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「転校生は将軍家?! 」第1話 週刊少年マガジン原作大賞応募作品 銀河フェニックス物語【ハイスクール編】

 あいつと初めて会ったのは、ハイスクール一年のまだ暑い季節だった。

 夏休みが空けて、久しぶりの学校はかったるかった。教室の一番後ろの席からぼーっと空を見上げると、いつもと同じ位置に地球がぽっかり浮かんでいた。

 オレのクラスに編入してきたあいつは、たまたま空いていたオレの隣の席に座った。
「よろしくな」
 にっと歯を見せて笑うあいつに、オレも一応名乗ってあいさつした。

「ロッキー・スコットだ。よろしく」

 あいつのことは転校してくる前から噂になってた。
 なんと言ってもトライムス将軍家の人間なのだ。トライムス将軍家といえば、銀河連邦軍の最高指揮官を代々当主が務めるという連邦中に響きわたる名家。
 この学校から歩いて行けるところに将軍家の居宅として『月の御屋敷』と呼ばれるテーマパークのようなお城を構えている。

 トライムス家にはその跡取りに、オレと同い年でアーサーっていう名の超天才少年がいる。高知能民族を母に持ち、頭が良くて見た目が良くて、お金に一生困らない。アイドル雑誌にも特集されて、女子たちは芸能人と勘違いしているようだ。

 その天才少年と同い年のみなしごを先日将軍が引き取った、ってことは地元の誰もが知ってる話だった。何といっても将軍家の動向は女性誌だけじゃなくゴシップ紙も追っかけてる。
 だからそいつが、レベルも高くないうちの公立ハイスクールへ転校してくると聞いて、一体どんな奴なのか、みんな興味津々だった。

 教師に連れられて、教室へ入ってきたあいつを初めて見た時、意外な感じがした。将軍家って言葉に張り付いている、威厳みたいなものがまるでない。
 背が低くて細っこくて、やたらと幼く見える。もしかして飛び級してるのか? 

「こんなかわいい女子のみんながいてくれると、学校も楽しそうだな。俺、『銀河一の操縦士』レイター・フェニックス。一つよろしく頼むぜ」

 声変わりしてないような高い声。しゃべると頭が良さそうには見えなかった。『銀河一の操縦士』って何だよ。

「おい、転校生。授業が終わったら裏山へ来い」
 休み時間にスクールギャングの番長、キーレンが取り巻きを引き連れて隣の席のレイターの前に立った。
「あん?」
「将軍家だか知らねぇが、でかい顔はさせねぇぜ」

 それだけ言うとキーレンは、巨体を揺らして部屋から出ていった。

 吹き出しながらレイターがオレに聞いた。
「プッ、どうやってもあいつよりデカい顔にはなりようがねぇよな。歓迎会やってくれんのかい?」
 こいつは馬鹿なのかよ。どう見たってそういう雰囲気じゃないだろが。

「あいつはキーレンって言って、この学校の番長さ」
「番長?」
「スクールギャングだよ。マフィアの下部組織っつうか、不良の元締めっつうか、とにかく学校で喧嘩が一番強いんだ。行っても殴られるし、行かなくても殴られる。素直に行った方が被害が少ない」
「ふぅ~ん。じゃ、行くことねぇな」
「おまえ、人の話ちゃんと聞いてるか?」
 オレは心配になった。

 キーレンは体がでかくて腕っぷしが強い。この学校へ入学すると同時に、スクールギャングの前のボスを叩きのめして一年生で番長の座を奪い取った。
 さらに近隣の学校も次々と傘下に治めて、あいつに楯突ける奴はこの周辺には誰もいない。

 キーレンは、自分が一番強いって示しておきたいから、転校生が来るととりあえず一発は殴らないと気が済まない。通過儀礼みたいなもんだから、ま、素直に殴られておくってのが賢いやり方だ。
 将軍家、っていうパワーワードがキーレンは気に入らないんだろうと想像がつく。
「とにかく、後で裏山へ行けよ」
 オレは親切に忠告した。

 銀河連邦軍は隣の銀河のアリオロン同盟とずっと戦争中だ。と言っても戦闘が起きているのは周縁部だから、ソラ系にいたら実感はほとんどない。学校では『見えない戦争』って教わった。
 代々連邦を守っている世襲の将軍家に対し、多くの人は尊敬と信頼を抱いている。

