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銀河フェニックス物語【出会い編】 第一話 永世中立星の叛乱⑥ (51)~ 最終回
・第一話のまとめ読み①(1)~(10) ②(11)~(20) ③(21)~(30)
④(31)~(40) ⑤(41)~(50)
オルダイが言った。
「俺はこいつを信じている」
昔のことを思い出す。
「あなたはいつもそう。理想ばかりよ。だから私はついていけない」
「わかっている。だからついて来いとは言わなかった」
その言葉を聞いた瞬間、反射的に目の奥が熱くなった。
オルダイが近衛隊長を辞めた日のことを思い出す。
考え方は違う。けれどあなたを愛していた。
あの日、喧嘩別れをしたあの日。涙が枯れるほど泣いたことをこの人は知らない。
今でもあの日と同じ苦い痛みが私を貫く。
「オルダイ、ダメだ。女性を泣かすのは最低だ」
諜報部員の顔が私の目の前にあった。
「パスワードはオルダイのフルネーム、オルダイ・バルボアだ。あんたらを信じてねぇわけじゃねぇんだ」
一瞬、意味が理解できなかった。
彼は今、切り札である重力制御装置のパスワードを私たちに明らかにした。
「アリオロンに命を狙われるのが面倒なんだよ。俺しか知らなきゃ殺せねぇだろ。頼むから俺がこの星を出るまで、パスワードは俺しか知らないことにしておいてくれ」
そう言って彼は気持ちのいい笑顔を見せた。
「オルダイの理想は実現する。だが、あいつはアピールが下手過ぎる。だからあんたが助けてやってくれ。そうすればこの星は生まれ変われる」
その笑顔につられて私は思わず微笑んだ。
「そうそう、やっぱり美人の笑顔は最高だ」
オルダイが私の前に立った。
「アドゥール。もう一度、俺と一緒にこの星の未来を作らないか」
「私でいいの?」
「他に誰がいる」
オルダイの瞳を見つめる。
昔と変わらない、強い意思の光を放っていた。その光が私を包み込んだような気がした。
* *
ラール八世の勅令を受けて街中の混乱は収まっていた。
レイターと共に空港の拠点へ戻ったオルダイは感慨深かった。
俺たちはもう反王室グループじゃない。国民議会だ。
喜ぶのは早い。全てはこれからだ。だが、スタート地点に立つことができた。
ラールゼットを爆破したヤンとトライムス少佐も空港に戻っていた。
ヤンが駆け寄ってくる。
「オルダイ隊長、やりましたね」
「ご苦労だった」
「ほんとに死ぬような思いをしましたよ。この人のせいで」
ヤンはレイターを指さした。
「あん? 俺が何したってんだよ。あれ、アーサー、あんた顔に怪我してんの?」
レイターが愉快そうに笑った。
前髪に隠れてわからなかったがトライムス少佐は額に絆創膏を張っていた。
「誰のせいだと思っているんだ」
不機嫌そうな声で少佐は続けた。
「暗殺協定の解除とはいかなかったようだな」
「ライロットの肋骨二、三本折ってやったから、けがの借りは返したぜ。おあいこだ」
レイターのけがはアリオロンの工作員と殺りあったためだったのか。
「さてと、俺はフェニックス号へ帰るぜ」
帰ろうとするレイターに俺は声をかけた。
「少し休んでいったらどうだ。傷の手当てもしたほうがいい」
「船でお姫さまが俺の帰りを待ってんのさ。あんたも姫さまのご機嫌をとるのは任務より大変だろ」
姫さまとはアドゥールのことを指しているつもりか。
「お前と一緒にするな」
と応じたが、こいつの言うとおりだな。
アドゥールともう一度やり直したい。彼女とならこの先の困難を乗り越えられる。
レイターがちゃかしながら言った。
「あんたはこれからが本番だ、ま、適当にやれや」
「感謝している。落ち着いたら国賓として呼ぶよ」
俺の言葉にトライムス少佐が口を挟んだ。
「止めたほうがいいですよ。折角の未来に傷がつく」
「うるせぇ。それよりフェニックス号を優先的に離陸させてくれよ」
管制計器を見ながら俺は答えた。
「わかってる。今、西ゲートは立てこもりがあって閉鎖してるが、お前の船の東ゲートは大丈夫だ」
「立てこもり?」
「臨時便の中で乗務員を人質に騒いでいる奴がいるんだそうだ。この忙しいのに妻を呼んでこいとか身内のごたごたらしい」
「ふ~ん。ま、俺には関係ねぇ。じゃな」
「レイター」
帰ろうとするレイターをトライムス少佐が怖い顔で呼び止めた。
「あん?」
「アルボードは置いていけ」
「ちっ、ばれたか」
レイターは口を尖らせながらカード型の機器を上着のポケットから取り出した。
名残惜しそうに机の上に置くと「じゃな」と言って部屋を出ていった。
混乱の中忘れていた。
トライムス少佐からアルボードを俺が持って帰って来るように言われていたことを。
アルボードを見ていたら、俺はあることに気付いた。
トライムス少佐の顔を見つめた。
「あなたは最初から、レイターが教皇と交渉し永世中立を維持させると予測して、彼と俺を組ませたのですか?」
レイターが警備艇ラールゼットの爆破に向かっても良かったのだ。
だが、トライムス少佐はあえてレイターを神殿に向かわせた。
その結果、あいつは重力制御装置の管理権を盾に、アリオロン同盟の介入を防いで中立を維持させ、国民議会の設置をラール王室に認めさせた。
トライムス少佐は額の絆創膏を軽く押さえながら答えた。
「予測できたら怪我はしません」
そして、笑いながら続けた。
「ただ、あいつが私の指示を素直に聞かないことだけは確かです。まったく困ったものです」
その答えでわかった。
結果としてレイターが状況を打破する可能性に賭けていたことが。
* *
ふぅ。脇腹の傷口が熱い。ま、後はソラ系まで帰るだけだ。
レイターはフェニックス号へと戻った。
「はぁい、ティリーさん、やっとお家へ帰れるぜ」
変だ。
「ティリーさん?」
人の気配がない。
「フレッド!、ティリーさん?」
おいおい、あいつらどこ行った?
