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銀河フェニックス物語【少年編】第十四話 暗黒星雲の観艦式(まとめ読み版①)
戦艦アレクサンドリア号、通称アレックの艦。
銀河連邦軍のどの艦隊にも所属しないこの艦は、要請があれば前線のどこへでも出かけていく。いわゆる遊軍。お呼びがかからない時には、ゆるゆると領空内をパトロールしていた。
アレクサンドリア号に軍司令本部から出動の命令が下った。
出動と言っても戦闘ではない。フチチ星系軍の観艦式への参加だ。
「なあ、アーサー、観艦式、って軍艦や戦闘機がいっぱい集まるんだろ。ニュース動画で見たことあるぜ。ワクワクするな」
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宇宙船お宅のレイターが目を輝かせている。状況がわかっていないようだ。
「遊びじゃないんだぞ。フチチは前線だ。現時点で戦闘は発生していないが 停戦協定を交わしているわけじゃない。いつ交戦状態になってもおかしくない一触即発の状況だ。ソラ系中心部の観艦式とは意味が違う」
フチチ星系はソラ系銀河の周縁に位置している。暗黒星雲を挟んだ向こう側には敵アリオロン同盟の軍事基地がある戦闘警戒宙域だ。要衝のフチチには現地軍に加えて我が連邦軍が駐留している。
「ふ~ん。そんなところで戦力を見せびらかしたら、敵さんを刺激して、ドンパチおっぱじめちゃうんじゃねぇの?」
「逆だ。フチチ軍を連邦軍がバックアップしていることを示すことで、アリオロンが攻め込むことを躊躇させる。抑止力だ。このところアリオロン軍機が暗黒星雲を抜けて領空侵犯してくるケースが相次いでいるからな」
「なんで?」
「アリオロン同盟軍の最高司令官でもあるドルゴラータ盟主は好戦派だ。『銀河融合』に備えて隙あらば攻めておきたいのだろう」
当たり障りのない答えをしておく。
「『銀河融合』って俺たちが死んだ何百年も後の話だろが」
「……」
僕は応えなかった。これ以上は機密だ。
「アリオロンの偉いさん、ってさ、五年に一度くじで決まるんだろ?」
「そうだ。アリオロンは盟主抽選制を取っている。くじで選ばれた盟主が好戦派か厭戦派か、その結果で我々連邦の対応も変わる」
昨年実施された盟主抽選で前任に続き好戦派の盟主が選ばれた。五年間は軍事的な緊張関係が続く。
「ふぅ~ん。逆にうちら連邦は将軍家のあんたんちみたいに世襲だから全然変わんねぇよな。アリオロンとずっと戦争を続けてんのは将軍家が続くための陰謀じゃねぇの?」
レイターはなかなか鋭い。この戦争が終結しないのは既得権益が原因の一つだ。あとは人々の無関心。
*
宇宙三世紀前、ソラ系天の川銀河と隣のアリオロン銀河が衝突し融合するという予測が発表された。
レベルが同等な二つの文化圏が重なり合う。
君主制を採用しているソラ系銀河連邦の評議会は、革命が起きるのではないかと恐れ、一方、抽選制のアリオロン議会は、連邦の王政は相入れない、と対決機運が高まった。
銀河融合後をにらんだ政治体制をめぐる覇権争い。外交で勝つため、という理由で求められたのが物理的な強さだった。
銀河連邦総会で共通の軍隊創設が承認された。各星系から資金と兵力の提供を受けて連邦軍が誕生。そして、評議会の常任理事だったトライムス家の分家、すなわち我が家系が将軍職を代々務めることになった。
クローゼットから式典用軍服を取り出し手を通す。あつらえてから背が伸びたが、特に問題はないな。
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マントもしわになっていない。
レイターが鼻で笑った。
「なんだその格好。絵本の中の王子さまかよ」
観艦式への参加命令が司令本部から出た日、僕はアレック艦長に呼ばれた。
「わかってるな。アーサー、当日お前は礼装で貴賓席だ」
「はい」
連邦軍将軍である父上の名代を務めろということだ。
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僕は階級は少尉だが、次期将軍という特別称号が与えられている。士官学校の時にも何度か父の代理で式典に出席したことがある。軍への正式入隊で本格的に公務が増えることはわかっていた。
「お前のほかに、うちからは戦闘機部隊を出す」
事前に聞いていた話と違う。
「アレクサンドリア号本隊も観艦式のパレードに参加することになっていたのではありませんか?」
「『バイ・スタ』の代わりに『びっくり曲芸団』を提供してやるんだ。クナ中将も了承した。俺たちは周辺で警戒しとるから、安心して行ってこい」
アレック艦長はニヤリと笑った。