 一方で、月の住民の心情は複雑だ。将軍家の居宅『月の御屋敷』は敵の第一攻撃対象だ。連邦に反対するテロリストが標的にすることもある。巻き込まれるのはごめんだ。
 しかも、最近、敵のアリオロンと休戦状態に入った。そうすると、連邦軍や将軍家に多額の税金がつぎ込まれていることに不満を持つ者がでてくる。マフィアやスクールギャングはそういう心情を巧みに利用するんだ。レイターって奴はその辺の事情をわかってるんだろか。

 結局、レイターは裏山へ行かなかったようだ。
 翌朝、登校したらすぐにわかった。キーレンの手下が門のところで待ちかまえていた。

 裏山だったら誰にも知られないけれど、あいつ、みんなの見てる目の前でボコボコにされちゃうぞ。始業時間前の中庭ってのは、教師は職員会議で誰も見ていない格好のリングなんだ。

 オレは二階の教室の窓から中庭を見た。環境調整された夏の日差しがキーレンを照らしている。
 手下に連れられてレイターが入ってきた。大人の中に子供が一人だけ混ざっているみたいだ。教室という教室の窓から生徒が群がって、中庭を見てる。
 キーレンがレイターを見下ろして凄む。
「どうして呼ばれたか、わかるよな?」
 オレだったら、それだけでびびっちまうのに、あいつは緊張感無くオレに手を振った。
「おはよぉ、ロッキー。おはよぉ、女子のみなさん。俺、『銀河一の操縦士』レイター・フェニックス。よろしく」

 舞台役者のように大袈裟に手を広げてお辞儀をした。あいつ、自分の置かれてる立場、ってもんわかってるんだろか。

「こんな立派な歓迎会、ありがとう」
 歓迎会と間違えてるのかよ。
「とくと歓迎してやる!」
 あ~あ、キーレンの怒りのツボを刺激してるよ。

 女共は心配そうな顔をして固まってる。
 でも、誰も職員室に連絡したりしない。告げ口がバレたら後で大変だ。

 向かい合ったレイターとキーレンは、身長が三十センチは違う。
 一発殴られて倒れちまうのが一番いい。下手に抵抗するとキーレンの奴、歯止めがきかなくなっちまう。

 中庭も教室内も、緊張で静まり返る。
 もし、ほんとに危険な状態になったら、みんなオレに止めに行けって言うんだろうな。オレとキーレンは家が近くて、ガキの頃はよく遊んだ。だから、今もタメ口で話す。
 ああ、めんどくさい。オレが言ったってキーレンは止めないってわかってるのに。 

 とにかく一発でやられてくれ、とオレは祈った。
「将軍家が何様だ」
 笑ってるんだか怒ってるんだかわからない怖い顔で、キーレンがレイターに襲いかかった。
 女共は目を手で覆いながら、指の隙間から見てやがる。
 と、何が起こったのか、よくわからなかった。

 レイターに触れるかどうか、ってところでキーレンの体が空中に吹っ飛び、ひっくり返った。転んだのか?
 あわててほかの連中がレイターに向かっていく。 
 キーレンの手下たちが、バタバタとひっくり返る。ワイヤーアクションのバトルシーンみたいだ。歓迎会の出し物ってわけじゃないよな。

「余興はこれで終わりかな?」

 レイターの声で我に帰った。身軽なあいつは見事に攻撃をすり抜け、キーレンたちは相打ちで倒れていた。

 レイターは、息一つ切らすことなく教室へ入ってきた。興奮して見つめる女共に笑顔で手を振ると、そのまま何もなかったような顔で、オレの隣に座った。
「朝からいい運動になったぜ」
「お前って、運動神経いいんだな」
「っつうか、命かかってねぇのは久しぶりだったから、あんなもんだろ」
 こいつの言ってる意味が、よくわからない。俺は心配になった。
「気をつけろよ。キーレンはしつこいんだ。しかも、平気で卑怯な手を使う。将軍家だからって、油断するなよ」
「あん? 俺、将軍家の人間じゃないぜ」
「え? 将軍がお前を引き取ったんだろ」
「俺は居候してるだけさ。将軍家の慈善事業って奴だよ。大体、あそこんちに引き取られたらアーサーと兄弟になっちまうじゃねぇかよ。ありえねぇ!」
 こいつは、よっぽど将軍家の息子が嫌いなようだ。

