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銀河フェニックス物語<恋愛編> 第四話(12) お出かけは教習船で
御台所のヘレンとレイターのやり取りを見て、ティリーの心がざわついた。
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>お出かけは教習船で (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)
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「ただいまぁ」
レイターが教習船へ戻ってきた。
レイターが外へ出て実際には三十分しか経っていないのに、時間の感覚が麻痺している。
生きているレイターが目の前にいる。うれしいのに、緊張と自己嫌悪が入り混じってうまく言葉が出ない。
「体調はいいの?」
「平気平気。姫さまは待ちくたびれちゃったかい?」
顔色はよくないけれど、話す様子はいつものレイターだ。この人の回復力は並じゃない。
安心すると腹立たしさがこみあげてきた。
「百年待った気分よ」
「じゃ、お目覚めのキスを」
とレイターが顔を近づけてきた。
ヘレンさんとの口づけが頭に浮かぶ。わたしったらプイっと反射的に避けてしまった。
「あん?」
レイターが少し目を見開いた。わたしはうつむいて何も言えなかった。
「ちっ、吐き気はおさまってるし、ゲロは吐いてねぇよ」
肩をすくめてレイターは教官席に座った。それが理由じゃないことはレイターだってわかっている。
どう考えても『銀河一の操縦士』の彼女として、わたしはふさわしくない。窓の外にヘレンさんの船が見えた。手にした操縦桿を力を込めて握りしめる。
彼女は操縦がうまくて、頭も切れて、性格もよくて、美人で、とにかくいい女で、わたしがヘレンさんに勝てる要素はどこにもない。
レイターとヘレンさんは似ている。
船を自分の思うように扱い、そこから得られる自由と幸福の感覚を共有している。
わたしにはヘレンさんのようにレイターと一緒に飛ばしたりバトルの相手をすることはできない。
それどころか、レイターに迷惑をかけてばかりだ。とにかく謝らなくては。
「きょうはごめんなさい。救助信号出し忘れてレイターを危険な目に遭わせたし、大事な教習船を傷つけちゃったし……」
口にしてさらに気持ちが落ち込む。
「謝るこたねぇよ。あんたはよくやってくれたぜ。ここへ連れてきちゃったのは俺だし」
ここ、アステロイドベルトの上級はレイターにとって大切な場所だ。彼は本当はここで飛ばしたいのだ。ため息が漏れた。
「銀河一の操縦士には、操縦のうまい女性がお似合いよね」
「あん? あんた、もしかしてヘレンのこと気にしてんの?」
「……」
レイターと視線を合わせられず、窓に目を向ける。
ヘレンさんの船がアレグロさんの船を牽引して遠ざかっていく。スムーズな飛ばし。さすがプロの飛ばし屋だ。この人たちの間には信頼感がある。仲間が助けに来るからレスキューサービスが必要ないのだ。
「あいつは、ヘレンは、十六の頃から飛ばし屋の頭、張っててさ。操縦もうまいし度胸もあって信頼もできる。隣で飛ばすには本当にいい相手なんだ」
ヘレンさんのことを口にしないでほしい。耳をふさぎたい。
わかっている。二人が深い絆で結ばれていることを。ヘレンさんはわたしに言った。レイターを愛している、純愛の愛だ、と。
彼女としてのわたしの存在価値が薄れていく。
「どうせ、わたしは操縦が下手よ」
自虐的な言葉が口を衝いてでる。
「確かにあんたは操縦がど下手だ。けど一方で、ヘレンは操縦は上手いが、俺と同じで自分で操縦しねぇと気が済まねぇんだよな。つまり、助手席に座るのが嫌いなのさ。同じ船に乗って一緒に飛ばしを楽しむってことができねぇんだ」
レイターの顔をちらりと見ると、彼はわたしをじっと見つめた。
「あんたも知ってる通り、俺は人を乗せて飛ばすのが好きなんだ」 最終回へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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