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昔から艦長は式典が嫌いだ。父の秘書官当時、一生分の式典に出席して飽きたという。僕と戦闘機部隊を差し出すことで自分が出席しなくて済むようにフチチ方面司令本部にねじ込んだのだろう。司令官であるクナ中将は規律を重んじ、自分にも他人にも厳しい方だ。交渉にあたったモリノ副長の苦労がしのばれる。
主催がフチチ星系ということで少し気が思い。アレック艦長が楽し気に聞いてきた。
「フチチの王子は士官学校のご学友なんだろ?」
「ハヤタマ殿下は一期上の先輩です。現在は特別司令官としてフチチ軍の戦闘機部隊を率いていると聞いております」
「会うのは楽しみか?」
何と答えづらい質問をするのか。
*
小型機でフチチへ向かうと、菱形の暗い空間が視界に入ってきた。
鮫ノ口暗黒星雲とは誰が名付けたのだろうか。そのセンスに脱帽する。この角度からだと、エメラルド色に輝くフチチ首都惑星に、鮫が襲い掛かっているように見える。
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六年前、この美しい農業星は鮫ノ口暗黒星雲を抜けてきたアリオロン軍に突如攻め込まれた。圧倒的な軍事力の前にフチチは一か月で陥落。フチチ十三世は戦死した。
一年後に連邦軍艦隊がフチチを奪還して以来、連邦とアリオロンの緩衝地帯となっている。
暗黒星雲自体は連邦にも同盟にも所属しない無管轄だが、漆黒の闇の向こうはアリオロン宙域だ。いやが応でもここが前線であることを意識する。
衛星軌道に観閲艦であるフチチ軍の旗艦空母が停まっていた。連邦が支援した巨大艦だ。
到着を前に操縦席のバルダン軍曹が僕に声をかけた。
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「きょうは坊ちゃんでも少尉でもなく、殿下とお呼びすればいいんですな」
「ええ、よろしくお願いします」
将軍家の跡取りである僕をアレクサンドリア号の隊員たちは隠れて坊ちゃんと呼んでいる。僕の前で面と向かってその呼び名を口にするのはバルダン軍曹とレイターだけだ。レイターは明らかに嫌がらせだが、バルダン軍曹からは深い意図が感じられない。十二歳の将軍家の僕を坊ちゃんと呼ぶことに何の違和感もないということなのだろう。単純な、いやシンプルな発想をする軍曹から学ぶことは多い。
「坊ちゃんの腕なら俺が守る必要もないでしょうが」
「きょうは殿下でお願いします」
「あ、そうでしたな」
アレクサンドリア号の中で一番気の置けない人物だ。頼み事もしやすい。僕にとって助かる人選だった。
甲板に着艦すると、学生時代と変わらないせわしない足音が近づいてきた。小柄な先輩の胸元には多数の勲章が輝いていた。階級は大将。赤い髪の前髪に金色のメッシュが入っている。フチチ王家の印だ。
顔をあわせるのは先輩の卒業式以来、一年三ヶ月ぶりだ。敬礼をする。
「ハヤタマ殿下、ご無沙汰しております」
「来たか、トライムス。そちは、また身長が伸びたのか?」
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相変わらず威嚇するような大声で僕を見上げる。僕より年上の十八歳だが童顔なことを気にしていた。
「はい、五センチほど」
殿下の身長はほとんど変わっていない。
「背が高ければ良いというものではないわ。軍の仕事は慣れたか?」
「はい」
「将軍家だから当たり前か。フン」
殿下は鼻で笑うとくるりと背中を向けて行ってしまった。
バルダン軍曹が眉をひそめて僕の耳元でささやく。
「何ですかあいつは? 坊ちゃんのこと馬鹿にしてませんか? 殴っていいですか?」
「殴らないでください。ハヤタマ殿下は、フチチの王位継承権第一位の皇太子で、士官学校の先輩です」
「先輩ですか。じゃ、しょうがないですな」
先輩という言葉で簡単に納得するバルダン軍曹は、年次による上下関係にうるさい。
フチチを含め軍の最高指揮官を王族が務める星系は多い。連邦軍士官学校には王族の関係者が特別枠で入学する。地元軍の士官学校よりも情報のアップデートが早く、装備も人脈も豊富だ。経験を積むのに最適な場所といえる。
*
六歳年上のハヤタマ殿下は僕より先に入学していた。
連邦軍士官学校の廊下で殿下は突然握手を求めてきた。十歳の僕はすでに殿下より身長が高かった。
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「我はそちと友になりたいわけではないが、母殿からそちとのコネクションを作るように言われているのだ」
と聞いてもいない理由を説明し始めた。母殿というのは、女王のフチチ十四世だ。ハヤタマ殿下の父十三世が先のアリオロンとの戦闘で戦死されたことから急遽王妃が跡を継がれた。
「よろしくお願いします」
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ペンだこがあるハヤタマ殿下の武人らしくない手を握り返した。前線であるフチチ周辺宙域の軍事的均衡のためには現地軍と連邦軍の協力が欠かせない。女王のアドバイスは的確だ。
