銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第七話 彼氏とわたしと非日常 (4)
「あいつはあくまでS1の申し子だ」
「じゃあ誰なのよ」
「俺の師匠」
前に聞いたことがある。師匠が亡くなったから自分が『銀河一の操縦士』なんだ、と自慢げに語っていた。
「レイターの師匠って誰なの?」
「バラドレック・カーペンター、って昔のS1レーサーさ。知ってるかい?」
「聞いたことないわね」
答えられないのが悔しい。
「ガビ・マルティンと戦ってたんだ」
「マルティンって昔の『常勝の獅子』?」
「さすがS1ファン、よく知ってるじゃん」
『常勝の獅子』はわたしが生まれる前に活躍したS1レーサーだ。最多優勝保持者だった彼の記録を二十年ぶりに『無敗の貴公子』のエースが更新した。あの時は興奮した。
「そうだ、師匠とマルティンの対戦動画でも見るか」
「見たい!」
レイターの師匠ってどんな飛ばしをするのだろう。
フェニックス号の4D映像システムは最強だ。レイターの散らかった部屋が見る間にレース場へと変わる。
二十五年前のS1決勝戦だった。今も使われているテッグレスのレース場。コースは今と変わっていない。
レイターも生まれていない頃の動画なのに、古さを感じさせない。
「俺はガキんころから、このレース何千回と見てる」
何千回、って、一瞬冗談かと思ったけど多分誇張でもなく本当だ。この人の船やレースに対する執着心は尋常じゃない。
「師匠は『超速』って呼ばれてたんだ」
レイターの師匠のバラドレック・カーペンターのプロフィール動画が流れた。結構イケメンだ。
「女性ファンがついていそうね」
「そうか? ファンサービスも何もしねぇから、受けはよくなかったんじゃねぇの」
ポールポジションを『常勝の獅子』マルティンがとっていた。決勝に臨むカーペンターは随分と後方からのスタートだった。
「予選は失敗したんだ。カーペンターは気分屋でさ、精神面でもろいところがある。でも、こっからすごいぜ」
レース機が一斉にスタートした。
レイターが手を加えたというこの動画は、カーペンターの機体が中心に編集されていた。
「す、すごいかも」
まるで、レイターのような操縦だ。次から次へと前にいる船を抜き去っていく。
気がつくと二位に浮上していた。
「『超速』カーペンターが本領発揮です。さあ、トップを行くマルティン、『常勝の獅子』は逃げ切れるか」
「次の第三コーナー、よく見てな」
レイターの目が真剣だ。師匠の『超速』がカーブで追い越しをかける。
危ないほど接近して、そして、一瞬船がゆがんだように見え、気がつくと先頭を飛ばしていた。
「な、何、今の?」
「反回転を逆サイドにかけながらすり抜けたんだ。どうしてあんな操縦ができるんだ、あいつは。ここじゃ勝負賭けねぇだろ。何度見てもすげぇ」
レイターが感嘆の声でつぶやいた。操縦のテクニックの詳しいところはよくわからないけれど、相当に難しいことは素人のわたしにもわかる。
「レイターは、できないの?」
「できるさ」
不機嫌そうな声が返ってきた。
「でもな、この映像を見ないで、ぶっつけ本番であの場であの瞬間にこの飛ばしができたか、っていうと多分、無理だ」
「へぇ」
めずらしい。レイターが操縦に関して「無理」と口にするのは。
そのまま『超速』カーペンターが『常勝の獅子』を抑えて優勝した。
わたしは素朴な疑問が浮かんだ。
「師匠とレイターはどっちが速いの?」
彼が下唇を噛んだ。
「カーペンターに勝ちてぇ。けど、俺はあいつほど天才的でもねぇ」
その答えにびっくりした。レイターは自分が操縦の天才であることを普段から鼻にかけているような人だ。
「天才より天才なの?」
「師匠は超天才なんだよ。本人に聞いてもどうして、ああやって飛んだのかわかってねぇんだから。直感、っていうか『あの感覚』の中で飛んでやがるんだ」
確かに師匠の飛ばしは『あの感覚』っぽかった。
(5)へ続く