「おふくろさん。二人はどうした?」
「出ていきました」
「なにっ!? いつ? どこへ?」
「三時間前おそらく西ゲートへ、臨時避難便が出ると言う情報をフレッドさんが・・」
「西ゲートだと?」
オルダイの言葉を思い出す。臨時便の中で乗客を人質にとった立てこもりが起きてるって言ってたぞ。
「なんであんた止めなかったんだ」
「自由意志で外へ出る者は止められません。監禁罪にあたります」
「くそっつ!!」
机を拳で思いっきり叩いた。
傷口がズキンと痛む。
「何で、あいつら、俺を待てねぇんだ」
やべぇ、体中が熱い。ソファーに倒れこむ。
「・・・おふくろさん。痛み止めを頼む」
「出せません。けがの治療が先です」
「うるせぇ。つべこべ言わずに出せ!!」
「これ以上、体へ負担をかけるのは危険です」
「くそばばあが。・・・わかった。もういい」
俺はゆっくり立ち上がった。くっそぉ、足元がふらつく。
「どこへ行くのですか?」
「決まってるだろうが、西ゲートだ」
「駄目です」
「俺の自由意志だ」
*
西ゲートでは学生自警団が立ち入りを制限していた。
現場の様子をうかがうレイターの前に黒髪の男が姿を現した。
アーサーかよ、嫌な展開だ。
「何であんたがここにいるんだよ」
「マザーから連絡が入った。お前を止めて欲しいと」
「止めても無駄だぞ」
「今のお前なら止められる自信があるぞ、やってみるか」
そう言いながら、あいつはすっと構えた。
マジかよ。この状態であいつとやりあうのか。
俺は久しぶりに心が折れそうになった。
そんな俺の顔を見てアーサーは満足そうに笑った。
「冗談だ」
「あん?」
「マザーには悪いが、これを持ってきた」
アーサーが取り出したのは簡易注射器だった。痛み止めか。
「ったく、あんたにしちゃ気が利くじゃねぇか」
腕に痛み止めを打つ。即効性だ。脇腹の痛みが引いていく。
「私も一緒に行こう」
気持ち悪いな。こいつの親切はロクなことがない。
「これは俺のボディーガードとしての仕事だ。あんたにゃ関係ねぇ」
「わかっている。私もできるだけ介入したくないんだが・・・。私の船が西ゲートにあって出せないんだ」
「なにぃ?」
こいつの自分のためかよ。
「警察は何やってんだよ。あんなちんけな立てこもり特殊部隊なら五分でカタのつく話だろうが」
「特殊部隊がいないんだ。お前が神殿で倒しただろ」
「まじかよ」
言葉に詰まる。
「とりあえず逮捕令状は預かってきた」
連邦軍の特命諜報部員は逮捕権を持っている。けど、ここは永世中立星だぞ。こいつ俺よりめちゃくちゃだ。
「あんたとやるなら三分で終わりだな」
「そういうことだ」
* *
まるで手品かイリュージョンを見ているようだ、とティリーは驚いた。
どこから入ってきたのだろう。
ハイジャック犯の後ろに男性が二人立っていた。
レイターとアーサーさんだった。
犯人が驚いて振り向く。
「な、なんだ、お前たちは?」
気がつくと、ナイフを持つ手をレイターがねじり上げていた。
「あんた、こんな美人さんにナイフを向けるたぁ、罪は重いぜ」
アーサーさんが男に手錠をかけた。
「ハイジャックの現行犯で逮捕する」
* *
ハイジャック犯の処理はアーサーに任せて、俺たちはとっととソラ系へ帰るぜ。
西ゲートのカウンターでティリーさんとフレッドのスーツケースを受け取り、三人でフェニックス号に向かって歩く。
「ティリーさん、怪我はねぇか?」
「ええ」
「これで怪我してたら俺の責任かよ。ったくボディーガード泣かせだぜ」
俺はフレッドの野郎をにらみつける。
「あんたも元気そうだな」
「ああ」
「船から出るな、って言っただろ。なんで俺が帰ってくるまで待てなかった?」
「き、君が職場放棄するからだ」
「職場放棄だとぉ。状況把握は俺の仕事だ」
半分本当で半分嘘だ。
「ごめんなさい」
ティリーさんが泣きそうな顔をしている。
「そんなに俺が信用できないか?」
「一人になるのが怖かったの。ごめんなさい・・・」
十六歳のお嬢さんにゃいろいろありすぎたな。
「さあ。今度こそおうちへ帰るぞ」
* *
「重力制御解除まであと五秒」
隣の操縦席でレイターが航行パネルを操作している。