将軍家の僕に低姿勢で接する学生が多い中、ハヤタマ殿下は高圧的だった。
「我が星系は連邦のために存在している訳ではないが、連邦は我が星系のために存在しているのだ」
というのが持論だった。
士官学校でのハヤタマ殿下の成績は芳しくなかった。
基本的に運動が得意ではないようだ。連邦軍へ入隊するわけではないから、特別枠の学生はできない課題は免除された。長距離走ではいつも脱落していた。
図上訓練も敗退続きだ。
奇抜な戦術に目を奪われ、リスク許容の適切な判断ができない。
ハヤタマ殿下とシミュレーション合戦で戦ったことがある。
我が軍が有利に攻めていたところで、ハヤタマ軍から見たこともない奇襲を受け、窮地に陥った。ハヤタマ殿下は大喜びで膝を打った。
「ほほう、将軍家の跡取りは天才軍師と聞いておったが、レターナの戦いで我がフチチ軍が勝利した奇襲戦術を知らぬとみえるな?」
「恥ずかしながら、存じ上げておりません」
僕は見たもの全てを記憶する。だが、インプットしていない情報は知りようがない。戦術本にないローカルな戦闘全てまで把握することは無理だ。
「この美しさに気づかぬとは、天才軍師も大したことないのぉ」
殿下が言う通り、この作戦は鮮やかだった。チラリと見えたハヤタマ殿下の作戦指令書には見事な挿絵が描かれていた。
一方で僕は奇襲を受ける前に布石を打っていた。殿下の陣の補給路を断っていたのだ。
「一気呵成に行くぞ!」
と真正面から攻め込んできた先鋒隊の背後で、我が軍の勢力がハヤタマ陣の本丸を孤立させ、援軍要請の連絡路をすべて遮断した。
教官が旗を揚げた。
「トライムス軍の勝利」
顔を真っ赤にして殿下が突っかかってきた。
「卑怯者! だから連邦軍は信用ならんのだ」
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卑怯? 民間船を人質に取るとか、亜空間を傷つけるとか、人権委員会で問題となるような行為はしていない。
ハヤタマ殿下は何かにつけて僕に絡んできた。人間関係の機微にうとい僕でも、僕のことが嫌いだということは十分に伝わってきた。
**
観艦式を前に、旗艦内のホールへと案内された。
招待された近隣星系の王家や財界人といった有力者が挨拶をしあっている。さながら社交パーティの様相だ。観艦式の外交利用。友好を深め、有事の際には協力を取り付ける。主催者である女王フチチ十四世はしたたかでやり手だ。
レイターが『王子さま』と表現した仰々しい式典用の礼服は機能的とは言えないが、権威付けには十分役に立つ。十二歳の僕の前に大人たちの列ができた。
「連邦からぜひ我が軍への支援を」
「早期に防護壁が必要な状況であることをご認識ください」
「駐留軍への負担が財政を圧迫しておりまして……」
入れ代わり立ち代わり陳情が続く。
「連邦軍として善処いたします」
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彼らは知っている。僕には忘れる能力がないことを。文書で要望を出すより確実だ。
連邦軍への正式な陳情ルートは方面司令官であるクナ中将が窓口となっている。きょうは軍事パレードに参加するため、この場にはいない。身長が二メートルを超える巨漢のクナ中将は威圧感が半端ではない。ここにいる有力者たちは子どもである僕の方が御しやすいと考えているのだろう。
父上からは人の話を途中で打ち切らないよう戒められている。
話が長い人物には僕の背後からバルダン軍曹が、咳払いをして怖い顔でにらみつけた。クナ中将並みの迫力がある。軍曹に来てもらってよかった。
対人コミュニケーションは、戦闘訓練より疲弊するな。と思った時だった。
「トライムス殿下、ご歓談中恐れ入りますが司令官室へお願いいたします」
上階へと案内された。総司令官は僕と二人のみで話がしたいという。バルダン軍曹を部屋の外で待機させ中へ入る。
凛とした立ち姿の美しい人だった。軍服をまとった女性が僕を出迎えた。ハヤタマ殿下の母、フチチ十四世。飾り気のない執務室に、花が活けられているかのように錯覚する。
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互いに敬礼すると王家の印である金色の前髪が羽根の様にふわりと揺れた。
「ファルーバ・デ・フチチです」
「アーサー・トライムスです」
「本日はこのような辺縁の地まで連邦軍次期将軍殿にご臨席を賜りましたこと、感謝申し上げます。フチチは連邦の門でございます。門番がいなければ簡単に攻め込まれること。心に刻んでいただけましたら幸いです」
「フチチの重要性は深く認識しております」
聡明で落ち着いた女王。ご子息とはかなり印象が違う。
「少しお話をよろしいですか」
