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銀河フェニックス物語<少年編>第八話(4)ムーサの微笑み

ヌイはバルダンから文字入力のキーボードを借りた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「ムーサの微笑み」 (1)(2)(3
<少年編>マガジン

 僕の情報端末には仕事で使う音源データが入っている。
 自分のキーボードとバルダンの二台をつないで、ピアノの鍵盤画像をマッピング同期させた。
 この文字入力ボードに映し出された鍵盤画像を叩けばピアノの音が出る。八十八鍵には足りないが、六十一鍵キーボードぐらいはいける。

 レイターが食い入るように見ていた。

「弾いていい?」
「ああ」 

 何を弾くかと思ったら、ドレミファソラシドの音階だった。
「俺でも弾けるぞ」
 バルダンが馬鹿にしたような口ぶりで言った。

 いや、ちょっと待て。ドンドンと音階を弾くスピードが上がっていく。本格的な運指練習だ。ハノン三十九番か。なめらかな指くぐり。

12横顔@前目真面目下向き

「は、速いな」
 バルダンも目を見張った。
 転調しながら四オクターブを弾き続ける。

 インチキ鍵盤の外へ指がはみだす。文字入力ボードじゃ音域が足りていない。

 突然、鍵盤から指を離すと、レイターは不満気に呟いた。
「半年ぶりは、やっぱダメだな。指が流れちまう。もうちょっと借りていい?」
「ああ」
 レイターは繋がった情報端末にヘッドホンを無線コネクトして耳につけた。僕たちに演奏を聞かれるのが恥ずかしいようだ。

 レイターは何か曲を弾き始めた。
 カタタタタと、キーボードを連打する音が響く。

 僕はこっそりと端末のスピーカーから小さな音で流した。ヘッドホンをして鍵盤に集中しているレイターは気づいていない。

 ショパンのエチュード第四番だ。超難曲を高速で弾いている。
 鍵盤が軽いということもあるのだろうが、それにしても何というスピードだ。プロの演奏家のようだ。

「へー、指先が見えんぞ」

一に訓練のバルダンやや驚く

 バルダンが感心している。

 ギターの時にも思ったが、こいつ身体の割に指が長い。楽にオクターブに届いている。音楽に向いているな。 
 あっという間に曲を弾き終えた。二分かかっていないんじゃないだろうか。

 バルダンが拍手した。レイターが驚いてヘッドホンを外す。
「き、聞いていやがったのか?」

ミニ顔怒り柄シャツ逆

「凄いじゃねーか」
 バルダンは純粋に褒めていたが、レイターは顔を真っ赤にして怒った。というか、耳まで赤くして恥ずかしがっていた。

「卑怯な真似しやがって。この曲は練習中なんだよ。だからミスタッチばっかりだけど仕方ねぇじゃん。久しぶりだし、左の小指が弱いし、この鍵盤初めてだし」
 ミスタッチには気が付かなかったが、こいつにとっては不本意だったのだろう。次から次へと言い訳を言い続けた。ほんとにガキだ。

「お前さん、他にも何か弾いてみてくれ」
「やなこった」
「じゃあ、もう鍵盤もギターも貸さない」

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「マジかよ」
 レイターは口を尖らせながら少し考えて、インチキ鍵盤に向かった。

「じゃあ『夏の日の雲』のピアノバージョン」
 僕の曲を鍵盤で奏でだした。完成度の高いピアノ曲にアレンジされていた。自分の曲という感じがしない。
 バルダンが興味深げにたずねる。
「楽譜はいらないのか?」
「一回聞けば同じさ」
 こいつの頭の中には、音符がみるみる降ってくるのだろう。

 レイターはまたヘッドホンを付けた。
 とにかくキーボードの演奏を他人に聞かれたくないようだ。まあ、好きにすればいいさ。

 レイターは、貪るようにいつまでもカタカタと弾き続けた。

キーボードを打つ手

 様々な曲を手が覚えている。どれだけ、音楽に飢えて渇いていたのだろうか。
 気がつくと鍵盤に手を置いたまま机に突っ伏して寝ていた。
 僕がギターを抱きながら眠った頃のことを思い出した。

 できることなら、ピアノとか本物の鍵盤楽器を与えてやりたいが仕方がない。戦地へ向かう軍艦では。  (5)へ続く

<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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