飛び立つフェニックス号の中でティリーは感慨にふけっていた。
この四日間、なんていろんなことがあったのだろう。
「三、二、一、成層圏、重力圏ともに離脱」
巨大惑星のラールシータが遠ざかっていく。
『厄病神』がここまで力を持っているとは思わなかった。
契約がうまくいかなかっただけじゃない。
あんな武力衝突に巻き込まれて、よく無事にこの星を出ることができた。
初めての出張は考えさせられることばかりだった。
自分が生きてきた世界と違う世界。
テレビのニュースの話だと思っていた。でも、世界はつながっていた。
レイターのことも、おちゃらけたいい加減な人だと思っていたけれど・・・。
隣に座る厄病神を見る。
その時、気がついた。何だかレイターの様子がおかしい。顔が真っ青だ。操縦桿を握る手が震えている。
「レ、レイター?」
「慣性飛行ルートへ突入。以後、自動操縦へ切り換える。・・・おふくろさん、くそばばあは取り消す。後は、まかせた・・・限界だ」
それだけ言うとレイターはコントロールパネルの上に突っ伏して倒れた。
「レイター!」
* *
白い天井。ここは・・・医務室か。
レイターは目を覚ました。身体が重い。
「気が付いたのね。よかった」
ティリーさんがうれしそうに俺を見てる。なんて可愛い笑顔なんだ。
「俺、どのくらい寝てた?」
「丸二日よ」
結構寝たな。だが、まだ寝足りねぇ。
「何がかすり傷よ! 熱は引かないし、炎症起こして危険な状態だったんだからぁ! ばか! ばか!」
怒った顔もかわいいが、けが人の耳元であんまり騒ぐなよ。
俺は目を閉じてかすかに響くエンジン音に集中した。
快調だ。順調に進んでるな。
「レイター?」
心配そうな声がした。
俺は目をあけてティリーさんを見た。
「もう、無理しないで。わたしあなたのこと信じるから」
信じるから。
その一言で俺の身体は幸福感で満たされた。
「ああ」
俺はうなづくと、そのまままた眠りに落ちた。
* *
フェニックス号のリビングでわたしは本をフレッド先輩は新聞を読んでいた。
帰りはソラ系まで一週間かかる通常航路を通っている。
フレッド先輩は、あっという間に出張報告書を作成し提出した。
契約できなかったことが問題になるどころか、わたしたちに危険地域出張手当が出て、特別休暇ももらえることになった。
有能なビジネスマン恐るべし。
「みなさ~ん。明日の午後三時。あと二十四時間でソラ系へ到着ですよぉ」
すっかり元気になったレイターが入ってくる。
学生リーダーのマイヤさんの言葉を思いだした。
『非常時の行動で人間としての幅や器の大きさがわかるというものです』
レイターの顔を思わず見つめる。
「なんでぇ、ティリーさん。俺の顔に見とれてんのかい」
「ち、違うわよ。レイターって幅があるのかなって」
「失礼な、俺は太ってねぇぞ。鍛えてんだからな」
そういう意味じゃないんだけれど。
レイターが冷蔵庫を開けると大きな声を出した。
「あっ。俺のプリンどうした?! 最後の一個が無いっ!!!」
「知らないわよ」
確かにアーサーさんがお見舞いに持ってきてくれたプリンはおいしかったけれど、そんなに大騒ぎすることじゃないでしょうが。
「フレッド!! てめぇ、喰っただろう」
「い、いいじゃないか、プリンの一つや二つ」
デジタル新聞の向こうから頭を少しだけ出したフレッド先輩のおびえた声がする。
「仕事が終わったら食べようととっておいたんだよぉ。楽しみにしていた俺のプリンを・・・ 許さん!!」
レイターが殴りかかろうとする。
「ま、待て暴力反対」
フレッド先輩が立ち上がって逃げ回る。
「レイター、止めなさいよ!」
どこからどう見ても、レイターが器の大きい人間とは思えないわ。
ティリーは頭に手を当てた。
フレッドとレイターの足音が船内に響く。
フェニックス号には、政変をくぐり抜けたばかりとは思えない平和でのんびりとした時間が流れていた。 (おしまい)
第二話「緑の森の闇の向こうで」
もしくは 一年後のお話 第十六話「永世中立星の誕生祭」へ続く
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