女王がブラインドを開けると緑色の首都惑星が目の前に広がった。
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「私の祖先は、ソラ系からのフチチ移民一世です。中心部からはかなり離れておりますが、農作物の栽培が可能な惑星ということで入植いたしました」
フチチを含め王室世襲制を導入している星系の多くはソラ系からの移民だ。
かつて、地球からの移民を促進するため先着順に統治権を与える政策がとられた。最初の入植者は王や貴族となり、星を支配する権利が子どもたちに継承されていくというものだ。苦労をいとわず開拓し、国を作り上げた者への見返りとしてスタートした制度は、その子孫に引き継がれ現在に至る。
「入植当時に鮫ノ口暗黒星雲を挟んだ隣星系のタロガロと交易を始めました。農作物を輸出し、気候の良いフチチを訪れる旅行客も多かったと聞いております。それが、宇宙三世紀前に大戦がはじまり、状況は一変しました。フチチは連合、タロガロは同盟に加盟し断絶したのです。けれど、中央に振り回されぬよう、フチチとタロガロは不可侵の密約を交わしました。ところがご存知の通り、六年前、アリオロンの盟主抽選で好戦派が盟主となり、突如、暗黒星雲からタロガロ軍が攻めて参りました」
フチチの歴史についてもちろん僕は知っている。女王はそのことをわかった上で話している。人払いした理由は一体何だろうか。
「密約を信じておりました我がフチチには軍と呼べるような組織はなく、ひとたまりもありませんでした。王は自衛団の先頭に立って戦い戦死。フチチの領土は焼き尽くされました」
女王は静かに目を伏せた。
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「先王のことは誠に残念でした。心中お察しいたします」
「あの折、連邦軍にはフチチの奪還にお力添えをいただきました。感謝申し上げます」
女王が会釈した。僕はその謝意を素直に受け止めることができない。
フチチの農作物はソラ系中心部にはほとんど出回っていない。すなわち、銀河連邦全体への影響は極めて少ない。
六年前、フチチが攻められるのと時同じくして、銀河周縁各地でアリオロン軍の侵攻が発生した。
我が連邦軍は優先順位をつけて対応に当たった。
弱小星系であるフチチへの援軍派遣は見送られ、フチチは一か月で陥落した。
十二歳だったハヤタマ殿下の目には連邦がフチチを見捨てたように見えたに違いない。連邦軍は信用ならん、と言い捨てた苦々しい顔が頭に浮かぶ。
女王が僕の目を見た。
「トライムス殿下にうかがいたいことがございます。貴殿は連邦が取っている世襲制の強みについてどうお考えになりますか?」
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質問に隠された意図がつかめない。僕は一般論で応じた。
「政策決定がスピーディであることは大きな強みと考えます。王室も将軍家も職を追われることがありませんので、民の人気取りをする必要がありません。腰を据えた継続的な政策の実現が可能です。加えて、多数の論理からはじかれる少数者を見落とさないように動くこともできます」
政策要望投票で市民から集められた膨大なデータは、集積分析処理にかけられて自動的に法案と予算案が編成される。それを王室が承認し行政府に渡す。王室には修正決定権があり、膨大な権力を持つと同時に責任が求められる。
将軍家も同じだ。正しい判断のための教育を子どもの頃から受けることが義務となっている。
「では、弱点についてどう考えますか?」
「弱点、ですか?」
まさに世襲制の対象である自分にこの問いを向けるとは、女王も人が悪い。
「統治者の能力ではないでしょうか? 民の信頼が得られなくなれば、武力的革命の代わりにリコール制度が発動し、政治が停滞します」
「私も同意見です。貴族の元に生まれた私はフチチ王子の許嫁候補に選ばれ、幼い頃から見識高き王妃となるべく君主の教育を受けて参りました」
突然の戦争で伴侶と子供を亡くし統治者となった悲劇の女王。
フチチ陥落後、急遽女王となった彼女の連邦評議会総会での就任演説を僕は覚えている。
「フチチの悲劇をご存知でしょうか?」
と訴えたあの演説が連邦を大きく動かした。涙を流しながらも毅然とした新女王フチチ十四世の態度に多くの者が心を動かされた。
「第二のフチチを生んではなりませぬ。敵からの脅威に対抗するために連邦と共闘して参ります」
連邦評議会は全会一致でフチチ奪還を決めた。
当時六歳だった僕は女王の演説の中に、同情を利益へと誘導する緻密に計算されたものを感じた。相当な準備と根回しが行われたに違いない。
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そんなことを口にすれば可愛げのない子ども、と言われることがわかっていたから誰にも言わずに黙っていた。