**

 学校から『月の屋敷』へ帰ると、アーサーが上から目線で俺をにらんだ。
「お前、学校で暴力沙汰を働いたそうだな」

「あん? 歓迎会のことか?」
 つまんねぇ話を聞きつけてきやがって。将軍家は諜報機関を抱えてる、こいつ暇なのか。
「将軍家に不名誉なことはするな」
「売られたモノを買うのは不名誉じゃねぇだろが。大体あいつら自分で転んだだけだし。そもそも、俺は将軍家じゃねぇし」
「世間はそう見ていないということだ。次、同じことがあれば父上に伝える」
「ちっ。チクリかよ」
 アーサーは性格が悪い。俺がジャックには迷惑をかけたくねぇと思ってることを知っている。十八歳になるまでの辛抱だ。そうしたら俺は宇宙船の操縦士として独り立ちする。
「学校は楽しいか?」
「あん?」
 こいつ、ハイスクール生活に興味を持っているようだ。厳しい士官学校しか行ったことねぇから、俺のことがうらやましいんだろう。
「女の子ともおしゃべりできて、めっちゃ楽しいぜ!」

**

「おはよぉ、ロッキー」
 隣の席のレイターは、うれしそうに登校してくる。オレなんて朝から学校行くのがだるくてしょうがないのに。
 授業中、熱心にノートを取っている。と思ったらずっと宇宙船の落書きを書いていた。
「レイター君、問の二はわかりますか?」
「はい、わかりません!」
 何度あてられても堂々と「わかりません」と答えている。教師は困った顔はしたけれど、何も言わなかった。ま、こいつには将軍家がついてるからな。特別待遇でも不思議じゃない。

 休み時間は、さらに生き生きとしていた。
「そのリップより、淡い色の方がエマちゃんに似合うぜ」 
 机に腰かけたあいつは女子たちの会話に完全に溶け込んでいた。ポニーテールで背が高いエマはチア部のレギュラーだ。男子の間で人気がある。
「そう思うだろ、ロッキー」
 って話をオレに振るな。
「しらねぇよ」
「濃すぎないメイクのが、ゾクゾクするじゃん」
「それはお前の好みだろ」
「じゃあ、ロッキー君はどういうメイクがいいと思うの?」

 エマがオレに聞いてきた。これまでの人生で経験したことのない女子トークに巻き込まれてあわてる。
「け、化粧なんてしてなくてもいいし」
「硬派だね。おしゃれはするのが楽しいんだよ」
 別にオレは硬派という訳じゃない。普段、男子とつるんでいるのは女子と話す機会がないだけだ。
「いやぁ、エマちゃんたちとおしゃべりできて、ソラ系は平和でいいなぁ」
「大げさよ。レイターっておもしろいね」
 にぎやかな笑い声が教室に響く。エマより背が低いレイターを女子たちは男として見てないんじゃないだろうか。
 レイターはおしゃべりで、つまんない馬鹿話が妙に盛り上がる。かったるかった学校へ行くのが少し楽しみになった。

 オレの家は『月の御屋敷』の先にある。レイターとは帰り道が一緒だ。 
「なあ、ロッキー。この辺のゲーセンでさあ、宇宙船レースやるならどこがいい?」
 オレも含めて、ハイスクールの男子は繁華街のゲームセンターでたむろしている。
「タウンエイトのパロパロかなぁ。あそこは最新機種がすぐ入るから、行くなら案内するぜ」
「頼む。もう一つ頼みがある」
「何だい?」
「金、投資してくれ」
「投資?」
「元本は保障する」
「いくらだよ」
「二百リル」
 要するにゲームの元手がないから貸せ、いや、くれってことだ。まあ、ジュース一杯分ぐらいだ。記念におごってやってもいい。
「ったく、しょうがないなぁ」
「ヤッター! 感謝するよロッキー、ありがとう」
 レイターは、それはそれはうれしそうな顔をして、オレの手を握った。 

 電子音がうるさいパロパロの店内で、俺はレイターに聞いた。
「マジでS1ゲームやるのか?」
「もちろん。俺は『銀河一の操縦士』だぜ」
 宇宙船レースの最高峰S1は人気がある。オレもライブを欠かさず見てる。プロのレーサーの技術と迫力は興奮する。
 その公式ゲームは難易度が高い。なんせ、本物のS1レースのデータがそのまま反映されてるのだ。オレは予選を通過したこともない。あっという間に二百リルが消えるから、もったいなくてやる気にならない。レイターの奴、オレの金だからやるつもりなんだろうな。

