだろう。
一見、無表情に見えるけれど、その奥に多彩な感情が動き回っているのがわかる。レイターと同じように少年らしい感受性を内に秘めている。
柔らかいチキンの手羽元をくずしながらたずねる。
「アーサーは暗号を解く時、解を事前に予測できるのかい?」
「そうですね。指示暗号文は初見の段階で結論が見えることがあります」
それは暗号学のベテラン教官並だ。
「すごいなぁ。暗号通信士の試験を受けたらいいんじゃないかい? 資格手当も付くよ」
おちゃらけながら勧めてみた。次期将軍の坊ちゃんにとっては資格手当に魅力はないだろうけれど、暗号を扱うのであれば本来は暗号通信士の資格が必要だ。今回の武器庫の暗号も、公式には僕が解読したことになっている。
「無理です」
坊ちゃんは首を横に振って、苦しそうな顔をした。疲れていることもあるのだろうが、彼のこんな表情は初めて見る。
「難関試験と言ったって、僕でも受かったんだよ」
「音階暗号譜が解けないのです」
確かに音階暗号符は絶対音感がないと解読は厳しい。
「基本言語はできるとレイターから聞いたけれど」
「かなり苦労しました。僕は耳から得る情報の再現がうまく出来ないのです」 最終回へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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