あの印象は間違っていなかった。この方は生まれた時から王家であるべく、フチチのために生きてきた人なのだ。僕自身の運命と重ねてしまう。
女王が私の目を見つめた。
「ハヤタマにその器があると思いますか?」
「……」
答えに詰まる。
「あの子は、幼いころから虫も殺せぬ優しい子でした。第三王子でしたから王籍離脱をさせ一般人にするつもりで自由に育てまして、本人もその心づもりでおりました。絵を描くのが好きで農民画家になるのが夢でしたの」
「そうであられましたか」
初めて伺う話だった。これまでハヤタマ殿下と雑談をしたことがない。いや、殿下に限らず士官学校時代に授業と無関係な会話を誰とも交わしたことがない。
殿下が手にしていた作戦指令書の美しい挿絵を思い出す。あの時「お上手ですね」と一声かければ、話が展開したのかもしれない。話す機会がなかった訳ではなかった。
「六年前のあの戦争で父と兄姉が亡くなり、ハヤタマはフチチ十五世として私の跡を継ぐことになりました。十五歳になったハヤタマは強い軍隊が必要だ、と自分で連邦軍の士官学校への入学を決めました。成績は私に見せませんでしたが、向いておりませんでしたでしょう?」
向き不向きは関係ない。
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それがこの世襲制度の辛いところだ。
「回答は差し控えたく存じます」
ハヤタマ殿下は、組織を動かすことではなく、独創的な作品を産み出すことに能力がある。僕へ向けられる嫌悪。あれは苛立ちだったのか。
女王は僕を真正面から見つめた。
「お願いがございます。ハヤタマを支えてやっていただきたいのです。連邦の後ろ盾がフチチには必要です。貴方はお若い。ハヤタマと同じ時代を生きることができます」
女王は先を見据えている。将来、ハヤタマ殿下が王位を継承した後の世代のことを。息子を心配している、というよりはフチチの未来を憂慮している。「母殿に言われたのだ」と握手を求めてきたハヤタマ殿下を思い出した。
「連邦軍は文民統制され統治院と評議会のコントロール下にあります。私にできることは多くありません」
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「あなたはきちんと帝王学を学んでおられますのでしょうね……あの子にはその時間もありませんでした。殿下は、タロガロがフチチを攻めてきた、真の理由をご存じなのでしょう?」
突き刺すような視線。ガラスを素足で踏みつけた様な刺激が身体に走った。女王は知っていて僕にたずねているのか。それとも、鎌をかけた誘導なのか。何と回答すべきなのか。頭脳をフル回転させる。
六年前にはわからなかった。タロガロが突如フチチを襲った真の理由。それは現在、連邦軍の最高度機密だ。いずれはフチチ王に伝えなければならないと認識しているが、まだ時期ではないと封印されている。
その情報が洩れている。人払いはこのためか。彼女は知っているのだ。フチチはこの先も不安定で過酷な運命にあることを。女王は先程自ら僕に伝えた、フチチは門番であると。
「タロガロは苛烈な気候変動に見舞われています。温暖なフチチへの移住を求めて侵攻してきました」
とりあえず一般常識のテストであれば模範解答となる表向きの理由を僕は口にした。女王の瞳に挑戦的な光が宿ったように見えた。
「では、なぜ、外交で解決できないのでしょう。なぜ、停戦すらできないのでしょうか。過去にフチチはタロガロ人の移住を拒否したことは一度もないのです。タロガロの厳しい環境変化に援助もいとわず、その信頼が不可侵の密約を支えていました。それが、先の戦争によって壊されてしまった。家族や土地を奪われた我がフチチの民もタロガロへの憎しみを抱いてしまい、もはや以前のように接することはできません。我々はどちらも不幸となってしまった。すべては鮫ノ口のせいで」
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すべては鮫ノ口のせい。
さらりと口にした言葉でわかった。女王がなぜ連邦軍の最高度機密を知っているのか、その理由が。身内の連邦から漏れたのではない。彼女は敵であるアリオロン同盟側から入手したのだ。タロガラとの間に独自の情報ルートが存在しているに違いない。侵攻に至った同盟の真の目的。それは、フチチへの移住という小さな話ではないことを。
「お時間が来たようです。観覧席へご案内いたします」
女王の後について外へ出ると、バルダン軍曹が直立不動で立っていた。
*
旗艦の甲板は宇宙服を着用する必要はなかった。環境制御がかけられている。規制線の向こうに抽選で選ばれた普段着のフチチ市民が、所狭しと集まっていた。
観閲官である女王フチチ十四世が姿を見せると歓声があがった。彼女の人気は絶大だ。