 本物のS1機と同じ仕様で作られた操縦席にレイターが乗り込んだ。何だか子どもが乗ってるみたいだ。これで操縦できるのか?
 レイターの機種選択を見て驚いた。
「お前、メガマンモス選ぶの?」
「そうだぜ、『直線番長』で最速出すのが好きなんだ」
 レイターが選んだメガマンモスってのは直線の馬力がすごくて根強いファンがいる。けど、コーナーの多いS1じゃ扱いにくい。教えてやろうかと思ったが、こういうのは経験して学んだほうがいいだろう。
「いつのレースにする?」
 現実のレースとデータがリンクする。過去のやり慣れたレースを選ぶのがコツだ。
「決まってるだろ。最新のレースさ」
 レイターは笑顔で答えた。かわいそうだがその選択は二百リルを捨てたも同然だ。
「先週は激戦だったぞ。『無敗の貴公子』がコースレコード出してポールポジションを取ったの知ってるか?」

 S1で優勝を続けていている『無敗の貴公子』エース・ギリアム。

 女子に人気があるところは気に入らないが、操縦技術がとにかくすごい天才レーサーだ。
「もちろんさ、俺が『無敗の貴公子』の無敗を止めてやるよ」
「はいはい、じゃ、スタート位置に着いて」
 レイターの冗談を軽く流す。
 観戦用グラスをつけると目の前に宇宙空間が広がった。俯瞰用モードにする。コースと機体の全体像が良く見える。

 レイターのメガマンモスがスタートした。S1予選はタイムアタックだから一機で飛ばす。
 びっくりするほどの猛ダッシュ。さすが、直線番長だ。けどすぐに第一コーナーが迫る。ああ、このスピードで突っ込んだら回り切れない。五秒で終わりだな。
 と、次の瞬間、メガマンモスがぐいっと急転回した。電磁コーナーガード柵すれすれを内側へ回り込む。こいつ運がいい。
 次は小惑星帯だ。オレがいつも脱落する難所。レイターはトップスピードを落とさず突入していく。馬鹿なのか度胸があるのか。
 一つ目の小惑星をギリギリでよける。次の惑星が迫る。オレはカメラのモードを操縦席目線に切り替えた。目の前に近づく惑星に思わず手を握る。怖いほどの迫力だ。ぶつかる寸前に機体が傾き、すり抜ける。どうなってるんだ。
 レイターの様子を見る。当たり前だが集中している。たかがゲームという雰囲気じゃない。
 三次元ヘアピンカーブも信じられない速度で飛ばしきる。ゴールまでメガマンモスのエンジンがフル回転した。こいつ並みのゲーマーじゃない。
 立体化したWINNERの文字がカラフルに宇宙空間に点滅した。
 信じられない。『無敗の貴公子』のコースレコードを更新していた。

「つまんねぇな」
 と操縦席でレイターがつぶやいた。意味が分からない。
「ど、どうしたんだ。何がつまんないんだよ?」
「ポールポジションとっちまったら、決勝の優勝なんて簡単じゃん」
「へっ?」
「俺、これから本戦を一時間やるから、ロッキーあんたは適当にどっかで遊んでてくれ」
「お、おお」
 と言ったが、オレはその場から離れられなかった。
 レイターがポールポジション。すぐ後ろに『無敗の貴公子』。本戦出場するニ十機がグリッドに着く。めったに見られない光景だ。ゲーム機の周りにどんどんと人が集まってきた。
 自称『銀河一の操縦士』の操縦桿の扱いは神がかっていた。すごいレース展開だ。なのに実況録画機能をレイターはオフにしていた。こんな貴重な瞬間を残さないなんてバカだ。
 そして、トップを一度も譲ることなく宣言通り『無敗の貴公子』の無敗を止めた。一時間はあっという間だった。オレたち見物人は拍手して盛り上がった。
 優勝賞金として千リルがチャージされた。
「ほれ、ロッキーに返すよ」
「二百リルでいいぞ」
「投資だっつったろ」
「お前、すごいな。二百リルで一時間遊び放題で、しかも儲けるなんて。銀河一のゲーマーじゃん」
 バシッ。
 あいつは思いっきりオレの頭をはたいた。