一段高い上部甲板に観閲官席と僕ら招待客の貴賓エリアが用意されていた。総司令官である女王の隣に僕の席はあった。
「これより観艦式を始めます」
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張りのある声が会場に響く。女王の開会宣言を受けて、音楽隊がフチチ国歌の演奏を始めた。
「連邦軍次期将軍。アーサー・トライムス殿下」
来賓紹介で僕は立ち上がり連邦軍敬礼をした。
通常ならここはクナ中将の席だ。僕に代わったのはアレック艦長のサボり癖のせいだと思っていたが、それだけが理由だったのだろうか。策士である女王の横顔が気になった。
軍事パレードがスタートした。
見慣れたソラ製の戦艦に植物をモチーフとしたフチチの紋章が描かれている。フチチ軍の艦船が隊列を組んで旗艦空母の前を通過する。
訪れた観客に興味本位な軽さが見られない。フチチの悲劇から六年。この星の人々にとって戦闘の記憶は生々しく、今も戦地なのだ。「ソラ系中心部の観艦式とは意味が違う」とレイターに伝えた空気を自ら肌で感じる。
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続いて、連邦軍との公開合同演習。司令官のクナ中将が乗った連邦軍旗艦が姿を見せた。
連邦軍が開発した新型の反粒子ミサイルが積み込まれている。実物を見るのは僕も初めてだ。
「発射」
アリオロン軍に見立てた無人模擬艦隊に向けて複数のミサイルが飛び出した。敵艦の向こうには鮫ノ口暗黒星雲が重なって見える。
外れるはずはないが、もし誘導機能の不具合で一発でも当たり損ねたら、ミサイルは慣性飛行で暗黒星雲を超えアリオロン宙域へ侵入する。
「全弾命中」
僕の心配は杞憂に終わった。見る間に模擬敵艦は累次爆発を引き起こし消滅した。想定通りの威力だ。
観客席の市民たちが一斉に歓声を上げ拍手する。その熱気が観閲席にも伝わってくる。
映像はオープン配信されており、タロガロとその背後にいるアリオロン軍も間違いなくウォッチしている。
これは、前線での軍事的示威活動だ。抑止力のためとはいえ、暗黒星雲の向こう側を刺激しているのは間違いない。
このまま何事もなく終われば良いのだが。
**
去年のことだ。田舎のパイロット養成学校へ通っていたコルバは連邦軍からスカウトされた。正確に言うとたまたま学校を訪問していたアレック・リーバ艦長に「俺の艦に乗らないか」と一本釣りされたのだ。
「ぼ、僕でよろしいのでしょうか?」
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「不満か?」
「と、とんでもないです。どうして僕なのかと」
「俺の勘だ」
コルバは子どもの頃から定期航路のパイロットに憧れていた。シングルマザーの母親は「手に職を持つことは大事だよ」と息子の夢を応援し、養成学校への入学資金を懸命に貯めてくれた。
学校の成績は悪くなかった。
だが、就職活動はうまくいかなかった。
「コルバ君は知識も技術もあるよ。でも、パイロットは他人とのコミュニケーションも大切だ」
「は、はい」
教官のアドバイスは言われなくてもわかっていた。
幼い頃の記憶は「うるさい!」と父親に殴られたことで埋め尽くされている。母親は外で働き、家で仕事をしている父親にいつも恐怖を感じていた。自分の何がいけないのかわからない。息を殺して情報ネットワーク上の宇宙船航路をながめ、時が過ぎるのをやり過ごしていた。
学校へ上がるころ両親は別れた。コルバを引き取った母親は働きづめで、息子が眠った後に帰ってきた。親子の会話はほとんどがメッセージツールによる文字を介したものだった。
声を使った会話が怖い。口の中から言葉がうまく出てこない。相手は「うるさい」と思っているかもしれない。文字であれば見直してから発信することができる。けれど、音声は一発勝負で添削できない。
クラスメートとも文字で話すことが好きだった。それで困ることはほとんどなかった。
そんな僕にとって、面接は苦痛でしかない。
難関と言われる大手の航空会社も書類審査や小論文は通過した。なのにその先へは進めないでいた。
面接官に聞かれている内容はわかっている。文章なら回答できる。でも、その場で声に出そうとすると怖気づいて、相手にうまく伝えることができない。
「ご縁がなかったということで」
学生寮で暮らす僕にその日も不合格通知が届いた。「ご縁」って何だろう。会話やコミュニケーションが苦手な僕は、一生誰ともどことも縁を結ぶことができないかも知れない。
ベットに身体を投げ出したところへ、母からメッセージが届いた。「再婚を考えている」と。
薄々気づいていた。自宅に顔を見せる同僚の男性と会う時、母さんは楽しそうだった。僕が社会人になるまで、彼との生活を先送りして待っていてくれたのだ。母さんには、苦労をかけた。幸せになってもらいたい。
「おめでとう! よかったね」
文字のやりとりでよかった。笑って祝福しているように見えるはずだ。
通信機の輪郭がぼんやりと滲んでいる。僕の帰る場所はなくなってしまった。
人と話すことが怖くて、就職もうまくいかない僕はこの先どうやって生きていけばいいのだろう。仕事だけじゃない、家も探さなくてはいけない。卒業後の自分の姿が想像ができない。誰か、僕に答えを示してくれ。
不安を抱えた僕にとってアレック艦長の提案は魅力的だった。
「俺の艦なら、三食寝床付きだぞ」
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その一言で連邦軍への入隊を決めた。これは「ご縁」だ。
軍に就職が決まったことを伝えると、母さんは珍しくカメラで通信を入れてきた。
「軍隊って危険だろ? 心配だよ。定期航路のパイロットを目指していたのに、どうして民間じゃだめなんだい?」
母さんは知らないのだ。民間の方が僕を拒否したことを。不合格通知の一通一通に僕が打ちのめされていたことを。
「縁があったんだ。大きな海戦は終わったし、母さんも知ってる通り僕は慎重で安全操縦だから危険じゃないさ。大丈夫だよ」
母さんが少し驚いた顔をした。こんなに大きな声で会話をしたのは久しぶりだった。
*
入隊してから知った。アレクサンドリア号は精鋭が集まる艦だった。驚いたことに僕は戦闘機部隊に配属された。操縦士として戦闘機に憧れはあったけれど、エリート部隊だ。自分には縁のない世界だと思っていた。
その訓練は学生時代とは比べ物にならない厳しさだった。疲労で身体が石の様に動かなくなった。けれど、それ以上に僕はこの仕事に魅せられていた。
銀河一速い世界。戦闘機乗りの先輩たちの技術はすごい。自分も追いつきたい。それだけを考えていればいい。与えられたメニューをとにかく手を抜くことなくこなす。余分な会話は必要ない。この単純さが僕には心地よかった。
そして、艦の食事はおいしかった。
人見知りの僕でも食堂のアルバイトのレイターとは話ができた。彼が十二歳で子どもだからだと思う。
「コルバ、大盛りにしといたぜ」
レイターは話下手な僕とは正反対だ。大人とでも誰とでも平気でおしゃべりをする。
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彼はしょっちゅう、格納庫に顔を出した。船に触れているだけで幸せなのだ、と戦闘機の掃除を手伝ってくれた。筋金入りの宇宙船お宅で、辺境の路線のことまで随分と詳しい。
「なあ、コルバ。パキ星までローカル路線が伸びたの知ってるか?」
定期航路の話をされると僕は興奮してしまう。
「もちろんさ。それに合わせて新型船種が導入されるんだよ」
「パコーダ型だろ。かっけぇよな」
「客でいいから乗ってみたいな」
「あんた、客とか言ってんじゃねぇよ。操縦士なら操縦してぇだろが」
「そ、そうだね」
僕はローカル路線のファン用伝言版に投稿するのが好きだ。パキ星路線についても僕の感想に誰かが反応してくれるのを楽しみにしていた。
それがレイターと航路談義をする方が伝言板よりワクワクすることに気が付いた。文字入力では間に合わないのだ。心で湧き上がった思いを伝えると即座に反応が返ってくる。打てば響く会話のやりとりがこんなに楽しいなんて。
驚いたことにレイターは、パイロットの養成学校に通っていた僕より船の構造に詳しかった。
「あんた、こんなことも知らねぇなんて、バカじゃねぇの」
「君が詳しすぎるんだよ」
「俺、銀河一の操縦士になるのが夢なんだ。あんたはちゃんと夢を叶えてすげぇな」
レイターに言われて気が付いた。パイロットになりたいという子どもの頃の夢を叶えていたことを。
そんなレイターが嬉しそうに僕に報告した。
「コルバ、俺も船に乗ること許されたぜ。やっぱ戦闘機はいいな」
普通なら一般人を戦闘機に乗せることはできない。だが、将軍家の坊ちゃんの許可があれば搭乗できるのだという。将軍家の特権なのだろう。坊ちゃんと一緒に複座戦闘機でパトロールに出掛けていく姿を見かけるようになった。
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将軍家の坊ちゃんはレイターと同じ十二歳だが、士官学校をトップで卒業した少尉だ。恐れ多くて話をしたことはない。敬礼する僕の前を静かに通り過ぎていく。
戦闘機部隊並みの腕を持っている坊ちゃんが後部座席から操縦しているのだろう。レイターを乗せた機体の飛行姿はいつ見ても美しかった。
*
今回、戦闘機部隊の先輩方が前線のフチチで行われる観艦式に参加することになった。戦地だけれど、六年間戦闘は起きていない。そこで曲芸飛行を披露するのだ。僕はまだ見習いだから留守番だ。