「『銀河一の操縦士』だ。間違えんな」
「どっちにせよ『無敗の貴公子』に勝つなんてすごいぞ」
「このゲーム機はGのかかりが弱いし、勝てて当然なんだよ」
「その自信はどこから来るんだ?」
「自信じゃなく、事実だ。俺はやっぱ本物が操縦してぇ」
「お前なら、いい操縦士になれると思うぜ」
「俺はもう『銀河一の操縦士』だっつうの。免許も持ってんだ」
「へぇ、将軍家の特権か?」
「あんた、もう一発殴られたいのかよ?」
 俺は一歩後ろに下がった。
「説明してくれないとわかんないよ。ソラ系じゃ操縦士免許は十八歳以上って決まってるんだから。お前って、これまでどこにいたんだ?」
「アーサーと一緒に戦艦に乗ってたんだよ。俺は飯炊きのバイトでさ。仕事で必要な時に操縦できるよう仮免を取ったんだ」
「それで、操縦が上手いんだ」
「へへん」
 レイターはうれしそうに笑った。

**

 ゲームとはいえ、久しぶりに操縦桿を握って俺はいい気分だった。将軍家の屋敷に裏口からこっそりと入る。香ばしい匂いがしてきた。調理台に置かれたうまそうなハムとチーズを指でつまむ。
「こら、レイター! つまみ食いはおやめ!」

 将軍家侍従頭のバブは目ざとい。
「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇし」
「減ってるよ。きょうはご主人様もお帰りになられる。あんたも同席することになってるから、あんたの分を減らしとくよ」
「ちっ、くそばばあが」

 部屋に戻ると宇宙船が着陸態勢に入る音が聞こえた。アーサーの船だ。あいつは地球の連邦軍本部で働いている。ジャックと一緒に帰宅したようだ。
 せっかくのいい気分がイライラに塗り替わっていく。どうしてあいつだけ操縦が許されるんだよ。

 食堂にジャックとアーサーが向かい合って座っていた。俺の席はアーサーの隣に用意されていた。
「父上、フローラは体調がすぐれず眠っているそうです」
「そうか、大丈夫なのか?」
「ええ、朝には起きられると報告を受けています」
 この親子の会話はいつ聞いても業務報告みてぇだ。アーサーの妹のフローラはかわいらしい娘だ。おしゃべりしてみてぇが、身体が弱く、同じ家にいながらほとんど顔をあわせたことがない。
「レイター、学校はどうだ?」
 ジャックが俺に聞いた。
「いやあ楽しいぜ。女の子はかわいいし。アーサーと違って友だちは親切だし」
 アーサーは露骨に不機嫌そうな顔をして俺をにらんだ。アーサーは陰キャだが、父親のジャックは違う。俺は学校生活の近況報告をした。バブが作る料理はうまくて話が弾む。俺に父親がいたら、こんな風に会話をしたんだろうか。俺はジャックに頼みたいことがあった。

「なあ、ジャック。俺に軍の仕事ないかな?」
「仕事? 小遣いが足りないのか?」
「いや、そうじゃなくて、船を操縦してえんだよ。俺の免許、仮免じゃん。仕事なら乗れるじゃん」
「十八歳の誕生日まで、あと二年の我慢だな」
「その前に禁断症状で死んじまうよ。アーサーは乗ってんじゃん」
「私は士官学校で正規の免許を取得している」
「ジャック、俺は、アーサーより操縦がうまいんだ。戦闘機戦で負けたこともねぇし、撃墜率だって高い」
「ふむ。お前の腕については戦闘機部隊のモリノ隊長から報告があがっている。連邦軍一の腕前だそうだな」

「だから頼むよ」
 懇願する俺を、ジャックは笑顔で遮った。
「モリノはお前に普通の学生生活を送らせることを進言している。それに、お前もわかっていると思うが、今後五年間は平時が続く。戦闘機部隊の出番はほとんどない」
 アリオロン同盟で五年に一度実施される盟主抽選で厭戦派が選ばれた。それにより休戦状態に入った。だから俺とアーサーは前線から帰ってきたのだ。
「将軍家、暇じゃん」
 アーサーが俺をにらんだ。
「暇ではない。これからは戦闘ではなく情報戦だ。忙しくなる」
「あ、将軍家直轄の特命諜報部か」
「お前には関係のない話だ」
「関係なくて結構さ。操縦さえできればいいんだよ」
「ゲームセンターで遊んでいればいいんじゃないのか」
 こいつはほんとにむかつく奴だ。