連邦軍には曲技飛行専門のアクロバットチーム『バイオレット・スターズ』がある。通称『バイ・スタ』は戦闘機部隊のエリート集団で軍に興味がない人にもよく知られている。入隊式の日、空に描かれたコントレールの美しい線画に僕は息を呑んだ。今回、その『バイ・スタ』が別任務と重なって参加できないことから、先輩たちの出番となった。
アレクサンドリア号の先輩たちは正規のアクロバットチームではない。けれど『びっくり曲芸団』の通り名を持ち、軍の中でも存在感を放っていた。 『バイ・スタ』の持ち味は調和のとれた美しさだ。一方、先輩たち『びっくり曲芸団』の迫力は暴力的だ。接触ギリギリの危険飛行。機体の故障も厭わない超加速。実戦さながらの緊張感。
贔屓目かもしれないけれど、あの『バイ・スタ』より『曲芸団』の方が操縦技術が高いと思う。
『曲芸団』の団長ハミルトン少尉は敵機撃墜の功績を認められ勲章をもらったこともある歴戦のパイロットだ。
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今は『逃げのハミルトン』と呼ばれていて評判はよくない。けれど、蝶が舞うような繊細な飛ばしはいつ見ても見とれてしまう。
「コルバ、お前、曲芸団に向いてるな。決まったコースを飛行する再現度が高い。がんばれよ」
憧れのハミルトン団長から向いていると言われて、僕は天にも昇る気持ちだった。
「は、はい。ありがとうございます」
学生時代から予習して飛ばすタイムアタックが得意だった。一度飛ばしたコースなら先輩たちを上回るタイムも出せるようになってきた。
*
フチチでの観艦式の模様はアレクサンドリア号の艦内放送で中継される。
僕は格納庫脇の待機室で見ることにした。そこへ、レイターが顔を出した。
「なあ、コルバ。観艦式の中継を戦闘機ん中で見てぇんだけどさあ」
「機体の中で?」
「曲芸団の飛ばしをコクピットでイメージしながら見たいんだよ」
それは勉強になりそうだ。
「そうだね。僕の戦闘機に一緒に乗るかい」
僕にあてがわれている機体は複座機だ。
僕は普段通り前の操縦席に、レイターは指導の先輩が乗る後部座席に座った。
機内空間モニターにチャンネルをセットすると宇宙空間が3Dで映し出された。
自分も観艦式へ参加したように錯覚する。気分が盛り上がってきた。レイターのアイデアは素晴らしい。
宇宙空間にフチチ軍の旗艦が停泊しているのが見える。
「きょうは、あの艦に坊ちゃんが乗ってるんだね」
「なんかあいつ、楽しくなさそうにバルダンと出かけて行ったぜ」
「坊ちゃんとは仲がいいんだね」
「はぁ? いいわけねぇだろ。あんた、バカじゃねぇの」
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レイターは年上の僕をいつもバカ呼ばわりする。けれど、声変わりしていない高い声と軽い口調には愛嬌があり、腹を立てる気にはならなかった。
パレードが始まった。フチチ軍の艦が隊列をなして登場する。その奥に鮫ノ口暗黒星雲が不気味な様相を見せていた。
「おっ、最新の六型巡洋艦じゃん。田舎軍なのに連邦からいい艦もらってんな。こいつ速いし火力も強いんだけど、旋回の小回りがきかねぇんだよな」
宇宙船お宅のレイターが解説を始めた。
「こいつはすげぇぞ。新型の反粒子ミサイルって初公開じゃん。威力が半端ねぇんだよ」
ミサイルが鮫ノ口へ向かって飛んでいく。レイターが言う通りのすごい兵器だった。命中した模擬敵艦隊が累次爆発で粉々に砕け散る。
おしゃべりな彼は僕が座学で学んだ知識を上回るうんちくを延々と語り続けた。軍事評論家として食べていけるんじゃないだろうか。
パレードはいよいよメインに入った。フチチ軍戦闘機部隊の五機がそろって飛び立った。並んで円を描く。
「何だよあいつら。随分下手っぴぃだな」
「いや、下手じゃないよ」
「俺より下手くそだぜ」
どうしてあり得ないことを自信満々に言えるのだろう。子どもだからだろうか。僕は言ったことはないけれど。
「まあ、先輩たちの『曲芸団』と比べたら、下手に見えるかもしれないけどね」
「ふむ。確かにハミルトンはいい腕してる。だから俺、あいつの技術を盗んで取り込みてぇんだ」
ハミルトン団長の技術。僕だって取り込めるなら取り込みたい。
『続きましては、銀河連邦軍の航空機部隊です』
アナウンスを聞くと自分が出るわけでもないのに思わず操縦桿を握っていた。いよいよ先輩たち『びっくり曲芸団』が登場する。
飛び出してきたのは、え? 見たことのない大型戦闘機。
「すげぇ」
レイターの感嘆の声が聞こえる。
一機に見えたが、違う。五機がくっついて飛んでいる。ほとんど接触した状態だ。
「三、二、一、六十度後方」
レイターがつぶやくのに合わせて突然散開した。花びらのような軌跡を描く。レイターがシミュレートする数値通りに中心点へ全機が突っ込む。自殺行為だ。 まとめ読み版②へ続く
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