**

 その日の授業が終わり、オレとレイターが校門を出た時だった。レイターの腕につけた通信機からメッセージの着信音がした。
「お、エマちゃんが裏山に来てほしいってさ」
 ってレイターはうれしそうだが、変だ。裏山はスクールギャングのたまり場だ。女子の行く場所じゃない。
「無視しろ。このままオレと帰ろうぜ」
「何言ってんだよ、愛の告白かもしれねぇんだぜ」
「キーレンの罠だよ」
「ふ~ん、じゃ、なおさら行かなきゃだな。このメッセージ、エマちゃんの通信機から送られてきてんだ。ロッキー、あんたは先に帰ってていいぜ」
 ヤバいことに巻き込まれそうだ。帰りたい。けど、エマが裏山に連れ去られているのかもしれない。
「と、友だちを置いていくわけにいかないだろ」
 オレはめいっぱい強がった。声が上ずっている。
「そりゃ助かる」
 助かる、って、オレにできることなんて何もないぞ。キーレンは俺の言うことなんて聞かないんだ。
「そうだ、教師に相談してみたらどうだ?」
「ロッキー、俺は大ごとにしたくねぇんだ。将軍家がうるせぇから。あんたはエマちゃんを助けるために近くで隠れててくれ」
 隠れる?

 裏山を少し登ると開けたところがある。大きな木の前にエマは立っていた。オレはレイターに言われた通り山道近くの茂みに隠れた。
「エマちゃ~ん。待ったかい」
 レイターは大きく手を振りながら近づいていく。罠だってわかっているのに、どうしてあんなに平気でいられるのか。
「レイター、来ちゃだめ」

 エマの声が震えている。
「なんでさ、愛の告白だろ」
 というレイターの言葉をさえぎるように、木の影からキーレンたちが姿を見せた。手下の二人がエマを左右から捕まえる。
「エマちゃんから離れろ。腕を組むのは俺だ」
 近づくレイターの前にキーレンの巨体が立ちふさがった。
「お前、エマのことが好きなのか?」
「大好きだぜ」
「じゃあ、エマが殴られるのと自分が殴られるなら、どっちがいい?」
「俺が殴られるのはいいけどさ、ちゃんとエマちゃんを返してくれるんだろな」
「ああ、約束してやるよ。言っとくがよけるなよ」

 中庭での身軽なレイターを思い出したのだろう。キーレンの念押しにレイターは肩をすくめた。
 キーレンは黒いサポーターをつけた右の拳を握った。
「いくぜ」
 反動をつけてレイターの前に出る。
「どぉりゃああああ」
 無抵抗のレイターのボディを思いっきり殴った。
 バスッツ
 鈍い音とともに、軽い身体が気持ちいいほどに吹っ飛んだ。背中から地面に叩きつけられる。大丈夫か。助けに行った方がいいのか。いや、キーレンが納得すればこれで終わるはずだ。
「フン、将軍家も形無しだな。さあ、エマ。俺と遊びに行こうぜ」
 キーレンが鼻で笑いながらエマの手を取った。エマは怯えながら振り払おうとしている。

 倒れていればいいのにレイターが砂を払いながらゆっくりと立ち上がった。
「おいおい、約束が違うじゃねぇかよ。エマちゃんは俺と帰るんだぜ」
 と言い終わる前には、あいつ、キーレンの腕をひねり上げていた。瞬間移動の様な速さだ。
「痛たたたたっ」
「エマちゃん、あっちの茂みに走れ」
 レイターはオレの隠れている方を示した。エマがこっちへ向かって走り出す。
「逃がすか、追え!」
 キーレンが叫ぶと、手下たちが動き始めた。
「てめぇら、行かせねぇよ」
 レイターの声が響いた。

 オレは茂みの中からエマに手を振った。
「ロッキー君?」
「学校へ逃げよう」
 驚いているエマを連れて山を下りる。追っ手はやってこなかった。校舎が見えてきた。生徒たちにまぎれると、ほっとした。オレはエマに声をかけた。
「裏山へ行くなんて危ないじゃん」
「だって、レイターが呼んでるって言われたんだもん。キーレンのバカは自分は将軍家より強い、って宣伝したいみたい。他校の不良も呼んでて三十人ぐらいいたのよ。しかも武器を持ってた」
「マジ?」

 どうしよう。レイターの奴はまだ戻ってこない。あいつが身軽と言っても三十人から逃げられるだろうか。教師には知られたくないとレイターは言っていた。周りの生徒を見回す。裏山へ行くなんて奇特な奴はいない。
「俺、ちょっと様子見てくる」
 もし、レイターが倒れていたら運んでこなくちゃ。
「わたしも行く」
「エマはここで待っててくれ」

 第2話へ続く


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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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